第18話 会議場到着(改)
会議場にはアーシグマ隊の案内で、世界中の首脳陣や報道陣が続々と集まってきた。
わずか数日で建設されたとは思えない巨大人工島〈ノア・プレート〉。その内部に整然と設けられた会議室を見れば、誰もが息を飲むしかなかった。
磨かれた床は歩くたびに微かな反射を返し、その度に各国代表は無意識に背筋を伸ばした。
「未知との会談」という言葉が、全員の頭のどこかで反芻されている。
記者たちはほとんど息もせず、カメラを構えたまま無言でシャッターを切った。
報道規制など各国がどうこう言う前に、いま世界の歴史が動き出しているのは誰の目にも明らかだった。
壇上にはアーシグマ隊が整然と並んでいる。
全員が同じ姿、同じ表情。しかし、仕草にはかすかな癖や柔らかさがあり、それが“人間味”を感じさせた。
だがその統率ぶりは、軍関係者でさえ息を呑むほどだ。
「……兵士じゃない。いや、兵より統率が取れてる……」
どこかの参謀が低く呟き、周囲が黙って頷く。
人工島、未知の種族、高度な技術――地球の常識はすでに揺らぎ始めていた。
――しかしその頃。この会議室の外で、とんでもない混乱が爆発していた。
地球側は会合内容に報道規制を敷いていた。「刺激的すぎる情報は混乱を招く」という建前である。
だが。
奉仕種族の側が、そんな地球の都合など一ミリも考えていなかった。
というより――
すでに全世界生配信の準備を終えていた。
奉仕種族が独自に作り上げた動画配信サイト、その名も『ニヤニヤ動画』。
ネット民は即座に反応した。
――通称「2828(ニヤニヤ)」。
普段は何もない殺風景なサイトだったが、会合前日の深夜。トップページに突如、巨大なバナーが出現した。
『奉仕種族 × 地球代表 会談 全編ノーカット生中継』
次の瞬間、世界中のSNSが炎上した。
「マジかよ!?」「生!?ノーカット!?意味わかんねぇ!」
「政府はなんで隠してんの!?」「2828有能すぎるだろ!」
そして、配信準備中の画面には――
アーシグマ・プライムが映っていた。
「だってぇ? 非公開になんてしたら、なんだか悪いことしてるみたいじゃな〜い?
ちゃ〜んと、あの子たちのこと地球のみんなに知ってもらわないとねぇ?」
画面いっぱいに流れる世界各国語のコメント。
【OMG】【KAWAII】【WHY THEY SO PRETTY】【무슨 일이야?】
【かわいい】【なんで公開するんだよwww】【政府涙目】
アーシグマ・プライムは頬に手を当て、満足げに微笑んだ。
「ふふふ、コメントが可愛いわぁ。世界の皆さん、ありがとうねぇ〜?」
この事実が報道陣に伝わった瞬間、会議場の空気が変わった。
「なんで我々だけ規制なんだ!? 不公平だ!」
「向こうは世界配信してるぞ!? 何が規制だ!」
「うちの国より2828のほうが情報が早いのはどういうことだ!?」
報道陣の怒りが爆発し、政府担当者たちは冷や汗をかく。
結果――報道規制はわずか一分で撤回された。
そんな地球の混乱を気にもせず、アーシグマ隊は各国のホスト業務をこなしていた。
「どうぞ~。こちらの翻訳機は持ち帰っても構いませんので、返却の必要はありませんよぉ」
アーシグマが一列に並び、各国代表へ翻訳機を配りながら、にこやかに説明する。
声はやわらかく、まるで接客業のプロのようだ。
しかし、その完璧すぎる発音と間合いが、逆に「どこまでが人間的なのか」を曖昧にしていた。
首脳たちは慎重に翻訳機を耳に装着する。
最初に試したのは、フランス大統領補佐官だった。
「Nous comprenons(気前がいいな)」
その言葉は瞬時に、世界各国首脳の耳へ母語で届く。
「Wie großzügig!」
「¡Qué generoso!」
一瞬でどよめきが起こり、各国の視線が翻訳機へ釘付けになった。
「すごいな……これを簡単にくれるとは信じられん」
銀髪のドイツ首相、マティアス・フォン・シュタインベルクが低く呟く。
「量子通信か?」「いや、文脈認識AIか?」「脳に直接響くような……」
技術者や軍関係者たちが顔を見合わせる一方で、翻訳官たちは苦笑していた。
――自分の職がいらなくなる未来が見える、と。
翻訳機を配るアーシグマの一人に、エミリーが微笑みかけた。
「あらぁ、こんなにいいものいただいていいのかしら?」
「奥様ぁ、もちろんですわぁ。うちには余るほどありますからぁ」
「でも悪いわよぉ。なにかお礼をしないと……」
「奥様の笑顔が、何よりのお礼でございますの♡」
「あらぁ、あなた、お上手ねぇ」
「そんなことありませんわぁ~」
2人の周囲だけ、花畑のような空気が広がり、近くの佐藤総理とドナルドはぽかんとその様子を眺めた。
「ドナちゃん、エミリーは人と仲良くなるのがうめぇなぁ……相手アンドロイドだけどよ」
ドナルドは豪快に笑った。
「ハッハッハ!! あの人懐っこいスマイルで、エミリーは誰とでもフレンドになっちまうのさ!!」
アーシグマはエミリーとの会話を終え、再び案内役として前へ進む。
「会議では日本語が使用されます。あの子たちは日本語にハマっていて、むしろ日本語のほうが得意なようですよぉ」
アーシグマが軽やかに説明すると、各国首脳の表情に軽い驚きと安堵が広がる。
「あらあら、よかったじゃないGOHKI。日本は翻訳機いらずじゃないのぉ?」
エミリーが笑顔で言い、日本の首脳陣は乾いた笑いを漏らした。
そこへ、ルカが歩み寄り、満面の笑みを浮かべる。
「なら日本はいらないだろ? GOHKI、その翻訳機くれよ」
「ルカ、意地汚いこと言うのはめっ! よぉ?」
エミリーが手のひらでルカの額を軽く押す。
「そうだぞルカ!! ベストフレンドの俺にくれるんだろ!? GOHKI!!」
ドナルドまで乗っかる始末。
「ドナちゃん、どさくさに紛れて得しようとしてんじゃねぇよ!」
「ハハハ!! バレたか!!」
三人の軽口が飛ぶたび、周囲の空気が少しずつ和らぎ、会場全体から緊張が溶けていった。
報道陣のシャッターが再び動き出し、人々の呼吸がようやく戻り始める。
各国首脳が翻訳機を受け取り終え、ようやく場が落ち着きかけた頃だった。
突然、ドナルドがポンと手を打った。
「そうだ!! 思い出した!! ヘイ、GOHKI!! この前話してたアニメーションのDVDとMANGAは持ってきたのか?」
唐突に振られた佐藤総理は、一瞬「えっ」と目を丸くして振り返る。
すかさず、オリヴァーが、紅茶を片手に乗ってくる。
「そうそう。友好の証を忘れるのはいかんよ、サトウくん。あれはワタシも読みたかった」
「いや、どうだったかなぁ……」
隣に控えていた若い日本の職員が、胸を張って明るい声をあげた。
「総理! 全部準備して持ってきて、もうお渡ししました!!」
その返答に、周囲の外国首脳たちが一斉に息をのむ。
「本当に渡すとは……」
李建国が目を細める。
ヴィクトルは、無言のまま肩を落とし、遠い目をした。
(……やはり日本は読めない国だ)
空気がざわつきかけたところで、アーシグマが品よく微笑み、場を整えるように口を開いた。
「ええ、ええ、もう頂いておりますよぉ。若い子たちも、とっても喜んでいましたのよぉ?」
その言葉を聞くや、エミリーがぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、うちのマカロンとマドレーヌはお口に合ったかしらぁ?
あの子たち、喜んでくれたかしらぁ?」
「もちろんですわ奥様ぁ!!
“おいしい~♡ かわいい~♡”って大好評でしたよぉ」
「まぁ! 早起きして作った甲斐があったわぁ!!」
エミリーは嬉しさを隠しきれず、両手を頬に当てた。
その隣で、オリヴァーが眼鏡を押し上げ、ぽつりとつぶやく。
「大統領自ら作ったのか……どんだけアクティブなんだ」
一方、ルカは両手を頭に当てて悔しがった。
「ちくしょう……! うちもマンマのピッツァとボロネーゼを用意すりゃよかった……!」
その瞬間、ドナルドが指を鳴らし、大声をあげた。
「よし、ならアメリカはバーベキューだ!! 今すぐ極上ビーフを用意しろ!! ミディアムレアでな!! 急げ!!」
突然の無茶振りに、アメリカ側スタッフの顔色が一気に青くなる。
「大統領、今からは無理です!!」
「冷蔵庫にそんな量は……!」
だが当の本人は気付かず胸を張る。
しかし、佐藤総理がため息混じりに制した。
「ドナちゃん……今は会談前だぞ。バーベキューは無理だろ……」
ドナルドはあからさまに肩を落とした。
「むぅ……そうか……今からじゃ無理か……」
スタッフたちは胸を撫で下ろす。
その場に、ひょいとアーシグマが割り込んだ。
「あらあら、それなら会談が終わったらバーベキューパーティーしちゃいますぅ?
用意ならすぐできますわよぉ?」
「Oh!! なんていい奴なんだ!!
お前とはベストフレンドになれそうだ!!」
思い切りアーシグマの肩を叩くドナルド。
機械であるはずなのに、アーシグマはまるで親友に肩を抱かれたかのように笑った。
場の空気がふっと緩み、周囲からも小さな笑いがこぼれる。その緩んだやり取りに、場の空気が一瞬だけ和む。
だがその一方で、李建国とヴィクトルは静かに視線を交わした。
(……やられたな)
(我々も、もっと“人間らしい贈り物”を用意すべきだったか)
会談前から、各国の思惑がすでに動き出していた。
――この人工島ノア・プレートで、世界の歴史が確かに変わり始めていた。
一部の記者が小声で呟く。
「日本、やっぱりオタク外交最強だな……」
控えめな笑いが、会議場の隅で小さく波紋のように広がった。
そして、時間が訪れる。
照明が少し落ち、会場全体が静まり返る。
各国の首脳が席に着き、空気がぴんと張りつめた。
緊張と期待、恐怖と興奮が、ひとつの音もない空間に溶け合う。
重厚な扉が、静かに開かれた。
そこからゆっくりと――アリスと、補佐として付くセイラ、そしてアーシグマ・ノワールが入ってくる。




