第13話「出発前夜」(改)
地球側は、まさに修羅場だった。
アーシグマが送ってきた“雑すぎる”メディア招待状――
《来たいメディアはとりあえず各国の首脳代表団のいる国際空港に集合してちょうだい♡》
その一文が、世界中の政府を等しく混乱の渦へ叩き込んでいた。
日本も例外ではない。
佐藤総理は、深夜の官邸で書類の山に埋もれながら、ついにヤケを起こした。
「……もう、いい。行きたいメディアは全部空港に集合で!!」
翌朝、案の定、野党とマスコミに袋叩きにされた。
「総理としてその対応はおかしいだろうが!!」
「これだから体調不良で一度辞めた総理はダメなんだよ!!」
「責任を取って辞任しろ!!」
記者会見場は、もはや国会よりうるさい。
さらにメディアは、ここぞとばかりに人格攻撃を開始した。
『佐藤総理、空港方式に国民呆れ』
『優柔不断、外交能力なし』
『宇宙人にビビったヘタレ総理』
と、好き放題に書き散らされる。
当の本人は、目の下に濃いクマをつけ、死んだ魚のような目で頭を下げていた。
「……連日の対応で混乱しておりました。申し訳ない……」
官房長官の高橋も同じくクマをつくり、青ざめた顔で謝る。
「疲労が理由でありますこと、言い訳にはなりませんが……申し訳ありません」
実際のところ、二人はこの二週間で“家に帰れたのは一度きり”。
まともに寝た日も存在しなかった。
メディアもここぞとばかりに叩き記事を連投し、人格攻撃まで始める。
中には、左寄りの大手紙が社内で息巻いていた。
「佐藤の葬儀はうちが出す!! 特集十本組むぞ十本!!」
若手記者が恐る恐る声を上げる。
「あ、あの……いくらなんでも誹謗中傷じゃないですか?」
「関係ねぇんだよ! 俺たちが書けば白も黒になるんだ!」
「(……この会社、入るところ間違えたかな)」
若手は天を仰ぎ、先輩社員は肩を竦めた。
「まぁ諦めろ。今どきどこのメディア行っても似たようなもんだ!」
「それじゃ某掲示板と変わらないじゃないですか……」
「その某掲示板をソースに記事にしてるのが俺たちだろ?
ネット叩きは、同族嫌悪だよ」
若手は言葉を失い、静かに席へ戻った。
だが国民の反応は冷静だった。
各社が慌てて支持率を出した。
――結果、内閣支持率は横ばい、むしろ微増。
――野党とメディアの信頼度は逆に急落。
ネットでは、
「まーた野党の“仕事してまーす”始まったよ」
『いい加減まじめにやれよ……』
『宇宙人との会談決まってるんだから邪魔すんな、マスゴミ』
街中の会話も同じだ。
「総理、毎日叩かれててかわいそうじゃない?」
「2週間帰宅できてないって本当なんでしょ? そら隈もできるわ」
「ワイドショー毎日同じネタで飽きないのかね」
と、冷ややかな視線が向けられていた。
会合まであと三日。
やっと“あの男”が動いた。
内閣官房副長官補・藤原。
現場でも“官邸のラスボス”と恐れられる、官僚中の官僚である。
騒ぎ続ける記者クラブの前に現れた藤原は、開口一番に言った。
「……記者クラブの担当者はどこだ?」
「あ、はい! 私です!」
「会合が終わるまで、お前らを大人しくさせろ。
できないなら各省庁の出入り禁止にする」
「はっ!? そ、それは横暴すぎる!!」
「普段、お前らに何言われても総理は黙ってるだろ。
それが終わるまでぐらい、大人しくしてろ」
担当記者は恐る恐る確認した。
「……会談が終わったら、好きにしていいんですか?」
「はぁ……好きにしろ。」
「はーいみんなー! 叩きは一旦中止ー!
本番終わったら再開でーす!」
文句を言いつつも、他のメディアも渋々納得した。
控室に戻った藤原を、佐藤総理が疲れた顔で見つめる。
「藤原……すまん……」
「いえ、仕事ですので」
高橋官房長官も肩を落としながら言う。
「これで……やっと会談の準備ができますね……」
だが佐藤にはまだ不安があった。
「しかし……あと三日だぞ? 本当に間に合うのか?」
藤原は淡々と答えた。
「すべて手配済みです。
あとは総理と高橋さんの“みっともない隈”を隠すメイク担当を探すだけですね」
「……藤原……やっぱり、お前はできる……!」
二人は泣きそうな顔でうなずきあった。
――地球側の準備は、ようやく“まともな形”に整い始めたのであった。
そして会談当日のノア・プレート。
夜明けの人工島。港区に整列した輸送船の列が、朝焼けを反射して銀色に光る。
アリス・フェルナンデスは静かにモニターを見つめ、全体通信を開いた。
「皆さん、出発前の最終点検をお願いします。
……本日、私たちは初めて地球の方々と直接会います。緊張せず、いつも通りでいきましょう。」
「はいはい、アリスちゃんは今日も真面目ねぇ〜」
通信の向こうでアーシグマ・プライムが笑った。
「でも安心して。オカマはいつだって冷静よ♡」
「冷静って言葉の使い方、間違ってる気がします……」
アリスが小さくため息をつくと、隣のセイラ・カーンが口を開いた。
「おい、プライム。冗談は帰ってから言え。出発前に緊張感をなくすな。」
セイラの低い声が通信に走り、整備班が一斉に姿勢を正す。
「輸送艦隊、各機点呼! アンバー、燃料残量を報告しろ!」
「はぁい、フルチャージ済みよーん!」
「ルビー、通信リンクチェック完了!」
「セレス、航路データ転送済み!」
アーシグマたちの声が滑らかに、次々と返ってくる。
冗談ばかりに見えても、本質は高性能――
それを誰より理解しているのはセイラだった。
「……ふう。さすがにやるときはやるな」
セイラが腕を組む。
アリスが隣で微笑んだ。
「ね? 心配しすぎですよ、セイラさん。」
「心配して当然だ。あの連中、昨日まで“ドレスの色”で議論してたんだぞ?」
「……まあ、第一印象は大事ですから」
「大事なのは印象じゃなく任務だ!」
セイラの声が響き、若い奉仕種族たちが小さく肩をすくめた。
「セイラ主任って、ほんっと怖いよね〜」
ミントが小声でつぶやき、ルナが笑う。
「でも優しいよ? 昨日わたしの制服のアイロン手伝ってくれたし」
「聞こえてるぞお前ら!」
「ひゃっ、ごめんなさい主任っ!」
アリスは苦笑しながら通信に切り替えた。
「アーシグマユニット、全機発進許可を出します。
地球代表団を予定通り、各国空港でお迎えしてください。」
「了解〜♡ オカマは飛ぶわよぉ!」
プライムが高らかに叫び、他のアーシグマたちが笑い声を上げる。
港の整備デッキで、若い奉仕種族たちが手を振った。
「いってらっしゃーい!」
「オカマ最強ー!」
「帰ってきたら写真見せてねー!」
セイラが苦々しくつぶやく。
「やかましい連中だ……」
「ふふ、元気があるのはいいことです」
アリスが穏やかに笑い、モニターに向かって言う。
「皆さん、どうかお気をつけて。無事の帰還を祈っています。」
「お任せあれ♡
アーシグマ輸送艦隊――発進ッ!」
プライムの号令が響き、銀白の輸送船がゆっくりと浮き上がる。
朝焼けの空へと吸い込まれていくように、次々と離陸していく艦列。
白い光が遠ざかるのを見つめながら、アリスは胸の前で手を組み、小さくつぶやく。
「これが……“地球”との第一歩ですね。」
セイラは短く頷いた。
「失敗は許されん。だが……悪くない始まりだ。」
――人工島の上空を、白い光の列が遠ざかる。
奉仕種族たちの長い沈黙が、いま、破られようとしていた。




