第12話「迎えの準備」(改)
地球との正式会合が決まった直後。
ノア・プレート中心部にある会議室には、わずかに緊張を帯びた空気が漂っていた。
そんな中、セイラは隣で足を組んで座る少女へ視線を向けた。
褐色の肌、ピンクブロンドのふわりとした髪――第三の奉仕種族であるマーヤだ。
彼女はどこか関西風のイントネーションを持つ自由奔放なタイプで、会議室でも椅子に逆向きに座っていた。
「マーヤ、地球との会談が決まったぞ」
セイラが淡々と告げると、マーヤは片眉を上げて笑う。
「一週間後やろ? ルルナ達が大騒ぎしとるさかい、嫌でも耳に入るで?」
セイラは小さく息を吐き、壁に映された資料へ目を移す。
「……交渉は誰に任せる? 私はアリスが適任だと思うが」
マーヤはクルッと椅子を回し、背もたれに飛び乗った。
「もうこっちは“アリスに任せる”って決まっとるで? 過半数は超えとるし、セイラとアリスが賛成すれば全会一致や。そっちの準備は終わっとる」
「そうか……。しかし、あいつらは地球に降りてくる気はないようだな」
「ああ、それな。あいつら、地球見つけた時点で“仕事の終わりは近い”って思っとるんやろな~」
「ずいぶん気が早い連中だな」
「それだけアリスに期待しとるっちゅうことやろ~」
マーヤは足をバタつかせ、次の瞬間、勢いよく椅子からぴょんと飛び降りた。
「ほな、アリスに直接頼みにいこか~!」
軽いステップで会議室のドアへ向かい、そのまま駆け出していく。
セイラは小さく肩をすくめ、だが表情はどこか柔らかかった。
「……仕方ない。行くか」
そう呟き、マーヤの後を追いかけるように会議室を後にした。
――地球との“第一接触”の裏側で、奉仕種族たちの静かな準備が進んでいた。
ノア・プレートでは、久しく感じられなかった熱気が満ちていた。
待ち望んだ「約束」が、ようやく果たされる――。
地球との正式な会合に向けて、全員が活気づいている。
「さぁ、忙しくなるわねぇ♡」
柔らかく微笑んだアーシグマ・プライムの声を合図に、通信室は学園祭前日のような騒ぎに包まれた。
「いよいよ地球の人たちに会えるのね!」
ヴィオラが瞳を輝かせる。
「服どうしよー! 髪も整えなきゃ!」
ルルナがバタバタと走り回る。
若い奉仕種族たちが弾けるように騒ぎ立てる。
「やっと念願のご主人様に会えるのですね……」
「ええ、楽しみですね……」
いつも落ち着いた年長組でさえ、どことなくソワソワしているのが隠せない。
そのとき、通信室の扉がスッと開いた。
「プライム、輸送船の準備できたわよぉ〜!」
「……あら、ルビー。ずいぶん早いわねぇ」
「そりゃそうよ、地球人を迎えるんでしょ? 百隻くらい用意しといたから、どんどん行けるわよ!」
「百隻!?」
ミントがひっくり返りそうな声を上げる。
ヴィオラは「宇宙艦隊みたいでカッコいいじゃん!」とはしゃぎ、ルナは「こ、怖がられちゃうよぉ……」と震えている。
通信室は再び騒然となる。
――そう、アーシグマは一体だけではない。
基本設計は同じだが、髪の癖や声色、瞳の色などが微妙に違い、それぞれに個性があった。
地球人にはまず見分けがつかないが、奉仕種族からすれば当たり前のように区別できる。
「そういえば伝え忘れてたわぁ。会談は一週間後に延期になったの。ごめんなさいねぇ」
「えぇ!?またスケジュール変更!?」
「セレス、シグマネットワークに情報流しておいて。二度手間はイヤよ~」
プライムが肩をすくめるのと同時に、銀髪短髪のアーシグマ・セレスが淡々と応じる。
「シグマネットワークに反映しました。全個体に伝達完了です」
「……ルビー姉さま、これで全個体に伝達完了」
そこへ、勢いよく別の扉が開いた。
「儲かってまっか~? マーヤねーさんやで~!」
褐色の肌にピンクブロンドの髪を揺らしながらマーヤ入ってきた。
「あっ!! マーヤちゃんだ!!」
ミントとルナが勢いよく抱きつく。
マーヤは二人の頭を撫でながら、にっこり笑った。
「相変わらず二人はかわいいな~♪」
マーヤが頭をわしゃわしゃ撫でると、二人はくすぐったそうに笑った。
アリスはその様子を見つめつつ、軽く首をかしげる。
「マーヤさん……ずいぶん久しぶりにお会いした気がしますね」
「そうか~? うちは部屋にこもっとる時間が長いだけやで~」
そんなやりとりの最中、マーヤの後ろからセイラが姿を見せた。
「アリス」
静かだがはっきりした声で告げる。
「交渉役はお前に決まったぞ」
「わ、わたしですか!?」
マーヤが能天気に笑う。
「せやで~。セイラ含め、議決権ある連中は全員アリス推しや。文句なしの満場一致やわ~」
「正式コンタクトを取ったのはお前だからな。筋が通っている」
セイラの言葉は淡々としているが、そこには厚い信頼がこもっていた。
奉仕種族の社会は合議制だが――
実際はちゃらんぽらんな個体も多く、各派閥の長に判断を丸投げすることがほとんど。
結果として、アリス・マーヤ・セイラ、そして他の四人が最終決定権を一任される
気づけば面倒な仕事が全部押し付けられているような状況だ。
「補助には私と、アーシグマ・ノワールがつく。当日までに心の準備をしておけ」
セイラがそう告げると、アリスはまっすぐ背筋を伸ばした。
「……はいっ!」
その後ろでは――ルルナたちがまだ大騒ぎしていた。
「私たちの出番は〜!? お留守番いや〜!」
「お前たちにも役割はある。騒ぐな」
「マジで!? じゃあ服決めなきゃ!」
「あたしはナース服がいい!」
「あーし、学校の制服がいい!!」
そして年長組が静かに言う。
「ここはシックなメイド服がよろしいのでは?」
……通信室がまた騒がしくなる。
「こらこら、コスプレ会場じゃないのよぉ」
アーシグマ・プライムが立ち上がり、苦笑する。
「ちゃんとおしゃれなドレス作ってあげるから、工房へ行きましょ♡」
「はぁい♡」
若い個体たちがきゃあきゃあ言いながらついていった。
残されたアリスは、少し不安げに呟く。
「……あの子たち、本当に出てきて大丈夫でしょうか?」
マーヤが気楽に笑う。
「なんとかなるやろ〜?」
セイラも淡々と付け加えた。
「大丈夫だ。地球の文化を調べた結果、外見は極めて重要視される。分析の結果、我々は地球人の“理想的外見”にほぼ一致している」
「顔見せだけでも、十分に印象を与えられるだろう」
「……地球人は外見で相手を選ぶのですね。ずいぶん変わってますね」
「匂いのええ遺伝子のほうが大事やと思うんやけどな〜」
「見るなら遺伝子の輝きだ。地球人は理解不能だ」
その会話に、ルビーが呆れ顔で割り込んだ。
「アンタたちも“遺伝子の輝き”とか“匂い”とか言ってる時点で、地球人からしたら理解不能よぉ?」
その瞬間、通信室に笑いが広がった。
緊張、期待、そしてユーモアが混ざり合う――
――奉仕種族の「迎えの準備」は、静かに、そして賑やかに進んでいった。




