第1話 覚醒
奈乃羽 8歳
月に1度の、親戚での集まりの日の回想
事件は、突如として起こった。
「………!?」
体の奥から、不思議なものが湧き出てくるような感じがする。そして………
(……見える)
正確には、見えているわけではない。気配を感じ取っていると言ったほうが正しいだろう。でも、私にとってそれは、奇跡に近いことだった。
膝に、何か冷たいものがかかる。顔に触れてみると、濡れていた。
(あぁ……私、泣いているんだ)
嬉しい。とてつもなく。
「……奈乃羽?」
隣に座っていたお母様の声にハッとする。
「……お母様」
そう言ってお母様に抱きつく。突然のことに、お母様は困惑しているようだ。
「……見えるの」
「……!?そんな、まさか」
「なんでか分からないけど、分かるの」
お母様の腕の中で泣きじゃくる。
「分かるんだよ、お父様が今どこにいるかも」
「……よかった、本当にっよかった……」
私の肩に、冷たいものがかかる。泣いてくれているのだ。私の今の気持ちに、共感してくれているのだ。
そんなやりとりをしていた、次の瞬間。
(……体が、熱い)
「………あれって、漆黒の光……よね?」
(……!?漆黒の光!?)
周りもざわざわとし始める。漆黒の光。つまりは、そういうことだった。
「奈乃羽様の異能が覚醒した!しかも、【漆黒】だ!」
誰かのその言葉で、宴会場が一気に歓声に包まれた。
「【漆黒】ですって!まさかこの目で覚醒の瞬間が見られるなんて」
「とても名誉なことだ!今日は祝宴だ〜!」
月に1度の、親戚だけで楽しむ静かな食事会が、一気に祝宴へと移り変わり、出される食事もいっそう豪華になった。雰囲気も、つい5分前までとはかなり違っている。
「……よかったわね、奈乃羽!【漆黒】よ!」
そういってお母様は再度私を抱きしめる。さっきのことでゆるくなったお母様の涙腺が崩壊する。
「……【漆黒】」
にわかには信じがたい。まさか、私が【漆黒】術者だなんて。それに……
「ええ、【漆黒】よ。あなたが、【漆黒】の力を授かったのよ!」
そう言って、いっそう奈乃羽を抱く力を強める。
(……そんな)
お母様は喜んでくれているみたいだが、私は素直には喜べなかった。……分かって、しまったのだ。もう、この目が見えるようになることはないのだと。
自分に対してかける、治癒や回復の異能など、聞いたことがない。そういう異能は、大抵自分以外の人にかけるものなのだ。たった1輪だけ残っていた希望の花が、見事に散っていく瞬間だった。
……かろうじて残っていた根を残して。
さっきとは別の意味で、涙が溢れてきた。
「あぁ……泣いているのね。私も嬉しいわ」
ちがう、そうじゃない。そう思ってはいても、言葉が出てこない。それに、そんなことを言ってはお母様を悲しませてしまう。
_____その夜、私は自室で1人で泣いていた。
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