第86話:世界的冒険者にとっての格差
ルーテ・カークルーソ。
上流階級の大商家の娘に生まれた彼女は、名旦那と言われた父親の才能を一番色濃く受け継ぎ経営手腕を発揮、番頭補佐にまで出世した。
しかし男系社会であるルザアット公国で彼女の才能は男兄弟たちから疎まれ、彼女は冒険者として身を立てることを決意。
商家時代の伝手を駆使し人材を確保しクラン名・ヒュレンを立ち上げる。
ヒュレン。
決して上位の女神ではないが、戦女神の名を冠し、神のでありながら人の世で活躍した女将軍の名だ。
彼女は、主に情報処理担当としてクランを率いてめきめき頭角を現し、クラスAにまで昇格して、世界的冒険者として活躍する。
そしてトライアウトで参加しなかった唯一のクラスA冒険者でもある。
つまり反主流派の筆頭。
さらに続く、彼女は女だからという理由で自分の商家では恵まれなかった過去を鑑み女性冒険者の地位向上にも取り組んでおり、その象徴として彼女のクランは女性しか所属していない。
性差。
これはおそらく、男女という性別が分かれている限り、解決する事のない永遠の問題なのだろう。
まず言っておくが、ルアの才能やアマテラスの3人を見てみれば分かるとおり、冒険者における性差は余り大きくない。
無論戦闘職は、膂力がモノ言うため男が多いが、ルアを見ても分かるとおり優秀な女性戦闘職は沢山いる。
そして魔法使いは女が多い、これはクォイラとジウノアがいい例だが、もちろん一流の男魔法使いもたくさんいる。
もっと言えば、男女混合のクランでも男が強いクランもあるが、女が強い場合なんてのもいくらでもある。
だが、セシルという美貌と才能と財力と稀代の女好きというクラスSの存在が、その平等を許さない。
ルザアット公国の女性冒険者は「セシルに御手付きをされた冒険者とそれ以外」なんて中傷を受ける、それはルアの投げかけられた言葉が物語る。
実際お手付き希望であるかどうかに関わらず、ルザアット公国の7割がセシルの息がかかったクランに所属しているのは女性冒険者も同じであるため、そういった評判を回避する事が出来ず、公国の女冒険者たちは常にセシルに振り回されていると言っていい。
その中で、ヒュレンだけがその中傷を免れる存在だ。
「忙しい中すまない、ルアの資料は送ったとおりだ」
俺の用件はルアをここに売り込むためだ。
実はアマテラスを不採用にした後、早い段階からクォイラ主導によりルーテに対して交渉が続けられていた。
その際に向こう側から求められたのは、冒険者学校の記録のみでは判断する事が出来ないので、アマテラス主導で実力をちゃんと見たいという事だった。
どうするかと思ったが、まさか俺のギルドへ来るとは思わず、これほど都合のいい状況は無いと思い、ルアの様子をクォイラに報告がてら、ずっと彼女の能力を見ていた。
戦闘能力を始めとした冒険者に必要なスキルは文句なし、そして最終試験は、冒険者としての覚悟があるかどうか。
だから俺はグパハーの動向を知った上でルアにクエストを持ちかけた。結果は見てのとおり、これも文句なし。
俺は懐から1通の封書を取り出す。
「俺の直筆推薦書だ、アルスフェルド子爵家令嬢としてのクォイラのサインもある」
「……随分肩入れするのね、クラスS」
「俺の祖国には縁という言葉があるのさ、それに何より努力が報われないのが納得いかなくてね」
リーテは俺の推薦書をすっと受け取るが。
「1番ネックなのは、ノバルティス冒険者学校卒業ってところね」
「…………」
ノバルティス冒険者学校の女性冒険者は要はセシルの御手付き希望、つまり男に媚びを売ってる女ということで見下されるそうだ。
「だが彼女はそうじゃないと公言しただろ?」
「あの公言は媚びる相手がセシルではなくカグツチだって話になっただけよ」
「それは無い、なんだったらクォイラにでも確認を取ってもいい」
「カグツチ、そう「見られている」ということが問題なのよ、事実は大した問題ではない」
「……彼女は干されている。場末のギルドに所属する程にね、そこを建前にアンタなら出来るはずだぜ、女には流れってのがあってそれに逆らうの恐ろしいってのは我が女性陣の言葉だが、その流れを作れる存在でもある筈」
「それならば問題となるのはやはり彼女の力量。確かに才能は認める、だけどクラスFってのがね、クラスCなら無条件で採用してもいいけど、それ以下なら」
「いずれはクラスBになる程だよ」
ルーテの表情が厳しくなる。
「……本当なの? そのクラスBの魔族、グパハーに一方的に敗戦したって、それをクォイラ嬢達に救われたって聞いたけど」
「グパハーに強姦されそうになっておきながら「私はたどり着ける領域にある」と言い放ったよ、それに反撃してて傷を負わせたのも確認した、だからこその推薦書だよ」
「……ならまた話は変わる、今回の取引はクラスB冒険者を私のクランにタダでやるってことにも解釈できるのはわかる? それがどういう意味だか分かってる?」
「それはノバルティス冒険者学校の幹部連の責任だろう? クラスBの逸材をセシルの忖度で投げ出すのは「とんだ無能」だ、実際にそう思うからな」
「なら貴方が不採用にした理由は?」
「ルアはあくまでアマテラスが求める領域に達していないという理由だよ(これは方便)」
「貴方が求める領域って、クォイラ嬢とかのレベル?」
「まあ、そうだな」
「はぁ、本当にクラスSは、あのレベルの逸材を「じゃなければ」って……」
ルーテはため息をつきながら資料に視線を落とす。
「ふむ、ルアが現在所属しているギルドは、ゼカナ都市にある…ジョー・ギリアン? 知らないギルドマスターね、クラスDで冒険者とギルドマスターを兼業か、所属冒険者がゼカナ商会の幹部達で構成されるクラン一つだけ……クエストの内容を見ると、これって道楽でやってるのかしら」
「みたいだな、ギルドマスターも同じみたいだぞ」
「ふむ、そのマスターのジョー・ギリアンは昇格スピードも少し早い程度の平凡そのもの、なんでギルドなんて開いたのかしら」
「さあな、大した理由はないっぽいが、巷の噂だと伊達や酔狂でやってる変人冒険者だそうだ(ノД`)シクシク」
「? 契約の内容は、報酬が五分でプレイヤーオプション? クラスF相手に随分弱気な契約ね」
「まあ弱小ギルドからすれば、才能あるルーキーが契約してくれって来たわけだからな」
「クエスト実績は、都市役所の公共クエストと、クリコの花? ああ、その商会のクランが斡旋したのか……」
とじっと資料を読んでいるルーテ。
その2人の様子を見つめているのがルーテの秘書だ。
彼女がカグツチへ向ける視線に込められた感情は……。
「カグツチ・ミナト様」
「なんだい?」
「貴方は空気が読めないと有名だと聞いていましたが、まず貴方が本来であれば男子禁制の本邸に招かれていること自体もう少し気を配れませんか? クラスS」
「…………」
分かりやすい敵意をぶつける、カグツチは少し考えると。
「あれかい? 女の問題に男が介在するとこじれるって話かい?」
「ルアを採用するというのは、我々にとってリスクがある行為だという事です、あんなに堂々と現れるとは」
「リスクについてはクォイラが対策を取ってあるだろ? 後俺はあえて徒歩で来たんだ。変装もバレないようにしてあるし、そして俺はコヴィスト王国にいることになっている。つまり今俺がここにいることを知っているは我がアマテラスのみ、それは保証できるんだが……」
「なんです?」
「俺が懸念しているのはそっちだ、まさかここにいるメンバー以外に、俺がここにいることを知っているクランメンバーはいないだろうな? 気配からすると後2人感じるが」
「っ! 当たり前でしょう! 我々を含めたその2人はルーテ様の側近です!!」
「なら何の問題もないだろ? 俺達が黙っていればね」
ギリギリと歯ぎしりをして秘書はカグツチを睨む。
「貴方はクラスSでしょう、もっと品格のある行動を」
「クラスなんてのはただのおまけみたいなものだ、もっと言えばクラスなんて意味がない、冒険者ができるのならDで十分なのさ」
「っ!! っ!! っ!! 戯言を!!」
ギリギリと歯ぎしりをする秘書だったが。
「ああ、そういえば、今回貴方が紹介したルア・リーム、随分な器量良しですね」
「…………」
「それに胸も大きい、男性好みの身体をしていますね。そういえばアマテラスの3人も、器量良しばかりでしたか、貴方もセシルと一緒、傍にいる冒険者も所詮はクラスSに媚びを売る売女風情で」
どさりと秘書の視界が床に落ちる。
あれ、何だ急に、どうして床に視線が落ちているんだ。
その視線の先には。
首のない自分の身体が何故か立っていて。
護衛2人の首もまた切り落とされていて。
そこからは、コマ送りのようで、視線が進んで。
カグツチは、気が付けば自分を含めた護衛の3首を並べて見て嗤っていた。
く、くび、かえして、、、、。
「しねええぇぇぇぇ!!! カグツチいいいぃぃぃぃ!!!!!!」
と半狂乱状態となった戦闘職の2人がカグツチに鞭で攻撃を仕掛け、うなりを上げて襲いかかるが、、、。
カグツチが「バチン!!」と戦闘職の2人の鞭をそれぞれ片手で止めた。
「「「っ!」」」
そこで秘書と戦闘職の2人は我に返った。
秘書は倒れただけで首繋がっているし、戦闘職2人も無傷、カグツチは、そこから一歩も動いていない。
「「「ヒュー! ヒュー!」」」
ぽたりぽたりと3人とも尋常じゃない程の汗をかいている。
その3人を守るように立っていたのはルーテが発言する。
「カグツチ、今の失言はクラン長である私の責任、全面的に謝罪します、だから殺気をおさめて、壊れてしまうから」
「…………」
無言で手を放すと漂うアンモニア臭に気が付く、それはぴくぴくと震えている秘書からだった、ルーテは2人の護衛に話しかける。
「早く着替えさせてあげて、そして私とカグツチの2人だけにして」
「そ、それは!」
「いいから! 大丈夫だから!」
護衛は、そのまま秘書に肩を貸す形で応接室を後にした。
「…………」
ぎゅっとこぶしを握り締めるルーテ。
セシルの影響力の大きさは、今まで散々述べてきたとおり。
それはカグツチ・ミナトも例外ではない。
敵対と解釈できるような言動をすれば、一方は新人冒険者ですら道を絶たれて、もう一方は人を人と思わない処分を下す。そして強すぎる力はお互いに戦えば公国ですらもただでは済まず、共存している現状は「奇蹟」と称されるクラスSの2人。
今この邸宅にいるのはカグツチが推察したとおり、戦闘職2人と秘書1人、そして事務2人が控えている。
これが彼女にとって腹心中の腹心、創設時のメンバーだ。
創設メンバーは、ルーテを神輿として担ぎ、女性の立場を向上させるために上流階級の女性に取り入り、不断の努力を続けた。その努力が実り財産と称されるクラスBになって、末席とはいえ上流の仲間入りを果たした。
クラスB以上は、完全に政治の世界だ。
油断をすると足元をすくわれる、地位と名誉と財産を求めている冒険者たちの集まり、裏切りも当たり前、味方だった相手が次の瞬間敵に、敵だった相手が次の瞬間味方になる、誰も心許せない。
数えきれない程裏切り、数えきれない程裏切られた。
その中で創設時のメンバーだけが信用する事が出来て、お互いに励まし合っていた。
女性貴族への小間使いの如く終わらない奉仕の上やっと繋がりを得ることが出来て、斡旋されたクエストをこなし、血を吐く思いでクラスAに昇格。
悲願ともいえる世界的冒険者、女性冒険者の頂点に辿り着いた。
そして辿り着いて終わるわけではない、立場を維持するため、無理をして豪邸を構え維持し多額の税金を払い、社交に参加するために多額の金を使っている。
ルーテは反主流派の筆頭と称されても、それでもクラスSを敵にまわす事は絶対に出来ない、2人への忖度は免れない現実がある。
そしてそのことを、全て他人事のように振舞うカグツチにどうしようもない苛立ちを覚えている。
「カグツチ、貴方は今まで何人の人を殺して、殺すときに何を考えているの?」
その質問に一瞬呆けるが。
「なんだよ、その質問」
「ぐっ!」
気が付いたらカグツチは嗤いながら、喉のあたりを手刀の先で触れていた。
「何を勝手に終わらせてんだよ? 仲間を売女とまで呼ばれて許すつもりは毛頭ないんだが?」
「がっ! がっ! がっ!」
「ここで俺がお前を殺せば、ヒュレンと戦争になるのか、それとも冒険者同士の私闘で終わるのか、世界ギルドがどう判断するのか興味あるね」
「ひっ! ひっ!」
一気に血の気が引く。
対応を間違えた!
ルーテの脳裏にワーニッツの姿が思い起こされる。
逆鱗に触れて作り変えられ、人でありながら人ならざる者へ落とされた!
徐々にカグツチの指がルーテの喉に埋まり、、、、。
「や、やめてえぇ! ころさないでえぇ!!」
「…………」
殺気を外すと、カグツチは、そのまま応接間の椅子にどかっと座る。
「ぐはぁ! はぁ! はぁ!」
ようやく息が通じて息を荒げるルーテ。
「ははっ、秘書は失禁の無様、クラスAが命乞いの無様を晒したわけか、その様子だとワーニッツの事を考えたな? 安心しろよルーテ、まあ、そこまではしないさ」
殺気から解放されたルーテは胸のあたりに拳を当てて息を落ち着かせると。
「結論から言うわ、ルアを採用します」
「…………」
「何を驚いているの? その為に来たんでしょう?」
「ルアの実力について実際に確かめなくていいのか?」
「貴方は冒険者としての嘘はつかないことは分かっている。戦闘職としての彼女にクラスBレベルの才能があるの事が間違いないのなら我々からしても断る理由はない」
「……そうか」
「ただし、冒険者としてはクラスFであり資料を見る限りクラスDクエストはギルドマスターや仲間と一緒にクリアしたという記録しかない、だから最下位クランでの採用となるわ」
「…………」
「こればかりは譲れない! 後は実力で這い上がって! それが嫌なら私を殺しなさい!!」
少しヒステリックになったルーテにカグツチは肩をすくめる。
「別に、道理だと思うよ、まあルアなら大丈夫だろうさ」
カグツチの言葉で少し落ち着きを取り戻したルーテは発言する。
「後は、彼女が所属する傘下クラン長を交えて一度面接をします。その時の同行者なんだけど、クォイラ嬢に頼める? こちらとしてもアルスフェルド子爵家令嬢からの交渉の方がいいし、申し訳ないけど、ここは例外を認めない男子禁制なの、私の立場も考えて」
「……ああ、かまわないよ、クォイラに話を通しておく、なれば用件は終了。忙しい中邪魔したな、後はそっちで進めてくれ」
と言ってカグツチは、後にした。
――カグツチがいなくなった後の応接室
「も、申し訳ありません、ルーテ様」
と応接室に戻ってきた戦闘職2人が頭を下げる。
「あの子は?」
「着替えて落ち着いていますが、大分ショックを受けていました」
「……そう、どうだった、クラスSは」
ルーテの戦闘職2人はギリギリと歯ぎしりをする。
「カグツチはイカれています! ワーニッツの処断もそうですが、あの男、あの男は!! あの瞬間に!! 我々を!! 我々を!!」
「落ち着いて、首を落とされれば動揺するのは分かるから」
「…………」
と口惜しさと恐怖に震える2人。
今回のルア採用の斡旋、情報の保全秘密は徹底したが、今回もしルアを不採用とすれば、いずれ冒険者新聞が嗅ぎつけて、騒ぎ立てるだろう。
どの道、今回の話の結論は一つしかないのだ。
「今回はクラスBの才能を持つ女性冒険者をタダで手に入れた、カグツチのその言葉だけは信用できるから、我がクランにとっては多大な利益をもたらせたことには変わりはないのよ」
そう言葉を切るがカグツチの後姿を睨むルーテ。
――伊達や酔狂で冒険者をやっている。
トライアウトでわがままを言ったカグツチにセシルはそう言い放ったのだという。
そのとおりだ、あの男はそうだった。
初めて知ったのは自分がクラスAに昇格したての時で、当時カグツチはクラスC。最速で昇格したということで話題になっていた。
ルーテにとって、カグツチは初対面から気に入らない存在であった。
それはカグツチ自身の化け物じみた戦闘能力だけではない。
超一流の生活魔法使いである貴族令嬢。
世界二大宗教フェノー教の大幹部であり上級回復魔法使い。
史上最年少で賢人会所属を果たした情報処理担当。
自分達が身も心も尽くし馬鹿にされて見下されて屈辱に耐えても尚手に入れられていないモノを当たり前のように持っていたからだ。
更にクロルソン公爵のお気に入りという事も腹が立つ。
噂ではセシルを子飼いする反面、上流を無視するカグツチを敵視しているという話だったが、あれは逆、カグツチの事は個人的に気に入っているのは分かった。
そのカグツチもクロルソン公爵の事は悪く思っていないのか、クロルソン公爵の社交にだけは出席しており、2人で仲良く話している姿は何度も目撃されている。
――「クラスなんてのはただのおまけみたいなものだ、もっと言えばクラスなんて意味がない、冒険者ができるのならDで十分なのさ」
「っ!!」
ギリギリと歯ぎしりをするルーテ。
「アレが冒険者史上最も人と魔族を殺したクラスS! 所詮は殺人狂よ!」
とルーテは吐き捨てた。
「なーんかあのクランは最初会った時から俺の事を目の敵にしてんだよなぁ、俺がイケメンだったら違ったのかな? まあいいや! 後はルアの頑張り次第だし、塩漬けクエスト一生懸命頑張ったから、今日は自分へのご褒美に肉でも食いに行くか~」




