第85話:その彼女は
「…………」
ルアが目を開けるとベッドに寝ていた。
何処だろうと思って頭を動かすと、別の患者さんの世話をしていた看護師さんの姿が目に入り、うすぼんやりとここが病院だということに理解が及ぶ。
ルアの気配に気が付いたのか看護師がこちらを向く。
「よかった、目が覚めたんですね」
と手を額に乗せる。
ああ、手が冷たくて気持ちいい、と自分の身体を触ってみる。
「大丈夫です、「何もされていません」よ」
と看護師さんが笑顔で答えてくれた。
「…………あの、どうして私はここに?」
「えっと、それについては」
と説明しようとした刹那。
「お、俺の嫁がぁ!」
「だ、だいじょうぶ!?」
「おーおいおい!」
「息子の嫁!!」
「妾!!」
とホヴァンと爺様達がなだれ込んできた。
「こら! 静かにしろって言ったでしょ!!」
と看護師さんが怒るが、それに構わずベットに縋りつく面々。
「ルア、気が付いたみたいだな」
最後に入ってきたギリアンを見てルアは話しかける。
「ギリアンさん、私はいったい、というかギリアンさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、もちろん、見てのとおりだよ。今回俺達が助かったのは本当に運がよかったとかいいようがなかったんだよ」
「え?」
「俺達を助けてくれたのはクォイラ嬢達なんだ」
「え!?」
驚くルアを余所にギリアンは説明する。
実は、グパハーの動向についてはクォイラ嬢が既に掴んでおり、生体確保のため彼女はカミムスビとして調査を開始していた。
そのグパハーの動きを追い居場所を特定して確保に向かったところ、丁度俺達が襲われていた場面に遭遇したそうだ。
そしてカミムスビとしてグパハーを確保、現在は検体として公国研究所に送られたそうだ。
「…………」
説明を聞いたルアは顎に手を当てて何かを考えている。
そう、今説明した内容はギリアンの言ったとおり、運がいいとか言いようがない。
例えばだ、私達が襲われている場面に別のクラスDのクランが遭遇した場合。
自分を見捨てて逃走し、世界ギルド支部に報告が最善の手だ。
ピンチを見て助けなんて入ったら犠牲者が増える上に全滅してしまえば、魔族の出現情報という値千金の情報が伝わらないおそれがあり、その一手の遅れが壊滅的な被害をもたらすかもしれない。
でもアマテラスのメンバーならクラスBの魔族なんて「雑魚」だろう、だから私が襲われていたとしても助けるのは「行きがけの駄賃」になる。
「あの、ギリアンさん、カミムスビの御三方は?」
「その後始末をしていると聞いたよ」
「…………」
「どうした?」
「それって、本当の話なんですか?」
「……ああ、そうだよ、なにか?」
「いえ……なんでも、ともかく、ギリアンさんも無事でよかったです」
ルアはふうと息をつくと虚空を眺める。
一歩間違えればルアの冒険者としてではない、人としての人生が終わろうとしていた。
だから、それを機に冒険者を引退する人も多い、前に扱ったコボルトの異常行動による食人の殉職事案なんてのもそうだ。
でも、それは決して悪いことではない、別の道を探すのは良いことだ。
繰り返す、生きて冒険者人生を終える方が圧倒的に多い、ゼカナ都市の冒険者の殉職なんて、先日のコボルトの殉職より前は5年は出ていない、その5年前の殉職は遭難等を含めた事故による殉職で、魔物に殺されることは10年ぶりだったのだから。
危険な職業というのは危険に対して何よりも慎重で臆病でなければならないのだから。
「冒険者辞めたくなったかい?」
俺は問いかけるが。
「いいえ、確かに今の私じゃ全然かないませんが、届かない訳じゃないです、その手ごたえを感じました」
「……そうか」
「ギリアンさん?」
「まずはゆっくりと休むがいい、なに、ここの療養施設の料金はクォイラ嬢持ちだそうだ」
「あー、なるほど、そういう事だったんですね、理解できました」
「? 何が?」
「何がって、冒険者にとって2番目に大事な事、保険と年金の福利厚生ですよ、確かに払ってもらえるのは凄い助かります、退院したらギリアンさんが進めてくれた年金と保険に入りますよ」
そんな言葉に一瞬キョトンとしたが。
「あはは!! いいねぇ!! 分かった、腹が決まったよ!!」
「?」
「見舞いの途中すまない、ちょっとどうしても外せない野暮用があってね、失礼するよ」
と俺は立ちあがり病室を後にする。
「ルアちゃん! 俺がずっと見守っているからね! 誰が相手でも俺は負けないよ!」
とすかさずルアの手を取るホヴァンだったが。
「面会時間は守っていただかないといけませんねぇ、後は他の患者さんの迷惑にならないようにお願いいたします(ゴゴゴゴゴ!!)」
(´・ω・`)ハイ ←ホヴァン
と看護師さんの圧にあっさり負けたホヴァンでありました。
●
ステータス。
一番アピールをしやすいステータスは何といっても住処だ。何故なら人間は外界を目から情報を大半が占めるからだ。
だから世の中のセレブ達に豪邸を構えて自分の威力を見せる。
ここはルザアット公国の高級住宅街、いわゆるビバリーヒルズみたいな感じだと解釈してくれていい。
俺もかつてはここに豪邸を構えていた。
クラスSに昇格して男爵を叙された後は、貴族居住区への滞在を許されたから売ってしまったけど。
そういう意味じゃ、懐かしい街並みだ、テクテクと歩きながら俺は思い出に浸る。
てくてく歩くと言っても、ここ住む人たちは、そもそも自分で歩かない。使用人の御者に豪華な衣装を施した馬車に乗って移動するのが普通だ。
高級住宅街なだけあって雰囲気は長閑、ただ治安は金持ち専門に襲う奴らもいるから大体は自衛の為に「私的SP」を雇っている。
俺が目的とする場所は、その高級住宅街の中でも大体中の上あたりの邸宅、その姿は真っ白の2階建てのちょっとした城を連想させる建物だ。
その敷地内からは大きなポールが立っており、旗が風でゆらめいている。
豪邸の正門には、俺の来訪を告げてあるからか、秘書と両脇に鞭を携えている戦闘職の2人が待ち構えていた。
「「「…………」」」
その3人たちの敵意とも違うような、近いような視線。
その秘書は、俺の姿を認めると、慇懃に頭を下げる。
「クラスS、カグツチ・ミナト様、お待ちしておりました」
「忙しい中すまない、出迎え感謝するよ」
「どうぞ、ルーテ様がお待ちです」
●
秘書の案内で俺が通されたのは巨大な応接室、いや、「彼女」が率いるクランの中枢と表現した方が正しいか、現在そこにいるのは俺と案内をしてくれた秘書たち3人と。
玉座に座っている彼女。
「久しぶりね、カグツチ」
彼女はルーテ・カークルーソ、公国のクラスA冒険者、ルザアット公国の女性冒険者の頂点だ。




