武装乙女誕生
それはあまりにも突然な出来事だった。
薄暗い路地裏を抜け道として使っていたのが悪かったのか、路地裏を抜けた瞬間全身に鈍い痛みが走った。
スピード違反の車に跳ねられたのだ。
私は何が起こったのかすぐには理解が出来なかった。だけどぼんやりとした頭で、あぁこのまま1人で寂しく死んでいくのか。なんて楽観的なことを考えていた。
まぁ私の人生なんてそこらじゅうにいる1人のよくある人生。輝かしい才能があるわけでもなければ、人よりも目立って劣るところもない。平凡なごく普通の女子高生。
私が死んだところで悲しむのはせいぜい家族と少しの友達だけ。
あぁ、来世があるとするならもっと''希望''で満ち溢れた人生がいい。
「...君、死ぬ?」
もう体もなにも動かないって言うのに変な幻聴が聞こえる。
臨死体験とか言うやつだろうか。
「生きたいと思う?」
あぁ、本当に今そんな幻聴を聞くなんて皮肉にも程がある。
生きれるなら生きたいけど別に死んだところで何も無い。だけど死ぬのはやっぱり少し怖いなぁ。
...なんて。どうせもう足掻くことすら出来ない。やっぱり私の人生はここまでみたいだ。
「あのさ、人が質問してるんだから答えたらどうなんですか?」
なんでこんなに幻聴がはっきり聞こえるの。答えるも何も私はもう死ぬの。それとも何、ここはもうあの世なわけ?
「もしかして自分が死んでると勘違いしてる?それともほんとに死んだのか?」
「私はどうせ死ぬ身なんだからほっといてよ!」
....え????
なんで、今声が私の口から出たような。はっと目を開けてみる。な、なんで、目は開くし身体が動くの...!?
「え、なにこれ...何が起こってるの?」
確かに私はさっき車に跳ねられたはず。間違いなんかじゃない。この身体で苦しいほどの痛みを味わった。
「質問を質問で返さないでもらえるかな。説明は後でするから、先に答えを聞かせてくれる?」
「こ、答え...?」
全然状況が理解できない。頭が追いつかない。頭の中は混乱状態だ。
「だから、生きたいのかどうかを聞いてる」
私の前でそう聞いているのは大学生くらいに見えるスーツを着た男の人だった。全く面識のない人だ。それに、周りを見渡してみると私は景色も何も無いただただ白い空間にいた。壁やドアなんてありはしない。どこまでも続く永遠の白い空間。
だけど今また質問に質問で返すと何か言われるに違いない。
「生きられるなら生きたいと言ったな?つまり生きたいということか?」
男は私を試すような目で見ていた。
「そ、そりゃあ事故で死にたいと思う人はなかなかいないと思いますけど...」
男は深いため息をついた。まるで呆れたかのように。
「そういうのはいいんだ、はっきり答えを聞かせてくれ。」
なんなんだこの人本当に。私はまだ何が起こっているのかもよく分からないのに。
「まぁ、生きたいということになりますね。私の人生まだ半分もいってないですし。」
少し口調が尖ってしまった。
「わかった、いいだろう。」
男はそういうと空中で指をスライドするような動作をした。
傍から見れば何をしているのかと不審に思ってしまうような振る舞いだ。
だけど男がスライドするとパソコンのキーボードのようなものが空中に浮いて見えた。いやいや、死後はやっぱりなんでもありな感じなのか。
しばらくキーボードのようなものをうち終わったあとこちらへくるりと振り返った。
「いいか、君は今自分で生きる道を選んだんだ。勝手に命を投げ出すようなことがあれば痛い目にあう。それをよく理解しておいてくれ。」
「はぁ...。」
何を言っているのかさっぱりだ。なぜわざわざ自ら死を望むのか私には理解し難い。
「それじゃあこれからの君の人生(仮)について説明していこう。」
今(仮)とかいった?一体何を言ってるの?
「まず泉奈美命、今の君は死んでいる。」
「...は???」
思わず私の口から間抜けな声が零れた。
何を言ってるんだろうこの人、私今ここであなたと喋ってるんだけど。それにどうして私の名前を...。
「君は今いわば仮死状態といっても過言じゃない。」
か、カシ???カシって仮死???なにそれ。意味がわからなさすぎる。
「正確に言えば君の体が死んでいるだけであって魂は今ここに存在している。」
男が言っていることはまるで謎解きのような意味不明さだった。魂がどうとか宗教くさすぎない?大丈夫なのこれ。
「あの...私が仮死状態だとしたらどうして今こんなふうにあなたと話せてるんですか?」
「質問は後で受けつける。今は聞け。」
「あっはい...。」
遠回しに余計な口を挟むなと言われてしまった。
「まず君が今このように私と話せているのは君の魂を亡くなってしまった遺体から取り出して、私たちが作成した模倣の身体に移したからだ。まぁつまり今のその体はもともとの身体ではなく偽りの身体であるということだ。」
いったいなんのオカルト話なのかと耳を疑いたくなる。
「今は魂を入れている状態なだけだから痛みを感じない。試しにつねってみろ。」
私は言われた通りにほっぺたをむぎゅ、とつねってみる。
確かにこの男が言う通り痛みを感じない。なんだか不思議な感じだ。触っているとは感じるのに痛みは驚くほどない。
「だが、それは今だけだ。これからその身体で生活していくうちに魂が徐々にその偽りの身体に癒着していくだろう。そうすると体感上は今まで通りに過ごすことができる。」
今自分のことを言われているというのにまるで他人の話を聞いているようだ。
「君たちの死体は別場所に保管してある。」
...ん?君''たち''???それに、保管??
思わず声を挟みそうになるが、男の口を挟むなという強い圧を感じ口を閉じる。
「死んだ、と言っても魂は生きている。魂が生きている限り死んでいるとしても身体は残り続ける。適切な保管方法をとれば保存が可能だ。君たちが協力してくれている限りは私達も君たちの本当の身体を絶対に守ると約束しよう。」
本当に不思議な話だ。さっきから魂がどうとか普通の人が聞いたら呆れて声も出ないだろう。全然信じ難い話だけれど、確かに私は死んだ。死んだ、はずなのに今ここにいる。それだけがこの男の話を信じられる、いや信じざるを得ない状況にもってきていた。
一通り話したのか少し息をつく男。
「あの、協力ってなんですか?」
口に出してからはっとした。まだ話し終えていないという顔をした男がこちらを軽く睨んだ。ちょっとした休憩だったのか、勘違いしてしまった。
「君たちにして欲しいことは、武装乙女となって他の乙女たちを倒すことだ。」
武装、乙女??なんだか聞いたこともない言葉を耳にする。
「武装乙女は私たちが魂を救った時に特殊能力を授けた乙女たちのことだ。君だけじゃなく他にも武装乙女は多く存在する。そして君にも今から特殊能力を与える。その能力をどう使うも自由だがその力で武装乙女を排除してほしい。」
特殊能力...?そんな漫画の中のようなものが存在するのか。空を飛ぶとかそういうもの?武装だなんてなんだか物騒な話だ。
「特殊能力は自分では決められない。授けられるものだから誰にも選ぶことは出来ない。だがその人にいちばん合うものが選ばれるシステムだ。そのうち手足のように使うことも出来るだろう。」
ていうか排除ってなんなわけ?どうして私と同じ境遇の人を同じような私が排除するの?
「はぁ、疲れてきたな。面倒だし質問を受け付けよう。」
質問、て。聞きたいことが多すぎてどこから聞けばいいのかわからない。
「じゃあ...まずどうして同じ武装乙女?の人を排除するんですか?排除するならこうして私のように増やさなければいいんじゃ?」
「そもそも別に減らすことを目的としていない。」
「目的は何ですか?」
「守秘義務だ、答えられないな。」
答えられない、なんて質疑応答が成り立ってないじゃないか。
私たちをどうして拾い、そしてこんなふうにさせようとしているのか。なんだか怪しい匂いがするけど大丈夫かな。
「じゃあ、あなたは誰ですか?」
「私は案内人です。」
「なんの案内人なんですか?」
「彷徨う魂たちの案内人です。」
「お名前を聞いても?」
「お答えできませんね。」
なんだこれ。全然答えになっていない。
「じゃあ、これを断ることは出来ますか?」
私が質問を口にすると同時に男の雰囲気が少し尖ったような気がした。
「お断りされるおつもりですか?」
「なんだか怪しいですよ?」
「おすすめはしない。君がこの世でもう少し行きたいと願うならこのお話を受けることが最善かと思われる。」
「脅しですか?それってこれを断れば死んでしまうということですか?」
「そうなるな。残念ながらそもそもそちらに初めから拒否権なんてものはありはしない。こちらは命を救った恩人なのだから。」
勝手に救っておいてなんだか偉そう。別に頼んではいないのだけど。けどどうやらこのまま粘っても意味がなさそうだ。
「わかりました、じゃあこれからどうすればいいんですか?」
「能力を授けるので少しこちらへ。」
男がいる方へ少し歩いて立ち止まる。すると男が空中に浮くコンピュータを操作し眩い光が周りを包み込む。
「なっ、なにっ...!?」
「少しじっとしていてください。」
黙って立ち尽くしているとなんだか不思議なものが身体に流れ込んでくる気配がした。しばらくすると光がひいていき、視界が元に戻る。
「これでしばらくすれば能力も使えるようになるでしょう。後のことは他の武装乙女たちに聞くといいでしょう。全ての乙女が好戦的なわけありませんから。ただ少し喧嘩早い人もいるので気をつけて。それでは。」
「え、ちょっ」
そういうなり、白いだけの部屋は消えていき引かれたところであろう路地裏に戻っていた。
確かにこの足で立っている。不思議だ。そんなことを感じながら帰路に着いた。
家に帰ると母がおかえりといつものように声をかけてきた。それだけでもやっぱり生きる選択肢をしてよかったなんて思えてくる。ただいまと言葉を返し、自分の部屋へ直行する。
「美命ー?夜ご飯はいらないのー?」
「今日は食べてきたー」
適当な嘘をつく。なぜか全然お腹が空く様子がない。これも偽の身体だとかいう弊害だろうか。母は私の身体が変わっただなんて少しも疑いやしない。
「私の身体、どうなっちゃったんだろう...。」
正直不安で胸がいっぱいだった。まず轢かれて死んだことだって理解出来ていないのにその上蘇らせただなんて漫画の中の話としか思えない。こんなこと本当にあるのかな。夢だったら信じられるんだけど。
そんなことを考えているとどっと疲れが押し寄せてきた。色々あってもう疲れたから今日は寝よう。とりあえず自分を落ち着かせて寝ることにした。
次の日、目覚めた私はやっぱり生きているということを改めて自覚した。夢だったわけではなかった。
初めまして、夏目あめです。初連載します。気長によろしくお願いします。