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第2話 正体不明の男たち

 バス停でベンチに座っていた子どもに名前を呼ばれ、助けを求められる。そんな経験をするなど、未だかつてない。

 しかも世界を救えだなどと、マンガのような懇願。あずさは混乱し、英語を使わなければという考えが何処かに行ってしまった。


「お嬢ちゃん、申し訳ないんだけど、俺はスーパーヒーローとかじゃな……」

「――っ! もう来たか!」

「は?」

「走れ!」


 何が来たのか。梓が問い返すよりも早く、銀髪の子どもがグイッと彼の腕を引いた。

 子どもの力で高校生男子が引きずられるはずもない。しかし梓は見事に引きずられ、つんのめるようにその場を駆け出した。


「おい、何なんだよ!?」

「今は時間がない。まずは振り切るぞ!」


 子どもらしい高い声で、子どもらしくない言動をする。一体この子どもは何者なのか。梓は一旦疑問を頭の隅へ追いやり、ただ全力で銀髪を追いかけた。


(一体、何なんだよ!?)


 不幸中の幸いは、高校へ戻る道ではなく梓の帰り道を辿っていることか。とはいえ、何が自分たちを追っているのか気になる。複数の足音が聞こえるが、何者なのか。

 息を切らしながら、梓はちらりと後ろを見た。彼の目に映ったのは、数人の男たち。彼らは息をしていないのかと思うほどに走る速度を落とさずに真っ直ぐ向かってきていた。黒いスーツに革靴、そしてサングラスと怪しさしかない。


「何、だよっ! 怖えぇっ」

「振り返らずに走れ! あいつらに捕まったら、次はない」

「くっそ!」


 子どもに急かされ、梓は体育祭でも出したことのない本気の全力疾走で道を駆け抜ける。その間、何故か一度も人とすれ違わなかったが、走っている時はそれに気付く余裕などない。


(とはいえ、ずっと走れるわけもない。何処かに隠れないと!)


 よく知っている町並みの中、梓は前を走る子どもに「次を右に曲がれ」と指示した。そして子どもが素直に従うのを確かめ、自分も曲がり角に飛び込む。当然のことながら、後を追う男たちも道を曲がって真っ直ぐに走って行った。


「……良いか、な」

「ああ。しのげたらしい」


 十秒ほど気合で息を止め、それから徐々に息を整える。肩で息をする梓に対し、銀髪の子は涼しい顔で周囲を見渡した。


「それにしても、よくこんな空間に気付いたな。知っていたのか?」

「まあね。道を曲がってすぐに脇道があるなんて、考えもしないだろうし。うまくいってよかったよ」


 梓たちがいるのは、大通りのすぐ傍にある路地だ。スーパーマーケットへの近道であり、商店や住宅の裏口が開いている通路でもある。梓は幼い頃、このあたりで友だちと鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだものだ。

 ようやく呼吸が安定してきた梓は、その場に座り込む。


「休憩しよう。もう少し、ここにいた方が良いだろうし」

「そうだな。……折角会えたのに、走らせて悪かった」


 その場に正座し、子どもがぺこりと頭を下げる。梓は思いがけないことに目を見開き、慌てて自分も地面に正座した。下がコンクリートのため、少し痛い。


「あのままぼーっといるわけにはいかなかったから、むしろ助けられたよ。……とりあえずあいつらは撒けたみたいだし、お嬢さんが何者なのかとか教えてくれると助かるんだけど?」

「そうだな」


 改めて居住まいを正し、少女は梓が想像もしなかったことを口にした。


「私は、創生の龍。その化身のようなものだと思ってくれたら良い」

「……『創生の龍』?」

「お前ならば、聞いたことくらいあるだろう? 龍磨たつまが本をかなり買い与えているはずだ」

「龍磨って、俺のじいさん……?」


 梓の祖父である龍磨は、数年前に他界した。若い頃は大学で日本史を教える教授であり、退職後は郷土史家として地域の歴史や文化を独自に研究していた。その祖父の影響で、梓は日本史だけは得意科目だと胸を張れる。

 何故こんな子どもが祖父のことを知っているのか、創生の龍とは何なのか。子どものいたずらにしては、既に常軌を逸している。


「待てよ? 創生の龍……あっ!」


 思いの外大きな声が出てしまい、梓は慌てて手で口を塞ぐ。先程の男たちが戻って来るのではと危ぶんだが、その心配はないらしい。

 ほっと息をつき、梓は思い出した記憶を言葉にする。


「確かに、じいさんから何回も聞かされた。『この国は、創生の龍の亡骸の上に創られたんだ』って」

「その通り。よく覚えていたな、偉いぞ」


 龍を名乗る子どもはニッと笑って立ち上がると、幼子にするように梓の頭を撫でた。よしよしと言いながら撫でられると、何ともむず痒い。

 しかし「やめろ」と無下にすることも出来ず、梓は大人しく撫でられることにした。

 満足したのか、子どもは再び梓の前に座り込む。そして、話を続けた。


「お前の言う通り、この日本は創生の龍が死んだ後の姿だ。その証拠に、日本列島は龍が横たわった形をしているだろう? そして私は、その龍の魂魄の一部がこの世界の監視者として残ったモノ」

「……つまり、死んだ龍が残した思念みたいな?」

「まあ、そんな理解で良い。……私は私として存在し始めてから、この国を見て回った。様々な人々や動植物と交流を重ね、彼らの運命を見守ってきたのだ。どんな結末を迎えようと、私は傍観者でいるつもりだった。……あの日までは」

「あの日?」


 梓が首を傾げると、龍の子は頷いてみせた。


「あやつが、創生の龍の心臓を見付けるまでは」


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