08. 朽ち木の行方
「ところでティアさん、あなたの能力には他にどんなものがありますか? 特に攻撃に関連する能力があれば知りたいのですが」
山の状態の確認も終わり、急いで戻ろうと言っていたその最中、上空から地上に降り立ったところで、スウェンが唐突にティアに質問を投げかけた。
「攻撃? 攻撃ってなに?」
「簡単に言えば、物理的に物を打ち砕いたり、敵を攻め打つ能力のことですよ」
「物を壊すことならできるよ」
「では、あそこにある大きな岩、砕く事はできますか?」
スウェンは30メートルほど先にある大岩を指さした。
「砕けるけど、あそこには地の子がいるからみんな驚いちゃうよ、あの川の横にある大きな朽ち木ならだれもいないから大丈夫だよ」
「では、あの朽ち木を砕いてみてください。ちなみに地の子というのは精霊のことですか?」
「うん、そう」
「ティアさんには精霊の姿が見えるのですね。風の精霊を使役しているわけですから、当然と言えば当然ですね。ちなみに、他にどのような精霊を使役しているのですか?」
「私、使役してるわけじゃないよ」
「ハヴァック公、ティアにとって精霊の力は意のままに使用するものではないそうだ。彼女の言葉を借りるなら、その立場は対等であり、親友関係にあるのだとか」
ハヴァック公はティアをじっと見つめ、興味深そうに頷いた。
「なるほど、非常に興味深いです。では、質問を変えましょう。ティアさんはどのような親友の方々と仲が良いのですか?」
「風の子、火の子、地の子、雷の子、水の子、それから命の子が親友だよ」
「6属性……」
ハヴァック公は驚きの表情を浮かべた。
「あと一つ属性が揃えば、全ての精霊の力を完全に使いこなせることになるわけですね。では、どの精霊の力を使っても構いません。あの朽ち木をできる限り最大限の力で砕いてみせてください」
ティアは一瞬考え込み、朽ち木に視線を向けた。彼女の瞳に決意の光が宿る。
「ロゥ、一緒にお願い!」
ティアが声を上げた瞬間、彼女の周囲に土煙が立ち上り、渦を巻き始めた。その渦の中から、彼女の手のひらに小さな土の塊が収束し始める。それは回転しながら次第に大きくなり、やがて巨大な杭へと姿を変えた。
杭がティアの頭半分ほどの大きさになった頃、さらに回転を増し、一気に朽ち木に撃ち放たれた。
轟音が鳴り響き、朽ち木は粉々に砕け散った。周囲の木々もその衝撃で倒れ、大きな道が開かれた。
息を呑んだ。ティアの力を目の当たりにし、ただただ圧倒された。その横でスウェンは、何を考えているのか分からない微笑を浮かべていた。
「陛下は先程私たちのいた、本宮殿にはいらっしゃいません」
王宮への道を引き返す最中、スウェンが唐突に話し出した。
「本宮殿に居られるのは先王陛下です。陛下は本宮より離れた離宮の地下牢に居られ、お二方は、互いが封呪のカギとなっています。お二方とも外界との接触は完全に遮断された状況下に置かれています」
「詳しいんだな」
「数年間、呑気に茶を嗜んでいたわけではありませから。今、私たちにできる事は、現状を認識することです。情報は自らの命を左右しますからね。殿下が逃亡したという話も聞き及んでおりましたよ。人間どもも、内通者を探して躍起になっています。まさか、こんなに小さな内通者だとは、夢にも思わないでしょうが」
スウェンはティアをチラリと見やった。
「それで、結局のところ、協力してもらえるのか? まだその返事を聞いていないが」
「殿下、何事も事を急いては仕損じますよ? とはいえ、今回は急がなければならない事態になりそうです」
隠し通路を抜け、スウェンと会った部屋まで戻ってきた。準備があるからしばらく待つようにと言われてから、もうかれこれ3時間が経過している。何も言わずに出て行ったスウェンの考えが分からず、心の中で緊張と不安が広がる。
(まさか、人間を引き連れて来たりしないよな……)
ティアは暇を持て余し、歌いたいと言い出したが、さすがにまずいと思い、止めに入った。疲れが溜まっていたのか、今ではすっかり諦めて眠りに落ちている。なんとも呑気なものだ。まるでただの子供のようだ。
「…………」
はっとした。たとえ人並外れた能力を持ち、普通とかけ離れた力を持っていたとしても、ティアはまだ子供なのだ。そして、自分は彼女に運よく助けられたことを再認識した。本来なら王子である自分がティアを守らねばならない立場にあることを忘れてはならない。
(不甲斐ない…… 頼りすぎていた)
「お待たせしました」
「……」
「何かありましたか?」
「何でもない」
僕は、沈む気持ちを切り替えるように、かぶりを振った。
「ティアさん、眠っておられるのですね。ちょうどよかった。殿下、着替えをご用意いたしました。こちらをお召ください」
スウェンに、羽織と新しい服を渡される。スウェンが気を使うほど、やはり僕の姿は人前に出るにはふさわしくなかったのだろう。
「まさか、これを準備するためにこんなに時間がかかったのか?」
「事を急くために、万全の準備を期すのですよ、殿下」
着替えを済ませると、薄汚れた孤児の姿から貴族のような装いへと様変わりした。ただし、かなり軽装だ。上にはローブも羽織っている。どうやらこのローブは封装らしい。スウェンも同じものを身に纏っている。
封装とは、自ら目立った行動を取らない限り、相手が気配を感知することが出来なくなる防具のことだ。スウェンに起こされたティアも、眠そうにローブを身に着けている。いや、正確には着せられている。
「封装なんて持ち歩いて、怪しまれなかったのか? それにしても、城にこんなものが残されていたのも意外だ。これなら簡単に逃亡できそうだな」
「この国のどこに逃げますか? あるいは国外へ? どこも情勢は似たようなものですよ。どちらにしろ、こういったものの数はそれほど多くはありません。元々あった城の備品を全て把握することは不可能です。緊急時に備える対策はいくつかありましたが、現状ではそれらを維持するのが精一杯でした。しかし、今がその使いどころでしょう。」
「では参りましょうか」
緊張の鼓動が、手の平に伝わった。
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