06. スウェンという男
いつも優雅に茶を飲み碁打ちをしている。その男の印象はいつもそんな感じだった。時折場所を変えて、囲碁が将棋になったりチェスに変わったり、誰かを捕まえて談笑していたり。
濃紺の長い髪を肩に流し、柔和な笑みを浮かべながら話すしぐさに色気があるのだとか。社交界で、いつも女性の注目を集めているという不真面目な世間話を、父から聞いたのはいつの頃だったろうか。
とにかく、“真面目に働く”という事柄からは全くかけ離れた人物像それがこの男、スウェン・ランド・ハヴァッグだった。
「なるほど、話はわかりました。それより茶でも一杯いかがですか? 随分とお疲れのご様子ですし。ティアさん、あなたもどうぞ」
スウェンは僕の全身をざっとみた後、ティアにも目を向けると茶を用意し出した。律儀に茶菓子までつけて……
僕は自分の服装を思い出して、少し恥ずかしくなった。今の自分の姿は、地下牢に閉じ込められたまま何年も同じ服を着続けた結果だ。成長と共に手足の裾は短くなり、ぼろぼろに擦り切れた服は粗末そのものだ。ただ一つ救いなのは、ティアの浄化によって常に清潔に保たれていることだろう。
それでもこの服装のせいで、自分は薄汚く見えてしまうのは致し方ないことだ。どこかの孤児と思われても仕方がないだろう。いや実際、孤児など見たことはないのだから、孤児よりひどい恰好だった可能性もある。だからこそ、スウェンが自分が王太子であることを信じ、追い返さずに受け入れてくれたことに感謝している。
僕とティアは書庫を出て、すぐにでも父の私室に行くつもりだった。しかし、王宮の中は父の私室までかなりの距離がある。誰にも目撃されずにそこまでたどり着くには限度があった。何より、ティアのオーラが目立ちすぎる。体を覆う金銀のオーラが美しく人目を引いてしまう。騒ぎは避けたかった。協力者が必要だと感じた。
そんな折、書庫から目と鼻の先にあるこの王宮図書館の一室に、この男がいたことを思い出したのだ。隠し部屋と繋がっていたことも幸いした。
「陛下から何かあればあなたか、他の3公を頼れと言われている」
「さて、頼りになるかどうか。何せ、国もあなたも、陛下すらもお守りできず、今はここで静かに茶など嗜んでいる身ですからねぇ」
スウェンは、僕がここまでくる経緯を説明している間も、今もずっと何を考えているのか分からない笑みを浮かべたまま静かに答えた。その言葉に僕の胸は一気に不安に満たされた。
「陛下を守れなかったって!? 陛下は今どこにいるんだ? まさか、僕みたいに人質にされているわけじゃないんだろう?」
「人質など、リセル殿下お一人の話に限られたことではありません。国民すべてが人質であり、私然り陛下然り、この国に住まう龍族すべての民が、皆一様に国に幽閉されている様なものです。今のこの国に、自由、平等などといったものはありません。主権は人間のものです」
そう言ってスウェンは自らの右腕を前に突き出した。銀色の硬質な腕輪のようなものが見える。
「封呪です。ご存じですか?」
「知ってる、魔力を封じるものだ」
「そうです。魔力の高い王族や貴族、一般の国民でも、一定の基準を超える者は、現在これを身に着けることが義務づけられています。私たちが魔力を封じられれば、単純な身体能力だけを考えるなら、人間であればまだしも、鍛え上げられた獣族の戦士には敵いませんからね」
「ハヴァッグ公、それは外すことはできないのか?」
「これは取り付けた者が特別な印を施しながら自らの魔力を送ることでカギとなります。そして、つけた者も既に別の者に取り付けられています。そうやって、芋づる式に力を封じられているのですよ。かといって、複数の力を同時に開放することもできません。そんなことをすれば、すぐに騒ぎになって人間に呪を発動されます。そうなれば我々には対抗するすべがありません」
スウェンは一拍置くと僕を正面に見据える、そして柔和な笑みを向けたまま目線を合わせた。
「だからこそ、現状維持が最善ではないでしょうか? これ以上の被害は避けられます。それなのに……なぜ帰ってこられたのですか? 殿下のいる場所はこちらにはありませんよ」
スウェンは笑っている。ただ淡々と告げただけだ。だが明らかに歓迎していないことは明らかだった。
自らの行動を否定されたことに悔しさと悲しさがこみ上げてきた。今の自分には人を頼るしかなく、頼りにしていたスウェンですら、自分の行いを否定している。そして、考えなしに戻ってきた自分自身の無謀さに恥じ入る思いが溢れた。
(戻ってきたのは間違いだったのか? またあの地獄に戻るしかないのだろうか……)
「首の輪は外れるよ! 王に手伝ってもらえれば、安全に国の人たちの首の輪も外せる。そうすれば、この国は元通りになるんだよ。大地も綺麗になるんだよ!」
ティアはまっすぐスウェンを見つめながら続けて言った。
「順番はちょっと違ったみたいだけど、私が初めにルーシアを助けたの。ルーシア、本当に痛そうだったから、助けて良かったと思ってる。もうあの場所には戻らないんだよ! 王はどこ? 王に会って手伝ってもらおう! 私も手伝うよ。だから来たんだよ」
スウェンは嘲笑するかのように、「フッ」と笑みを浮かべた。
「随分と威勢のいいお嬢さんですね。思慮も足りなさそうですが。先ほどから言っていますが、魔力が封じられているのですよ」
「だったら、それ壊せばいいんだよね? 私ルーシアの腕についていたものも壊せたし、今取ってあげる!」
「無理に外そうとすれば心臓が潰れます。殿下の腕に嵌められていたものは型が違ったか、封呪ではなかったのでしょう。殿下、命拾いしましたね」
「そうだったの!!? ルーシア、ごめんね! ルーシアが無事で本当によかった!! ねぇ、王に会わせて! 王に会って、その封呪も首の輪も取るのを手伝ってもらおうよ!」
「しつこいですね。ですが、そうですね…… あなたの浄化の力、一度確かめさせてください。それから考えます」
「本当に!?」「本当か!」
「ここは場所が悪いですね、移動しましょう」
そう言うと、スウェンは僕たちが来た隠し部屋に向かって歩き出した。僕とティアも二人、顔を見合わせた後、スウェンについて行く。
「どこに行くんだ?」
「浄化でしょう? 力のほどは分かりませんが、騒ぎにはしたくないでしょう? 念には念を。あぁ、そうだ、おぶりましょうか? 長い道のりですからねぇ」
スウェンは嫌味な笑顔を向けて聞いてきた。
「歩ける!!」
(意地でも歩く)
「みんな、ここからは飛んでいこう。とっても遠いしリョウにお願いするよ。案内して、私、道分からないから」
ティアが、リョウの名を呼ぶと風の力により三人の身体が浮き上がった。
(助かった、正直あの道を再び歩く体力が今は厳しかったから。バテてるところをスウェンには絶対に見られたくない!)
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