04. 歯がゆさと悔しさ、その決意のもとに
「なにか見えるよ!」
「あれは…… 村だ。ティア、空からだと目立つから、少し迂回して村を過ぎよう」
「どうして、私ルーシアの国がどうなっているのか見てみたい。それに、国の人たちの首に輪が嵌められているって聞いたよ。それなら、取ってあげなきゃ」
「もちろん分かってる。もしそれが本当の話なら首錠もいずれは取るべきだ。だけど、今は王宮に行って、すぐにでも陛下や他の有力者たちと会うべきだと思う。状況も分からないし、みんなにティアのことを知ってもらえれば、今より国の現状を良くする方法が何か見つかるはずだ」
「この国の状況、ルーシアも知らないじゃない。それにみんなの首に輪がつけられているのも信じてないの? ルゥイは嘘を言わないよ! 知らないなら知るべきだよ!」
確かに、僕は国の現状について何も知らない。僕が人質として幽閉された当時は、人間による反乱がはじまったばかりだった。実際、ティアとここに来るまでに、瘴気も大きく広がっていた。
おそらく、あれはあの呪の装置の影響だろう。国内の瘴気の状況だけでなく、国民の生活状況も気になっていた。だが、ここはもうバレイスであっても僕の知るバレイスとは違う場所なのだ。
「村には人間やそれに従う獣人などもいるかもしれない。無闇に近づいて気づかれたら、騒ぎになる可能性もある。下手を打てば、再び捕らえられるリスクもあるから、村の中に入らずに外から様子を探ってみよう」
村に近づき少し様子を窺ってはみたが、村の外からなので人々の生活が良く見えない。見たところ、人間はいないようだが、遠くから見える村人の首には首錠が嵌められていた。その光景を見て、苛立ちを抑えるように木に拳を打ち付けた。そんな折に――――――
「ぐああぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」
!!?
突如、鳴り響いたけたたましい叫び声に、僕とティアはお互い驚いたように顔を見合わせた。
――――――ティアが駆け出すのが早かった。
「待てっ!!」
一人の男が地面にうずくまり、悶絶躄地し、うなり声を上げている。その男の前に二人の男が佇んでいた。二人は薄ら笑いを浮かべながら、地に伏す男を見下ろし、嘲笑の笑みを浮かべている。うずくまる男の体からは黒い靄が立ち込めていた。彼が首錠によって呪を受けているのだ。
呪とは、特定の人間が持つ、神通力と呼ばれる力のことである。その力は心の状態によって変化し、心が良い状態にあるとき、その力は良味となり、浄化のような作用をもたらす。反対に、心が悪い状態にあるとき、その力は厄味となり、瘴気のような邪悪な力を放つ。
男の首には、人間の厄味を引き出し増幅する魔道具である首錠が嵌められていた。この魔道具によって引き出された厄味は、通常の力の何倍もの威力を持ち、瘴気のような穢れとなって人々を苦しめた。この地では、この魔道具による厄味の発動を「呪」と呼んでいる。
「金払えだと? クソまずい飯を食わされたんだぞ! その礼に、この女にサービスを受けさせろってんだ。道理にかなってるだろうが! できねぇじゃねぇだろ!」
その瞬間、男の腹に強烈な蹴りが入り、「がはっ!!」と苦痛の声を上げた。
若い女性が一人、男に腕を掴まれている。地に伏す男は苦しそうに悶えながらも、男たちを睨みつけ、その目から光を失っていなかった。その挑戦的な眼差しが、さらに彼らの怒りを煽ったのだろう。人間たちは倒れる男に対してさらなる仕打ちを加え始めた。それはいわゆるリンチというものだった。
周りには彼らを取り囲む人々が、男を気の毒そうに見つつも、助けに入ることなく遠巻きに見ている。ティアはその様子を目を見開き、食い入るように見入っていた。
「ティア……」
「ひどい……」
ティアがポツリとつぶやいた。悔しい、見ていることしかできないこの状況に歯がゆさを感じた。しかし、現状ではどうすることもできないのだ。「行こう」とティアに声をかけようとした、その瞬間――――――
ティアの歌が辺り一帯に満ちていった――――――
地面にうずくまる男の体から黒い靄が消え去り、先ほどまで怒鳴り散らしていた険しい顔つきの人間たちからは怒気が消えていく。
辺りには金銀のオーラが広がり、空気も大地も浄化されていく。ティアは歌いながらうずくまる男に近づき、彼の首錠を砕いた。
驚き慌てたのは男二人。
「お前は何者だ! なぜ首錠を外した!!」
「私ティア、この首の輪があると苦しいんだよ。さっきも小さな瘴気が出ていたでしょ。だから外したの」
「この国では、人間以外の者が許可なく首錠を外すことは禁じられている! うん? お前も人間ではないな、なぜ首錠をしていない!!?」
「それは――――――」
「ティア! 逃げるぞ!!!」
ティアの手を取り、脱兎のごとくその場を走り去る。
「あっ!! 待てっ!!!!」
「ティア、飛べるか!!?」
ティアがリョウを呼び出す。
リョウに乗り上空へ高く舞い上がった。人間たちは、次第に小さく見えなくなっていった。
「どうしてあの場所を離れるの? あの人の他にも、首の輪が嵌められていた人がたくさんいたよ?」
「騒ぎになった! あの場にいたのは二人だけだったけど、他にも仲間がいるかもしれない。人間はドワーフと協力して、いろんな武器を持っているって聞いたことがある。それに、獣族がいたらそれも厄介だ。彼らは魔力は使えないけど、その分身体能力がとても高いんだ。これ以上騒ぎを広めて仲間を呼ばれたりしたら、僕たち二人では対応できない!」
悔しさに顔をゆがませながら、切実に訴える。僕も王の子として、本来非常に高い魔力を秘めている。しかし、幼い頃からの長い幽閉生活のために、碌な鍛錬もできず、今はその力をうまく使いこなせないでいた。
王子として、自ら王の元に無事に帰還しなければならないという責任感と同時に、ティアを無事に王の元に送り届けたいという強い使命感が僕の胸にあった。
「歌って話せば、きっとみんな分かってくれるよ。歌は心を優しくするってルゥイが言ってたの。ねぇ、あの人たちと話してみようよ。きっと理解してくれるよ。首の輪もきっと外してくれるはずだよ」
そんな能天気な話、当然受け入れられるものではなかった。この場からどうにか離れ、一刻も早く王宮に向かう方法を考える。
「国の現状は把握できた! ティアが言った通り、この国の人々はみんな首錠を嵌められて、人間に虐げられていた。王都から離れたこんな辺鄙な村でこれなら、王都に行けば状況はもっと深刻だろう。だからこそ、一刻も早く王宮に行き陛下にティアを紹介したいんだ。協力してくれないか?」
「…………」
「あの村の人たちも、陛下と合流した後で万全の態勢で助ける方が、確実に救えるんだ。仲間は多い方が安心だろ? 悔しいけど、今の僕ではティアを守り切れない。今も、逃げるので精一杯だったから」
ティアは少しの間沈黙し、遠くを見つめたまま考え込んでいるようだった。彼女の瞳には微かな迷いが映っていたが、その表情は静かで落ち着いていた。
「ティア、正直に言えば僕は悔しくて仕方がない。僕だって、すぐにでも戻って村の人たちの首錠を外してあげたい。だけど、今はその力がないんだ。あいつらは話して分かるような連中じゃない。ティアの歌で冷静に話はしてもらえるかもしれない。だけど、人の根本的な考え方を変えることなんてできっこないよ」
伝わってほしい。彼女に僕の思いを、真剣な気持ちを。これ以上この場に留まれば、本当に敵に掴まってしまいかねない。僕らは先に進まなければいけないんだ。
「あの二人、ティアになんで首錠をつけてないんだって問い詰めてきただろ? この国では人間以外の者が首錠を外すことは禁じられている。なら、それが今のこの国の法になっているんだ。悔しいけど、それを覆すことは今の僕たちには難しい。それができるのは陛下の力あってこそだ。だからこそ一刻も早く王宮に行こう!」
「……わかった、王に会いに行こう。王はみんなをまとめる偉い人、みんなを救う力があるんだね」
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