18. ルーシア
煌びやかな色彩溢れる光の下、色とりどりに着飾った人々の談笑がホールのいたるところから聞こえてくる。わずか3ヶ月前までは、人間の圧政に強いられ、人権の尊厳を訴えることもできなかった。その時から考えれば、現在の躍進的な復興がいかに素晴らしいかを実感できる。
この復興は他ならぬ、僕をあの地獄から救い出したティアの功績によるところが大きい。彼女がいなければ、今頃僕はもちろん、龍王陛下もこの国の国民も皆、今も人間の支配下の元苦悶する日々に耐える生活を強いられていただろう。彼女の浄化によってこの国は解放されたのだ。
ゼーレにおいて、すべての転移装置を破壊すると同時に、ゼーレの総大将も仕留めることに成功した我が国は、ゼーレ内地の統治制圧と、国内に残った残党狩りに約2ヶ月を有した。
国内の統治を急ぎつつ、ゼーレ内地で敵の完全な制圧を推し進めるのは簡単ではなかった。それでも転移装置を失い、呪が無効化される状況で人間に打開する術はなく、人間に与する獣族やドワーフも我が国の勢力に徐々に圧倒され、最終的に制圧するに至った。
結局のところ、呪を行使できなければ純粋な力関係において、やつらが龍種を凌ぐことができないのは至極当然の事実だった。だからこそ、やつらは長い歴史の中で他種族に管理されてきたのだ。
現在、国内ではティアによって全国各地に蔓延した瘴気も、徐々に減少しつつある。
今日は国が解放されて後、王宮において初めての祝賀会が開催されている。
本日の主役の一人でもあるティアは、陛下の少し後ろでつまらなさそうな顔をしながら、相次ぐ招待客に愛想笑いを浮かべている。おそらく、そうしろと指示されているのだろう。
(桃色……)
ティアの容姿は珍しい。高い能力値を保持しているにもかかわらず、その髪色には色素がなかった。うっすらと桃色がかった白銀の髪は、龍族のみならず他の種族においても、同じ髪色の者を見たことがない。そして、吸い込まれるようなアメジストの瞳の中心は瑠璃色をしている。まるで宝石を連想させるようだ。
もともと、とてつもなく美しい容姿をしていたけれど、こうして優美なドレスで着飾り、可憐に微笑む姿を見ると、その美しさが一層人目を引いた。多分、この会場で一番綺麗なんじゃないだろうか。 少なくとも僕はティアほど美しい子どもを見たことがなかった。
「リセル殿下、そんなに見つめるくらいなら話しかけに行かれたらどうですか?」
「!?」
スウェンだった。ティアと王宮にたどり着いた時、真っ先にスウェンに協力を頼んで以来、何かと気にかけられるようになった。以前はそれほど僕のことなど気に留めていなかったように思うが、ここ最近やたらと話しかけられるようになったのだ。
「ティアも今は忙しいだろう。それに彼女と話したい者は多くいる。聖天の再来だからな」
ティアの鑑定結果は僕も聞いていた。聖域から来たという時点で普通の子ではないと感じてはいたし、並々ならぬ浄化能力を持っていることから、天族だったと聞いて納得した自分がいた。だが、“聖天の再来”と口に出してしまうと、ティアという存在がどこか聖人めいた、迷信じみた遠い存在に思えて、なんだか違和感を感じた。
「その聖天様は随分と退屈そうな顔をしていますねぇ。それに来賓と話しているのは陛下ですよ。ティアさんに彼らの対応ができると思いますか? にこにこ笑ってやり過ごすのが関の山です。そしてそれが、本日の彼女の仕事です」
ティアを見ると、陛下の後ろで大あくびをしているところだった。後方で控えている補佐官に注意されている。
「仕事には休息が必要ですよ」
スウェンに言われたからじゃない。ティアが疲れた顔をしているように見えたからだ。それに話したいこともある。そう自分に言い訳をしながら彼女の元に歩み寄った。
「龍王陛下、ティアと少し二人で話をさせていただいてもよろしいでしょうか? 彼女と今まで中々話す機会がありませんでした。これまでのことや礼など、改めて話をさせていただきたいのです」
「よろしいのではありませんか? ティア殿も少し疲れているようですし。補佐官を一人お付けになれば」
セインが陛下に進言してくれた。彼のことばを聞き、陛下はティアを見やり「あまり長居はするな」と一言告げる。ティアとの逢瀬の許可をもらえた。
「どこに行くの?」
「少し外の空気を吸った方が良いんじゃないかと思って。陛下の後ろで自由にできなかっただろ?」
僕はティアを中庭の噴水の前に連れていった。水柱がしぶきを上げる噴水は、パーティー会場から少し離れているため、来賓たちの注目を避けることができる。噴水の前にはベンチもあり、ずっと立ちっぱなしで疲れているだろうティアに座るよう促した。彼女とこうして話すのは久しぶりだった。
「ティア、パーティはどう? さっきあくびしてただろ、大変?」
「つまらない! 今日ここにいるのは、みんなが私に挨拶やお礼をしたいからだって言われたの。でもしゃべるなって言われた。礼儀を知らないからって。相手に失礼があったらいけないからだって。だから王や周りの人が代わりに話をしてる。黙ってなきゃいけないんだって! でもここにはいなきゃいけないの!」
勢いよく顔を近づけて話すティア。いつもと雰囲気が違うせいか、ドキドキと心臓が脈打った。その気持ちを誤魔化すように、「落ち着いて」と言ってティアの肩を押して下がらせた。
「おいしそうな料理がたくさんあるのに、私はここでは食べちゃダメなんだって! ひどいでしょ! 後でくれるらしいんだけどね。絶対に食べるなって言われた! しゃべっちゃダメ。でも笑ってなきゃダメ。食べちゃダメ。王から離れちゃダメ。ダメダメダメばっかりだよ」
「今日はティアも皆に注目されているし、陛下の後ろに控えていないといけないからな、食事を摂る時間もそうないだろ? 後で食事は摂れるんだろ? なんだったら今、食べに行くか? 少し時間の許しを貰ったから」
ティアが喜ぶと思って提案したつもりだったが、逆に彼女は下を向いてしまった。何か気に障ったのだろうか?
「私マナーとか礼儀とかちゃんとしてないから、見ている人が不快になるんだって。だから、ここでは人前で食べないでって言われたの。私の食べ方って、そんなに不快? 細かい決まりがあって、それを全部覚えないと人前で食事はするなって言われたの」
ティアがリンゴにかぶりついていた姿を思い出した。聖域で自由に育ってきたティアには、マナーなどとは縁のない生活だったことだろう。今日のティアは特に来賓の注目を浴びている。祝いの席であろうとマナーは基本だ。少しでも粗が見えれば、それを理由にやっかんでくる者もいるかもしれない。
だが、ティアもパーティは初めてだろう。あれだけの料理が並ぶ中で、ただ遠くから眺めることしかできないのはさすがにかわいそうだと思った。何より、空腹をよく知る自分だからこそ、分かる気持ちというものがある。
僕は周りを見回した。今近くにいるのは、王の補佐官とティアの護衛が少し離れたところに一人だけだ。
「ティア、ちょっと待ってて。ここから絶対に動くなよ、すぐに戻るから!」
僕はそう言い残すと、すぐさまパーティ会場に戻った。そして、いくつかの料理を皿に乗せる。ティアが待っている、大急ぎだ。急いで戻ると、ティアはこちらをじっと見つめていた。正確には、僕が手に持つ皿の上の料理を見つめている。
「ルーシ、あっ! リセルお腹すいてたの?」
「いや、これはティアの分だ。食べたかったんだろう?」
そうしてティアに皿を手渡した。彼女は料理をじっと見つめていたが、口を付ける気配はなかった。
「私、マナー知らないよ。食べちゃダメって言われたの。さっき話したでしょ。リセルの前でも食べたら失礼なんだよ。不快になるよ。あ、私リセルの前で果実を食べたことあったけど、不快になった?」
「不快になどならなかったよ。それに僕も同じように食べてただろ? 食べなよ。ここには僕たちしかいない。僕はティアが食べても不快に思わないよ、絶対に。マナーなんか気にしなくていいから」
「いいの!!?」
僕がうなずくと、ティアは嬉しそうに皿の上の料理をフォークに刺して口に運んだ。ナイフも持ってきたのだが、不要だったようだ。噛みちぎっている。それに一口が大きい。会場で食べるなと言われた理由がよく分かった。
ティアは「おいしい、おいしい」と言いながら実に美味そうに食べていた。
持ってきて良かった。美味しいものを食べさせたかった。ティアが僕に最初にそうしてくれたように。
「リセルは食べないの?」
「僕はさっきいただいたよ。僕の事は気にしなくていい。ティア、ずっと何も食べてなかっただろ? 気にせず食べろ」
「でもこの四角いの、甘くてとっても美味しいんだよ。リセルにもあげる!!」
目の前にフォークに刺さったパイが差し出された。固いパイ生地は、手の平の半分ほどの大きさの物体が、崩れることなく目の前に突き出されている。かぶりつけということらしい。さすがにそれは行儀が悪い。しかし、ティアの行為を無下にするのも気が引けた。
僕はパイ生地の刺さったフォークと、ついでにティアの膝の上の皿も自分の方に引き寄せると、大きめの料理やパイを一口大に切り分けた。
「大きいから、こうやって食べるんだよ。その方が食べやすいだろ」
ハンカチーフを取り出して、彼女の口の周りについた料理を拭いてやる。まるで幼子の面倒を見ているようだ。これではどちらが年上か分からない。
「これもマナー?」
「マナーっていうのは、ナイフやフォークの使い方だったり、食べ方だったり、いろいろな細かい作法のことだよ。確かにマナーと言えばマナーだけど、これはティアが食べやすいように切り分けただけだ。この方が食べやすいだろ? これ、もらっていいのか?」
「うん! おいしいよ!!」
パイを一口、口に運ぶ。マナーのことで気落ちしているように見えたティアに対して、僕までそれを気にしていると思われるのは良くないと思った。少し誤魔化すようにティアの行為を受け取る形をとったが、ティアはそれ以上気にするそぶりを見せず、ホッとした。
「ティアはもう、ルーシアとは呼ばないのか?」
ティアはきょとんとした顔で僕の顔を見た後、曖昧に笑いながら静かに答えた。
「ルーシアはリセルの名前を知らなかったから私がそう呼んだけど、本当はリセル・ウィン・ランドルードって名前があるんだよね? みんなはリセル殿下って呼ぶみたいだね。私もリセル殿下って呼んだ方がいい? それともウィンの方がいい?」
「この国では、ミドルネームは親や祖父の名を貰い受けるんだ。ウィンは先王陛下からいただいた名だ。だからリセルの方がいいかな。でも……」
ティアをじっと見つめる。牢獄で初めて出会った時のこと、初めてルーシアと名を呼ばれたときのことを思い出す。
「ルーシアは、ティアが一番好きな花だって言ってたな」
「うん、そう。夜空の花なの。リセルの髪の色みたいに黒い花びらで、夜はあまり目立たないんだけど、月の光に当たると、花びらの中心から有明の色に変わっていってキラキラ輝きを放つの。それがとってもきれいなんだよ。ルゥイの太い枝に咲く花なの」
「そっか…… 僕は、ティアにはこれからもルーシアって呼んでほしい。今まで通り、その呼び名が好きなんだ」
「ルーシアが好きなの? その名前がいいの?」
「あぁ、ティアにはその名前で呼ばれたい」
「分かった! ルーシア!」
ティアにその名を呼ばれると、僕の心は温かな光に包まれるのを感じる。
彼女の声が僕の名を呼ぶとき、それは僕だけの特別な響きとなり、唯一無二の存在として胸に深く刻まれるのだ。
続編になります↓
『不遇な王子は歌うたいをご所望中につき、彼があの子を手放せないわけ』
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