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16. 決行

 暖かい場所、私を撫でる優しい手。私はこの手を知っている。眠ると会える、私の大好きなひと。


 まどろみの中、私はゆっくりと目を覚ました。


「ルゥイ」


「ティア、考えることが多いみたいだね。外は辛い?」


 優しい夜明け前の空色の瞳が私を見下ろす。


「よくわからない。でも悲しいの。戦場という戦うところで、みんな狩られたくないのにそこにいるの。狩らないと狩られるって言うんだよ。大地が汚れて、真っ赤になっていくの。私も狩られたくないのにそこにいる。だって大地をきれいにしたいから」


「ティアが私や子供たちを想うように。彼らにも守りたいものがあるんだよ。だから狩るのは仕方がないと思っているし、狩りたいとさえ考えているんだ」


「狩りたいの? 食べないのに? どうして?」


「守るために狩るんだ。けれど、その心の内には黒い霧が溢れている」


「黒い霧って、瘴気?」


「瘴気になる心だ。恨み、憎しみ、憎悪、そうした心がやがて大地を蝕み、瘴気となる」 


「みんなの心が瘴気になるの?」


「そう、彼らは黒い心を止められないんだ。だから瘴気は無くならないよ」


「黒い心?」


「妬み、恨み、憎しみ、憎悪、それが黒い心だ」


「それはどういうもの?」


「相手に対してひどく嫉妬する心、相手にされた仕打ちを許せない心、怒りが忘れられず相手に向かう強い怒りの心、そしてその強い怒りにより相手をひどく嫌い、絶対に許せない心だ」


「絶対に許せないの? 謝っても?」


「許せない。だから狩ってもいいと考えるんだ。そして大地はまた汚れる」


 なぜ人を許せないのか私には理解できなかった。ひどいことをされれば怒るのは分かる。それでも、なぜ人を狩りたいという思考に至るのかが理解できない。ルゥイは私の考えを見透かすかのように、怒りについて説明を加える。


「狩ったところで彼らの怒りが消えることはないだろうね。それが憎しみという感情だから。彼らはずっと怒り続けるんだよ。ずっとね」


「ずっと?」


「そう、ずっとだ。それはティアには理解できない感情だよ」


 ルゥイはきれいな水の球を自らの手の平の上に浮かばせた。


「ティアの心は一つしかないんだ。それは、透明で澄んだきれいな水だ」


 次に、もう一つの水の球を出す。その色は透明な色に赤や青、緑や黄色といった様々な色が混じっていた。


「外の人たちは心が半分なんだよ。初めはこんな色をしているんだけどね、生きていくうちにだんだんと色が混じり合って、次第に黒くなっていくんだ。こんなふうにね」


 色の混ざった水は、ぐるぐると回り出し、混ざり合って次第に黒く染まっていった。


「人によって大きさは異なるけれど、黒い心は誰もが持っている。そして、それは大きく濃く暗い色に育っていくんだ」


 ついに、水の中心部分が黒くなった。半分が黒く染まり、まるで黒い霧のようだ。


「私も色が変わっていくの? そうしたらみんなのように、絶対に許せない心が分かるようになる?」


 ルゥイは初めに出した透明な水を、私の手の平の上に浮かばせた。


「見てごらん、この水には色が混ざっていないんだ。だからどんなに回しても、色が混じり合うことはないよ」


「これ、私の心?」


「そう、ティアの心だ。ティアに黒い心はできないよ。私が私の澄んだ水だけを掬いだして生んだからね」


「それじゃあ、みんなの心も分からないよ。許せない心が。どうして狩りたいのか分からないよ……」


「分からなくてもいい。みんながそういう心を持っていると分かっていれば。それに、ティアに黒い心があったら浄化はできないよ」


「そうなの? どうして?」


「澄んだ美しい水で洗わないと、大地も人の心もきれいにならないからね」


 手の上に浮かぶ水の向こう側には、美しいルゥイの森が見えた。私には、色水から見た世界が分からない……


「じゃあ、私はどうしたらいいの? みんなの心が分からないよ。それでも人が狩られていいとは思わない。だってみんな還りたくないって思っているから」


「私はティアに悲しんでほしくないよ。ティアが悲しめば私も悲しいからね。ティアはどうしたら悲しくならない?」


「人が人を狩らなければ悲しくならない」


「ティアは一人じゃないよ。そう思っていることを子どもたちも知っているよ」


「子どもたち……。そうだね、私はひとりじゃない!」




 ―――       




 そこはドワーフが物づくりをしている場所だった。岩肌が見える山々、その奥まった場所には建物が密集していた。町のいたるところからは高い塔のようなものが見え、そこから煙を吐き出している。町はぐるりと高い壁で囲まれていて、その壁に沿うように時折獣人が立っている。


 町から少し離れた場所には、岩肌がむき出しになった高台が見えた。そこに転移装置は置かれていた。初めて見るドワーフたちは、身体の小さな人々だった。彼らは人間(ヒューム)や獣人に交ざって装置の周りに集まっていた。


 怒号と共に静かだった町が戦場へと変わる。地上では大きな爆音がそこかしこで聞こえた。


「私から決して離れないでくださいね!」


「離れないよ。でも、こんな紐簡単に切れるよ?」


「絶対に切らないでくださいね!! それにこのロープはそう簡単に切れませんよ!」


 今、私の上半身はロープでリオの身体にしっかりと固定されている。その状態でリオにおんぶされている形だ。動きにくくて仕方がないのに、この状態で歌えと言われた。私が前線に出ないようにするための対策らしい。安全を考慮しての事だということは分かるけれど、なんて歌いにくいのだろう。


 私は子供たちを呼び出した。子供たちが歌を遠くに運んでくれるからだ。


 突如、目の前に瘴気の塊が現れた! (のろい)だ。しかし、すぐに黒い塊はその色を失い砕け散った。瘴気はいくつも現れるけれど、私の歌の前ではそれはただの鉄の塊。効力を失った呪をノインがすぐさま破壊する。


 地上からはたくさんの矢が飛んでくる。


「地上にいる敵の数は200ほど。あれくらいなら蹴散らせます」


 ノインと周りの護衛たちが太い大剣を構えた。剣は炎に包まれ、太い火柱となる。その火柱を矢に向かって振り下ろすと、矢はすべて焼き払われた。しかし、攻撃は止まらない。今度は拳大の鉄の塊が投擲される。護衛たちがその塊を薙ぎ払うと、突如爆発した。その塊は休むことなく次々と投げ込まれてくる。


「風で押しやれ! 少しでも振れれば爆発するぞ!」


 私はリョウを呼び出し、見方を全員嵐の目の中に閉じ込めた。激しい風を巻き起こし、敵の攻撃を絶対的に遮断する。


「ティア様、あなたは歌に集中してください! 敵からの攻撃は我々が絶対に防ぎますから。不安もあるでしょうが、今は私たちを信じてください。 最も優先すべきは、敵の呪の効果を無効化することです!」


 リオに怒られた。最初に言われていたのだ。敵からの攻撃があっても絶対に守るから、私は何があっても気にせず歌い続けてほしいと。


「うん、ごめんね。みんなが守ってくれるんだよね? 私、歌うね」


 風がやんだ。途端に、周りを10人のほどの獣人に囲まれていた。


「「!!!?」」


 地上からの跳躍、彼らがそこからどうやって遥か上空まで跳んできたのかを考える余裕はなかった。彼らの手には爆発する塊と弓が握られている。距離が近い。リョウを呼ぶ暇もない。塊と矢が同時に放たれた。


 雷鳴のような轟音が響き渡り、次の瞬間、爆発が起こった。


 あたりが光に包まれ、目の前が回っていた。

 グラグラする。何が起こったのだろう?


「ティア様、大丈夫ですか?」


 リオが訪ねてくる。私は状況がつかめない。でも敵の攻撃は受けていないようだ。


「大丈夫。あれ、獣人は?」


「ノイン隊長が全て撃ち落としました。攻撃を回避するために、咄嗟に身体を回転させたのですよ。風を起こしました。驚かれたでしょう? また敵はすぐに攻撃を仕掛けてくるでしょうが、私がティア様を絶対にお守りしますよ」







「報告します! 転移装置の位置特定された模様です。敵が規定地区になだれ込んできています。呪の効力が無効化されるため、獣人に対応させていますが、突然のことで人員が足りません!」


「報告します! 敵主力に総攻撃をかけていますが、敵の防壁が厚く、いまだに攻防が続いている模様です。高度もかなりあるため、打ち取るのは非常に困難を極めています」


「報告します!! 転移装置が次々に破壊されています。敵の攻撃が激しく、防ぎきれません! 市街地はすでに敵に制圧されたという情報も入っています!」





 立て続く不穏な報告に、マノバは激しく歯噛みした。マノバだけでなく、人間全体にとっても、龍族や他の多種族に対する深い恨みがあった。過去に多種族に支配される生活に対して憤りを抱いて生きてきた。そして、ようやくそれを覆した今、従えていたはずの種族に再び支配されるなど天地がひっくり返っても許せないことだった。


「おのれ! 龍族め!! どこまでも我らの道を閉ざすか!!! このまま愚弄されたままでいられるか! 直ちに人員を集め体制を立て直せ!! 何でもいい、ドワーフから武器を徴収しろ! 転移装置だけは絶対に死守するのだ! あの忌々しい浄化を止めろ!! 何としても撃ち落とせ!!!!」


「報告します!! 敵がこちらに攻め入ったという―――――」


「これ以上の抵抗は無意味だ。この要塞は完全に制圧した」


 目の前で配下が倒れる。周りを見れば、誰一人として自身を援護する者はいない。マノバは目の前の男を心底恨めしく睨みつける。


「私を捕らえたところで、公国が滅んだわけではない。開戦の告知もせず侵略を続ける卑怯者どもめ。貴様らとて、あの浄化の力がなければ所詮我が国の足かせにもならない蛮族の集まりにすぎないのだ」


「侵略とは我が国バレイスのことを言っているのか? 侵略したのはお前たちだ。我々は自らの力で国を取り戻したのだ。そしてあの浄化の力に屈したのもお前たち自身に他ならない。公国? 本来のお前たちの立場を忘れるな。蛮族はお前たちだ」 


 騎士アーサーが一陣の風をマノバにぶつけた。マノバはそのまま吹き飛ばされ壁に激突する。男の口の端から一筋の血が流れる。彼は起き上がる気配もなく、ブツブツと何かを呟き始めた。


「連れていけ」


 騎士たちが近づくと、マノバの身体から次々に黒い(もや)があふれ出した。


「厄味か……」


 それは心の力が体現したもので、一部の人間に備わった神通力と言われるものだ。清き心は良味(りょみ)を帯び、その者の周囲を清め、心や身体の傷を癒すことができる。それを人は清浄(浄化とも言われていた)と呼んだ。悪しき心は厄味(やくみ)を帯び、微弱な瘴気を発生させた。厄味を纏った者のことを、人々は厄神と呼んだ。


 マノバは懐から細長い筒状の呪具を取り出した。その呪具はマノバの厄味に反応し、さらなる瘴気を発生させた。それは呪だった。


「貴様らに捕らわれるくらいなら、 自ら呪の糧となろうぞ!!」


 呪は人間の厄味に反応し、その威力を倍増させて強い瘴気に変換する道具だ。このままではマノバを中心とした辺り一帯が瘴気に汚染されるだろう。マノバは自らの死を覚悟して、呪を発動させたのだった。



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