15. 決戦前夜
王宮の一室、そこは王の執務室として広く知られる場所だ。宰相であるセイン・リドル・グレイズは、いつものように国内の情勢を報告していた。この場には龍王をはじめ、国政を決める4人のトップ、いわゆる4公といわれる国の重鎮が集まっていた。
セインと他の3人、スウェン・ランド・ハヴァッグ、ウィルター・ドレヴ・マグダルフ、ユネ・ドルドー・ルキルセンその者たちである。
「国内全土での転移門の破壊は、2割ほどを残してほぼ完了しました。国内の復興状況としては、北東部と一部の区域を除き、都市や村の約7割の奪還に成功しています。ただ、転移門の破壊に向かった際に、王都の北東にあるルヴァンダ村全域が焼き払われていたとの報告がありました。
現地を確認したところ、村人と思われる遺体が一ヵ所に集められ、強い瘴気が発生していました。さらに、東にあるレーゲン村でも同様の被害が確認されました」
いつもと変わらぬ朝に、すがすがしい朝とは言い難い内容をセインは淡々と報告する。
「国内全域で、瘴気濃度が急激に上がっている地域が確認されています。おそらく人間が呪の転送を頻繁に行っているのでしょう」
「王都を取り戻して約2ヶ月、奴らも手段を選ばなくなってきたな。国内全土の転移門を破壊することで、門からの干渉による敵の侵入は大幅に防げている。そのせいか、奴らの切り札は呪による過度な侵略行為に集中し始めたな」
龍王は険しい表情で窓の外を見つめる。
魔力のない人間や獣族は転移を行えない。しかし、ドワーフが作り出した転移干渉装置によって各地の転移門に干渉し、それが国への侵入経路となっていた。呪の転移は、座標を指定し、限界高度を遥かに超えた高高度からの発射によって行われている。これもドワーフの恐るべき技術の産物だ。
国内全土、町や村の奪還が成功しつつある現在、侵入経路が次第に閉ざされているため、国内に内在する敵の数は大幅に減少している。それでも、残された転移門からの敵の侵入を完全に防ぐことはまだできていない。
「こちらゼーレから送られてきた布告状です。降伏宣言の要求のようです」
セインは布告状を読み上げる。
「“これ以上の抵抗を続けるならば、バレイスに更なる血の雨が降り注ぐだろう。呪の砲弾を撒かれたくなければ速やかに降伏せよ” とのことです」
「国内への侵入経路が絶たれつつあることで、焦っているのだろう。敵の侵入をこれ以上許すわけにはいかない。残りの転移門の破壊を急げ」
「国内の瘴気率の上昇が深刻です。すべての転移門を破壊した後、奴らは更なる呪の転送を行使するでしょう。そうなれば、国がまともに機能しなくなりますよ」
深刻な内容でありながら、セインは一切表情を変えることなく淡々と龍王に告げた。周りから見ると、彼はまるで感情が欠落しているかのように見えるほど無表情な男だった。
「転移装置の場所は既に把握済みなのでしょう? ゼーレに送った斥候の報告と捕虜の証言も一致しています」
スウェンが優雅な口調でウィルターに目配せをする。
「えぇ、捕虜には術を施して自白させましたから。他の捕虜からの裏付けも取れています」
「ティアさんは、戦地では相変わらずですか?」
「そうですね。周りが止めても、どうしても前線に出たがります。魔力が高く精霊の加護もあって、多くの敵を捕縛しているのは確かですが…… 戦場は常に危険が伴います。できれば、もっとおとなしくしていてほしいですね。彼女には替えがいませんから」
「困りましたねぇ。この調子でゼーレに向かうのは危険です。たとえ精霊の加護があっても、彼女は戦闘のプロではありません。むやみに動かれると、騎士たちの作戦に支障をきたしてしまいます」
ウィルターとスウェンのやり取りを聞き終えた後、セインは表情を変えず龍王に淡々と切り出した。
「陛下、時間はありませんよ。このまま国内に呪を送られれば、国が立ち行きません。ティア殿の件もありますが、彼女にも早い段階で今後の方針を話す必要があるでしょう。ゼーレへの進行の成功は、彼女の浄化能力にかかっています」
「今後の方針か……」
皆、王の一言を待っていた。今後を決定づける重要な選択を。その場にいる全員が王に注目していた。
「時間がないか、分かっている…………」
王が額に手を当て、深く思案する。ふと視線を上げ、その場にいる者たちを見渡した。その瞳には、決意と覚悟の光が宿っていた。
「ウィルター、騎士を集めて出立の準備を行え! 今、前線となっている村の奪還が終了したら、ゼーレへの進行を開始する!」
その場にいる全員が居住まいを正した。本格的な始動の時がついに訪れたのだ。
―――
ここ最近、各地の町や村の浄化をずっと行っていた。たくさんの人間や獣族の戦士が捕らえられ、その分多くの人々の首の輪が外された。それでも、まだ全ての国の人たちが解放されたわけではないようだ。それでも構わないと言われ、突然城に呼び出された。
今、私の目の前にはたくさんの騎士たちがいる。王は高い場所から騎士たちに演説を始めた。私は王の横でその様子をじっと眺めている。私が横にいる必要があるらしい。
「――――――長きに渡る苦難、辛酸の末ついに解放の時が訪れた。皆も知っての通り、ここにいるティアは瘴気の浄化を行うことができる。それは人間のマナによる清浄などではない。これこそが真の浄化であり、唯一無二のものだ。彼女は正に、聖天の再来である。かつて、かの者がこの地全土を清めたように、この国もやがてすべての大地が浄化されるだろう。
彼女の助力により、既に国内の7割が解放された。悔恨の念に堪えるなれば、私も全力で敵の制圧に挑むものである。これまでの犠牲者たちのためにも、遺恨を晴らす時が来た。
今日まで嗜虐され、虐げられし者たちよ、過去に憤怒し怨恨の念を抱く者たちよ、今こそ勝利の旗を掲げよ。勝利は微笑み、栄光は我らに訪れるであろう!」
喝采が巻き起こった。皆が興奮し、鬨の声が上がる。私には王の言っていることが半分も理解できない。大勢に注目されるのは慣れなかった。
「ティア」
注目される時間が終わり、今日休む部屋へ向かおうとしたとき、王に呼び止められた。
「明日ゼーレへの進行を開始するが、今までのように決して前線には出るな」
「それ、みんながいつも言う。でも、私は人を狩りたくないの。だから人間も獣族も狩られないように早く捕まえるんだよ。危ないって言われるけど、その危ない人たちも捕まえているよ」
「周りの者の意見を無視するのか? 自身のエゴのために? ここまで国を取り戻せたのはティア、お前の活躍によるものだ。その浄化の力がなければ、私もこの国の者も皆、人間の勝手な振る舞いに従属するしかなかっただろう。だが、だからこそその力をここで失うわけにはいかないのだ」
「それも聞いたよ。でも、みんなが私を守ってくれてるんでしょ? 親友たちも一緒に守ってくれる。戦場では私も狩られるかもしれない。だけど、私は誰も狩られてほしくないの。だから、私も敵を捕まえるの」
「戦場に安全などありえない。たとえ精霊や護衛の者に保護されようと、討たれるときは討たれる。だからこそ、あえて危険を伴う前線には出るなと言っている。この先行くのは敵の本拠地だ。敵の数も今までの比ではない」
王は私の両肩に手を乗せて腰をかがめ、視線を合わせた。その目はとても真剣だった。
「ティア、今もこの国には呪が送られ続けている。国中が瘴気に汚染されているのだ。それを浄化できるのはお前しかいない。国をきれいな大地に戻してくれないか? そのために、ゼーレから無事に帰還してほしい」
「もちろん大地はきれいにするよ。それが私の役目だから。私、そのためにゼーレにも行くんでしょ? 転移装置を壊すって聞いたよ」
「そうだ、国が瘴気に飲まれる前に、一刻も早く転移装置を破壊するのだ。だからこそ、お前は浄化のみに集中しろ。敵を討つのは騎士たちの役割だ。安全に国に帰ってこい」
私の心に重く響く言葉を残しながら、王は静かに立ち去った。私はその場に立ち尽くし、少し後ろに立っていたスウェンに目を向けた。王の言葉の意味を深く考えながらも、気になることを聞いてみることにした。
「スウェン、さっき王がみんなの前で “聖天の再来”って言っていたの。それってどういう意味? 私のことを話していたんだよね?」
スウェンはゆっくりと頷き話し始めた。
「ティアさんは天族ですね」
「うん、前鑑定でそう言われた」
以前、鑑定で私の種族や能力を詳しく調べたところ、私は天族だということが判明した。これまで種族について深く考えたことはなかったけれど、天族は遥か昔に絶滅したとされる種族だと聞かされた。
「かつてこの地は、人間によって瘴気が蔓延し、手のつけられない状態になっていました。その瘴気を浄化してくださったのが、かつての我が国の皇后陛下です。当時はまだ皇后になる前でしたが、彼女もティアさんと同じ天族でした。その方の浄化の力によって、この国を始め、世界中の大地が息を吹き返したのです」
スウェンは私のことをじっと見つめた。
「この地を浄化した尊い方、神聖なる天族の方を敬意を込めて私たちは聖天様と呼んだのです。
ティアさん、あなたのおかげでこの国は主権を取り戻すことができました。人々を苦しみから解放してくれたあなたに、皆感謝していますよ。陛下は、私たちの元に聖天様のような方が来られたのだと皆に話したのですよ」
「そういう意味だったんだ。みんなが喜んでくれて良かった! 早く残りの人たちの首の輪も外してあげなきゃね」
「そうです。そのために、前線に出ないようにと陛下はおっしゃっているのですよ。安全に国に戻ってきてほしいからです。そのことを肝に命じておいてください」
スウェンは優しく笑っていた。優しい笑顔の裏に、厳しさが混じるそんな声だった。
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