12. リセルの憂鬱
スウェンとティアが部屋を出てから半日ほど経過していた。僕は暗い屋の中で静かに身を潜め続けている。物音は一切しない。防音の部屋で、窓もないため外の様子を知ることはできない。
スウェンからは、もし3日間誰からも連絡がなければ、自ら投降するようにと言われている。計画の最大限の有効期限は3日間ということなのだろう。まだその期限までには十分な時間がある。
とはいえ、暗い部屋でじっとしていると、嫌でも思い出してしまう。5年間牢獄で過ごした忌まわしい記憶を。痛くないはずの身体に感じる痛みや、繋がれていないはずの首や両手に感じる忌々しい鉄の感触を思い出してしまうのだ。
『ルーシアってどうかな?』
ティアのことばを思い出す。
「ここは王宮だ! 僕はリセル・ウィン・ランドルード! 奴隷じゃない、人だ!!」
嫌な記憶を振り払うように、僕は頭を振った。
静寂が辺りを包んでいる。ここには誰もいない、何もせずじっとしていると嫌な考えばかりが浮かんでくる。こうしている間にも、何か問題は起きていないだろうか? 陛下は無事に奪還できただろうか? 奪還できたとして、力を封じられた今の状況でどう対処するつもりなのだろうか……
ギィ…… バタン
僕が思考の波に囚われていたとき、突然、静かな部屋に扉を開く音が響いた。緊張が体中を駆け抜ける。この部屋の存在を知る者は限られているし、鍵を持つ者も同様だ。部屋には内側から鍵をかけていたのだから。
誰が何の目的でここへ来たのか……
僕は封装を羽織っているから、じっとしていれば気づかれないはずだ。咄嗟に物陰に隠れ、身を固くした。
「リセル殿下、いらっしゃるのでしょう?」
ここからだと死角になっているため、姿は確認できなかったが、男の声だった。それに、僕がここにいることを知っている。目的は何なのか……?
「宰相のセイン・リドル・グレイズです。陛下の命により、リセル殿下を保護するために参りました。
封装をお召になっているのでしょう? 事情は伺っております。まずは姿をお見せください」
その名には覚えがあった。常に父の側に使えており、父から最も厚い信頼を受けていると言われていた人物だ。敵ではなさそうだ。
「陛下の命ということは、陛下はご無事なのか?」
声を掛けて姿を現す。対面したのはやはり宰相のセインで間違いなかった。
「はい、現在城内の者たちの首錠や封呪の開放を急ぐとともに、敵の殲滅が急がれています。敵の抵抗も激しく、城内は混乱を極めています。ですので、安全な場所への非難をお急ぎください」
凛とした佇まいに、髪色と同じ深緑色の鋭い眼光がこちらを見下ろしていた。さほど大柄な男ではないが、その威圧感に一瞬たじろいでしまう。
「聞こえませんでしたか? ここは安全とは言えません、お急ぎください」
「分かっている!」
こういう人だった。父の横でいつでも淡々と仕事をこなすその姿は、一見真面目で誠実そうに見えるが、一切の付け入る隙を許さない。その隙のない振る舞いに、僕は近寄りがたい苦手意識を覚えたていた。
(この男はこんな時まで鉄仮面を張り付けているのか)
―――
安全な場所と言われて案内された部屋は、以外にも以前僕が使っていた私室だった。懐かしさにあちらこちらに目を向けながら、以前と変わらない景色になぜだか泣きたい気持ちになった。
部屋から出ないようにと忠告され、その後は一切の情報が絶たれた。夜が更けて朝が来て、また夜が来る。食事は運ばれてくるが、それ以外に人の出入りはない。
状況を知りたくて、外の見張り(おそらく護衛)に話を聞こうとしても、状況が落ち着くまで部屋から出ないようにと言われるだけだった。詳しい事情は後で説明があると言われ、それ以上はなにも聞けなかった。何も知らされず、何も分からないまま3日が過ぎた。
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。食事の時間にはまだ早い。突然の来訪者に疑問が生まれる。
「リセル殿下、スウェン・ランド・ハヴァッグ大公閣下が起こしになられました」
急な訪問だった。護衛に告げられ中に通すよう伝える。
「ごきげんよう、リセル殿下。無事戻られたようで何よりです」
スウェンが柔和な笑みを浮かべながら入室してきた。突然の訪問に少し驚きつつも、聞きたいことがたくさんあった。今まで碌な説明もされず、半ば放置されていたようなものだ。もちろん守られていたことは理解しているが……
「ハヴァッグ公も、無事だったのだな! ティアは? 陛下は今何をされている? 人間やそれに与していた獣族はどうなった? 城の現状を聞かせてほしい!」
「落ち着いてくださいリセル殿下、何も説明を受けておられないのですねぇ。順を追ってご説明しましょう」
矢継ぎ早に質問してしまったが、スウェンはこれまでの詳細を丁寧に説明してくれた。
陛下や先王陛下の奪還はもちろんのこと、首錠や封呪の開放も順調に進められているとのことだった。力ある者たちの呪縛が解かれたことで、一気に形勢は逆転した。何より、ティアの歌で呪の効果が発動しなかったことが勝敗の決め手となったようだ。この2日間は敵の残党狩りに奔走していたらしい。
「まだ油断の許されない状況ではありますよ」
「敵の残党はすべて捕縛したのだろう? 結界を張り直すまでは油断できないということか?」
「それもありますが、何より転移装置が問題です。あれにより呪が飛ばされてきましたから。転送疎外を行うための結界式を新たに構築しなければなりません。それに時間が掛かるのですよ。城を囲むともなれば、範囲も広大ですしね」
「ティアは、今も歌い続けているのか?」
「見れば一目瞭然でしょう? ティアさんには引き続き、城の守りを固めてもらっていますよ」
窓に手を掛けて外を眺めると、ティアのオーラが城全体に充満しているのが見てとれた。そうでなくとも、ただ部屋でじっとしているだけで、ティアの洗練された気を感じ取れる。だからこそ、スウェンから話を聞くまで、人間との戦いがいつまで続くのか不安を抱き続けていたのだ。
「三日三晩歌い続ける事は不可能です。ですが、時間の許す限り継続して歌い続けてもらっています。彼女には世界樹から授かる聖果もあるようですし、余力も十分です。せっかく取り戻した主権を、再び奪われるわけにはいきませんから。付け入る隙を与えるわけにはいかないのですよ」
「新たな結界の構築はいつ完了するんだ?」
「今夜中には終わるそうですよ」
「それが終われば一度ティアとも話がしたい。結界が完成すれば、ティアは歌う必要はなくなるのだろう?」
「後ほど詳しい説明があるかと思いますが、ティアさんは結界の構築が完了次第、国内全土の浄化に当たってもらいます。その後、準備が整い次第ゼーレに向かう予定です」
「完了後、すぐに浄化に向かうのか? 確かに国内の情勢を立て直すのが最優先だが、ゼーレといえば敵の総本山だ。それに、こちらはゼーレの状況をどれほど把握している? 戦力は十分と言えるのか? 国内にも敵が多く潜んでいる今の状況で、本当にそれが可能なのか?」
「可能にするのです。そのために、まず国内を整えなければなりません。ゼーレにとってバレイスの象徴であるこの王宮を奪われた今、敵はさらなる侵略行為を続けるでしょう。実際、王都の南西付近マノダ森林で急激な瘴気の上昇が確認されました。他の地域でも同様の現象が見られています。何よりも早く、呪の転送装置の破壊を急がなければ、国中が腐敗した荒野と化してしまうのです」
「この国に瘴気が広がれば、最終的にゼーレにも影響が出ることを考えていないのか? ゼーレだけじゃない、他の国だって。人間は世界樹との盟約も放棄するつもりなのか……」
「愚かなのですよ。盟約など迷信だと考える者もいますが、我々がそれを放棄するわけにはいきません。世界樹との盟約を放棄することは、国の主権を放棄することにほかなりません。従属の道を選ぶことに未来はありません。国の腐敗を防ぎ主権を取り戻すことが今、問われているのです」
スウェンは窓の外を眺め、感慨深そうに遠くを見つめた。僕もつられて窓の外を見る。外は空からティアの金と銀のオーラが降り注ぎ、大地を命で満たしていた。
「幸いにも、今はこちらにはティアさんがいます。彼女はおそらく世界樹が遣わしてくださった方なのででしょう。呪の転移には回数制限があることも分かっています。勢力を整え次第、我々は総力をもって進攻を開始します」
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