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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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荒れ地のダンジョン(1)

日暮れまでに西の村に戻ることはできなかったため、東の村に一晩泊まり、翌朝出ることになった。


「ほーら、おいしいよー」


何故か村長の家に朝から上がり込んでいるオハイニが、食卓にラクエをつかせてあれこれと食べさせている。


「コラ、そんなものどこから出してきた!」

「これはアタシのとっておきさ。安心しな、さすがにベナさんの台所からくすねるわけないじゃん」

「ふふ、うちにローベリーのジャムなんて置くわけないだろ」


ベナというのは村長の妻の名前らしい。痩せぎすの、背が高い女だった。


……悪神も、食事ができることを初めて知った。

活動エネルギーについてなら安定的な魔力貯蓄ができていればいい。

消化器などは人間と変わらないかもしれない。取り込まれた食物のエネルギーは、魔力にすべて換算される……ということだろうか。生体の維持や成長に必要なエネルギーは悪神には不必要どころか余計なものだ。


(エネルギー換算を再構築して詳細を探るべきだ)


乾いたパンに赤黒いジャムをのせ、小さな口でかじるのに集中しているラクエ。

それをうっとりと見つめるオハイニ。

それを引いた顔で眺める東の村長。


それを眺めながらグランヴィーオはガリガリと音を立ててパンをかじる。


「……馳走になった」

「ん?アンタそんだけでいいの」


オハイニがこちらを振り返った。まだ食事が乗った皿を見て、遠慮するなよ、と眉をひそめた。


「必要ないだけだ」

「あ、そ。ラクエは気に入ったみたいだな」

「……」


まだパンをかじっている。味覚もあるようだ。ラクエに自分の手つかずの皿を押しやった。


「気が済めばここで待機しろ」

「ん」

「どっかいくの」

「ああ」


外に出る。村長の家の近くを通りがかった村人は、グランヴィーオを見てびくりとしてどこかへ足早に消えた。

乾いた地面に小屋のような家がぽつりぽつりと建ち、寂れた農村のようだ。


ただ、朝だからか人は何人もいる。せわしなくかごを持って家の中に入っていく女や、数人男たちが立ち話をしている。子供らが農具を持って――畑へ行くのだろうか。

それらを見て回る。


村の外郭に小さい畑があり、何人もの村人が思い思いの作業をしていた。土は乾き、作物の色は悪い。一部枯れているのもある。


村の中心より少し離れた場所に、井戸があった。ちょうど水を汲みに来ていた女が、こちらを見て震え、足早に去っていく。ちらりと見えた彼女の桶の、半分しか水が入っていなかった。


井戸に近寄り、釣瓶を落とす。

ずいぶん待って、ようやく、ぱしゃ、と小さな水音がした。



「……おい、まさかその格好で行くのか」

「ふふんアタシの一張羅だよ」


トールが頭を抱えてため息をつく。

オハイニは今日も薄着だった。襟元が大きく広がっているローブかワンピースかの間のような貫頭衣。それに最低限の道具を腰に吊るし、今から2日かかる旅程、その後のダンジョン攻略に適した服ではないのはグランヴィーオにも分かった。


「着替えてこい」


東の村長が額に青筋を立てて彼女の後ろを指した。


「えー魅力、ない?」

「いい、もう出発しよう。バカは置いていくぞ」


トールがいうので、グランヴィーオとラクエは背を返した。

「あー!分かったって!着替えてこればいいんだろ!」

「最初から考えろ!」


結局20分かかって、オハイニはそれらしいズボンにブーツ、チュニックとマント、物入れも先程より膨らんでいた。


「……窮屈」

「知らん。行くぞ」

「もーありえなーい」

「トールや、気をつけて行ってきなさい。グランヴィーオ様も」


ロドリゴは村に帰り、魔鉱石の掘り出しの計画を始めるらしい。

グランヴィーオたちも西には戻るが、足の速さが老人とは違いすぎるため今から別行動だ。


これから、グランヴィーオたちの仕事はダンジョンの調査だ。



ダンジョンは、発見されているのは10ヶ所。


今のところ、『魔物が溢れ出す穴』であるということ以外わかっていないのが現状だ。

いつの間にか、何が理由か、ぽっかりと穴があき、そこから魔物が這い出してくる。


出現の原因は長年分からないとされていた。場所にも規則性はない。


荒れ地のダンジョンは実に3年ぶりの出現だった。

3年前は、とある貴族の館を丸呑みにして現れた。


「最古のダンジョンは600年ほど前に出来たっていわれてる、ゲーリティア洞穴。由来はよくわからないけど……」

「つまり、本当に何も分かってないのか」


トールが拍子抜けしたように、手に持っていた枝を焚き火にくべた。


東の村を出て、西の村に戻ると、心配した村人に囲まれた。トールといいロドリゴといい、村では一目置かれているのは間違いがないようだ。


トールの幼馴染みだという2人の男を同行させることにした。

大柄の、額に傷があるベルソン。

細身で、枝木のような体躯のグリウ。

村の自警団の所属らしい。


グランヴィーオが『出現させた』ダンジョンは、西の村から徒歩で2日程度のところにある。

急いでいるわけではなかったが1日歩き通しで、今は夜空に星が浮かんでいる。


「何も……そうだねえ。ひとつ謎は解けたけど」


ちらりとオハイニが流し目をくれる。それを見返すと彼女はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「どうも、高濃度の魔力が何らかの影響を及ぼすらしいね。高濃度……っていっても、どのくらいか想像もつかないけど」

「へーえ。例えば姉さんが魔法使ったら?」

「ぜーんぜん!」


オハイニは天を仰いで両手を後ろ手につく。


「トップクラスの魔術師でも無理さ。アタシなんかは魔力が少ないしね」

「姉さん、実はたいしたことない?」

「おだまり」


ぎろっとオハイニはグリウを睨む。


「魔力量と魔術師としての格は相関しない」


グランヴィーオは訂正する。

喋ると思っていなかったのか、細身のグリウとその横にのっそりと座る大男のベルソンがびくっと震えた。


「魔術師の真価はその知識と技量だ。それは比例するが、魔力の量は多少の優位性が認められるだけだ。もっとも、天威級の大魔術なら話は違うが」

「えーっと……」


ぽかんとグランヴィーオを見ていたトールとグリウ、ベルソンがいっせいにオハイニを振り返る。

ぷはっ、とオハイニは吹き出した。


「ようはお勉強ができるかどうかってとこに魔術師の価値があるってこと」

「なーんだ。やっぱり姉さんはすごいんだな!」

「グリウは素直でいいねえ。今までアタシのことなんて薬屋程度にしか思ってなかったくせに」

「うっ」

「……魔法は使わなかったのか」


そういえば東の村でも魔術師と言っても信用を得られていなかったようだ。

トールたちが気まずげに沈黙する中、オハイニはからからと笑う。


「何度か使ったさ。けどこんななにもないところで使っても意味がないことばっかでさ。せいぜい治癒の補助をしながら薬作る程度さ」

「生体魔術系か」

「いや、ちょっとかじった程度のお粗末な薬草学だよ。手に入る薬草もありきたりなもんだし、魔法薬なんて上級は作れなかったさ」


これさ、と親指と人差指の先を合わせて円を作るオハイニ。

……コインの意味だとかろうじて思い出した。


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