東の村の魔術師(3)
「え?何だっけ」
「……おい」
「うそうそ!魔鉱石の話だったね!」
オハイニは椅子の上で居住まいを正す。
「ともかく、一回調査は必要だけど、兄さんが言うなら間違いないだろうね。きっと、世界最大の魔鉱石の鉱脈だ」
「おお……」
「ちなみに、どれくらいの価値のものかね」
ロドリゴの言葉に、ニヤリとオハイニは顔を歪めた。
「そうだな……今まで採ってた鉄鋼の、最低でも50倍の値段さ」
「50」
一瞬、東の村長が天に祈った。
ロドリゴも少しだけ表情が緩んだが、すぐに真面目な顔になる。
「だが、私達にはまったく未知のものだ。どうやって掘るか、扱いはどうすればいいか、売るにしてもどうすれ良いか、さっぱりでな」
「うーん、売るのはアタシもよく分からないから……それ以外なら大体どうにかできるさ。兄さんがいるし!」
「俺?」
「そうさ、無尽蔵の魔力供給でちょちょいと、」
「無理だ」
きっぱり言ってしまうと、えー、と駄々をこねるような顔をする。
「俺が細かい魔法を使おうとすると暴発すんだよ。蓄えた魔力がデカすぎて使用する適量に絞ることが不可能だ」
「あちゃー、そういうことか。だからアタシを訪ねてきたってわけ」
やれやれ、と頭を振りオハイニは苦笑した。
「ま、だが、構築補助とかは出来るだろ、細かい計算とかは任せちゃうよ」
「仕方ねえな」
「あ、でも、坑道の中に入るのは無理そうかい?」
「……新しい構築して絶縁を強化すればできんじゃねえの」
魔力吸いは、すべての魔力を吸収する。
坑道で具合が悪くなったのは、魔鉱石の魔力を吸いすぎて一時的に魔力の流れが体の中で詰まったような状態になったからだ。
まさかそんなものがあるとは思わなかったから、準備もできず、気がついたら魔法が使えない状態になっていた。暴発――初歩の魔力絶縁すら使えばどうなっていたか。
そして、通常の魔力絶縁程度では追いつかないほどの魔力が坑道に充満していた。新しい術を考案しなければならないが、難しいことではないだろう。
オハイニは少し考えて、
「人手はもっといるな……アテはあるけど」
「リオールたちのことか?」
東の村長が眉をひそめた。オハイニも不機嫌そうに、
「今度こそ、あの子達が魔術師になるのを止めやしないだろ?」
「……しかたない」
「東には魔術師がいるのかの」
ロドリゴが問えば、東の村長は渋々頷く。
「正しくは魔力を持っていて魔術師になれそうな奴らだ、オハイニいわく、な」
「アンタら、アタシが本物って信じてなかったから反対したんだろ」
腕を組んで、刺々しくオハイニは言った。
「魔力を持っているってコトは、魔術師だ。簡単な術を覚えれば生活の糧になるって言ったのに、勉強する時間がもったいないとかなんとか」
「お前を信じてなかったのは謝る。だが、魔法とやらが役に立つかも分からんのに貴重な働き手を遊ばせるには……」
「たった1時間、毎日アタシが教えてやれば一ヶ月で畑を任せられるようになるって言っただろ。目先の泡銭を追いかけて、1ヶ月後の食料を無駄にしてたんだ、アンタらは」
「……」
「アンタらの言っている意味も分かってるさ、だが、今回はあの子らを魔術師にするのに反対するのは馬鹿だって分かんだろ」
ようするに、魔術師を信じず、その日暮らしに必死になり、魔力のある人間をただ人間として働かせていたということか。
よくあることだ。
「西にはどうやら魔術師はいないと言っていたね」
ロドリゴがやんわりと口を挟むと、オハイニはふっと表情を緩めた。
「ああ、残念だけど。荒れ地でアタシ見る限り、東に2人、北に3人。あとは……」
視線を彷徨わせて、オハイニはまあ今はいいや、と首を振った。
「結構数えてみたら豊作だよ、魔術師王国って名乗ってもいいかもね」
「なら、魔鉱石を掘り出すのは……」
「爺さんは心配性だな。大丈夫さ、2ヶ月あればお宝がアタシらの手に入るよ」
「おお……」
「さて、あとは、どうやって売るかだけど……」
「リュケーはどうだ?ああ、うちの村に出入りする商人だが。あれなら信用できる」
東の村長が言った。だが、オハイニは首を振る。
「いや、信用あるなしじゃないんだ。リュケーはただの行商人って話。アイツに魔鉱石みたいなのを任せても……まあ、売れないだろうな」
「売る相手は魔術師に限られているようだからの」
ロドリゴは顎を撫でた。
「2ヶ月の間に決めればよい話だな。まずは、魔鉱石の掘り出しを一番に考えようと思うんだが……」
「もうひとつ、いや、ふたつ……みっつか。問題があるよ」
オハイニは腕を組んで、
「まず死霊。バ・ラクエが実体化して出てきたから、何かしら変化があるだろう。おかしなことにならなきゃいいが」
「というと」
「鉱山に出たっていうように、へんなとこに出たりもっと違うのも出たりしないかってこと」
全員がグランヴィーオの膝の上のラクエを見た。
「わたしはバ・ラクエ」
「うん、そだね」
オハイニは、見た目はかわいーのにさー、と唇を尖らせる。
「ともかくしばらく慎重に、だ。村の奴らにも言っといてくれ。西も」
「分かったよ」
「って言ったところで、俺らが死霊にどうこうできるわけがないだろう」
トールがむっつりと言った。
「いや、こうなった以上、アタシと兄さんが動くよ」
「しかたあるまい」
死霊は魔術師に任せるべきだ。
「ふたつめ。こうやって西と東で話してるけど、南と北にもナシ通さないとダメだろ?兄さんの鉱山になったって納得させないと」
「その点は私が動こう。なに、我々と同じだ、グランヴィーオ様やオハイニがいなければ魔鉱石は採れぬ。そして、生きることが第一だ」
ロドリゴは何度もうなずきながら言うと、東の村長は憮然とした。
「そこはお前ら魔術師じゃなくても出来るだろう。むしろ村の長としての責任だ」
「ひゅー!村長が村長してるー!」
「やかましい!」
「最後はなにかのう」
オハイニは表情を変えた。
やや真剣だ。
「これはどちらかというと荒れ地の防衛の話さ。先の戦争のときに、両軍がドンパチやってたところにとつぜんダンジョンが出来ただろう」
彼女はちらりとグランヴィーオを見た。
「魔術師として、早急に調査は必要だろ」
「国が撤退してから、結界を施しておいた。抜かりはねえはずだが」
「ふーん結界ね……結界!?」
がたっ、とオハイニは立ち上がった。
「どおりでモンスターが少ないはずだよ!溢れ出てるなら今ごろ荒れ地全体がモンスターの巣窟になってるはずだと思ってたんだ!」
「そ……そんな恐ろしいものなのか、ダンジョンというのは」
東の村長はやや疑わしそうだ。オハイニは額に手を当てて座り直す。
「恐ろしいもなにも、一体あれがなんなのかすら分かんないんだ。ダンジョンってのは……」
「あれは俺が出したんだが」
「ふーんアンタが……アンタが!?」
再度オハイニは立ち上がった。
目を見開いて、大股にグランヴィーオに近づき、肩を掴んでくる。
「出したってなに!?出せる……いや作れるもんなんの!?どうやって!?」
「私が魔力放出すればだいたいあれが出てくる」
オハイニは鼻が触れそうな近距離で、絶望的な顔をした。
「……高濃度の魔力……か?いや、ちょっと待って、待って、頭痛い……」
がくりと膝を折り、頭を抱えたオハイニをトールがそばに慌てて膝をつく。
「おい、大丈夫か」
「う、うー世紀の大発見ばっかりだよぉ……アタシの平凡な頭じゃ無理ぃ……」
「えーと、どういうことだ」
呆気にとられた東の村長がうずくまるオハイニとこちらを何度も見比べる。
「それは私が――」
「あーあーもう何も聞きたくない!死にそう!」
オハイニが仰向けにひっくり返り、ジタバタと手足を振り回す。子どものようである。
「この数時間でいくつの新発見だよ!数百年の先人たちの血と汗と努力がぜーんぶ無駄だよ!このバカ!バカ!」
「お、おい!」
「ああ、魔術師の夢が壊れたとか、そういうのだな。労しいことだ」
ロドリゴの言葉は沈鬱だった。
何故か責めるような視線が全員からグランヴィーオに向けられる。
いったい何をしたというのだ。事実を言ったまでなのに。