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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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ふたつのダンジョン(5)

就寝、と言っても、時間の経過がよくわからないので、見張りをだいたいの時間で交代する。

時折魔物が近づいてきているが、横穴の奥に進み、結界の範囲をだいぶ多く取ったので、野営に慣れている自警団の面々は悠長に寝そべったままだ。

だが、リリアは気になったのか、もそりと起き出した。


「……結界があるから危険はない」

「ううん、違うの、なんとなく起きてしまっただけ」


ほんの少し見える太陽の光で、多少輪郭は分かるくらいで表情をみるには遠い。

声にはとくに緊張や疲れはないから、言葉通りなんだろう。


「……」


だが、再び眠るつもりはないらしい。近くに寄ってきた。


「どうした」

「えっと……」


なにか言いたいことがあるようだ。ややあって、


「さっきの食事のこと、考えていて」

「ああ」

「……そういえば、全然知らないのね、村が以前どうだったとか、少し事情は知っているのだけど」

「そうだろうな」


実のところ、グランヴィーオも自分が鉄鉱石を掘り出す前の村の様子は、少ししか見ていない。

食事、というなら、数度歓待の意味で席に着かされたくらいか。そのうち、活動エネルギーを魔力で補うグランヴィーオに必要ないと言い聞かせて、食事の面倒はさせなかったが。

たしかに、この携帯食以上に量も質も悪かった。


「……知っていると思うけれど、私はあなたのことを聞いて、荒れ地が有名になってきた頃に入ってきたわ。その時ですら、今日の食事と同等以上で……まあ、全部盗んできたもの、だけど」

「ああ」


一時期商隊などの荷物だけを狙う野盗団が現れていたが、あれがリリアが連れてきた傭兵団だったとか。

補給に困り、強奪していたらしい。

リリアは苦笑していた。


「私はあなたを倒すことだけ考えていて……荒れ地についても、あまり調べても分からないものだったから……」

「ああ」

「今は、仲間にしてくれたのだから、少しでも、知ろうと思って」

「ああ」

「……あなたのことも」

「……?」


ちらりと見たリリアの顔は、真剣だった。


「あなたのことも、知りたいの」


それによく似た女性の顔を知っている。

違和感はあるが、とても良く似ているから、彼女が言ったかと錯覚しそうになる――が、


(彼女には言われたことがないような言葉だな)


そういう、些細なことは気にしない女性だった、リリアの姉は。

最近、急に彼女のことを思い出すようになった。

以前は、記憶に靄がかかったような、突然切れ切れの紐が目の前に落ちてくるような、そんな曖昧で不確かな記憶ばかりだった。当然、思い出せることも少ない。

自分のことながら……なんとも不明確だけれども。


「俺は……」


アイスブルーの目がじっと見ている。


「俺のことは、話すことは少ない」


記憶喪失、というものだろうか。

おそらく、3度失っている。

曖昧で、細切れの記憶は、後に『事実』として、書物や伝聞で穴埋めしているだけで、自分の体験としての実感は薄い。

だから、この地に来てから今まで、ほとんど話したことはない。例外は、星魔法を教えてくれたメルヴィスについてのことだったが、それすらすべてでなく。

おそらく、仲間たちは気づいている。グランヴィーオが自分のことを話したがらないことに。

だが、聞かれたことはなく、あるいは、グランヴィーオの過去など必要だと感じていないのか。

どちらにしろ、安心していたのだろう、自分は。


「そう」


リリアは、小さくため息のように呟いた。


「言いたくなければいいの。私の勝手な思いだもの、ごめんなさい」

「……ああ」

「でも、お姉様のことは……時々でも……」

「……ああ」


徐々に鮮明になっていくジュリアの姿は、たぶんリリアのおかげだった。

にこりと、うれしそうに笑うリリア。


「うん。あとは……」


そっと、ためらうように目をそらして、


「その、魔術師のことも……」


なにをそんなに、恐ろしいものを聞くような態度なのだろう。全員だ。




そうして、起床時間。


「よし、じゃあ行くぞ!」


レリオは気合が入っている。

野営していた際の結界の、外の魔物をさっくり片付け、さらに足取りも軽く横穴をまっすぐに行く。

元のダンジョンに戻り、湧いていた敵を倒す。


「かなり増えたな」


ダークウルフはいなかったものの、ウサギが10体近く、コボルトが5体、以前の時にわずかにいた青い表皮の豚、ピックピッグが2体。

半分が奥へと逃げ込み、半分は倒した。

ゆいいつ青い豚は、いくらほかの敵とばたばたやりあっていてもほとんど同じ場所に立ち尽くしていた。


「……こいつ、動かないよな……あ、気絶してる」


つんつんと矢じりで突いたグリウが、気づいた。


「……こっちは怯えてるようだな……」


もう1体はぱらぱらと体の針を飛ばしてきたが、勢いはなく近くにいてもまったく届かなかった。

片方は完全沈黙し、片方はブルブルと震えて逃げられもしない、哀れ気な魔物。


「かわいそうだから……ほっとかね?」

「……突然襲ってくることもないだろ、これだと」


レリオが眉を下げている。

トールは興味をなくしたように剣を納めた。

いちおう結界を張って、足止めして置いておく。そのうちどこかへ行くだろう。

敵が片付いたところで、大量の横穴の残り半分を攻略する。

やはりあの明かりがあった穴が、次の階への道だった。かなり広い道で、曲がり具合もきつい。

それでも十数メートル歩いていくと、次の12階にたどりつく。


今までと違って、かなり暗い。

おぼろげに見える様子だと、広さもあるようだ。

地図を見ると、広さはあると書いてある。あかりのことは書いていなかった。


「ふむ……今回は足を踏み入れるつもりはないが、ベルソンたちにもう一度様子を聞いておくか」

「これだけ暗いと明かりを持ってこないとな」


グリウが目を凝らしながら言った。

カンテラはあるが、今回はあまり油を持ってきていない。


「戻って隣のダンジョンだ」


来た道を戻り、11階へ再び来ると、魔物はいなくなっていた。


「……魔物って、下からやってくるんだよな?」


横穴に入ってしばらくして、グリウがふと言った。


「適当なところで繁殖でもしてるのかと思ってたけど、巣やら卵やら、妖獣やらも見当たらないし」

「え、そうなの」


ニルデがきょとんとグリウを振り返る。彼は手をひらりと振る。


「村周辺でもモンスターが出るといちおう確認するからな」

「それがここだといないわけね」

「そうだな、くまなく探索してるけど成獣ばっかで巣がない」

「……下から、というのは間違いではないが……」


グランヴィーオも詳しいことは知らないのだが、多少聞いたことはある。


「だが、それだけでもないようだ。どこかのダンジョンでは順調に攻略していた冒険者の一団が下の階で奮闘していたにも関わらず、上の階で魔物の被害に遭った他の一団があったとか」

「下の奴らが逃がしたわけじゃなく?」

「伝聞だから曖昧だが、そうではなさそうだ。大型の魔物を逃がしたなら、さすがに気づくだろう」

「うーん、どういうこった……?」

「……研究する魔術師の一部に、魔物はダンジョンが作っていると言うものもいる」

「作っている?」

「どういうことだ?」


興味がなさそうだったトールも、便乗して聞いてきた。


「魔物も魔術で生み出されているのでは、と言うことだ」

「……もしかして、ラクエちゃんみたいに召喚?とかなんとか……」

「あり得るな。このふたつのダンジョンを擬似構築……調べてみたが……」


ぐるりとあたりを見回す。カンテラではわずかにしか視界が利かないが、目を凝らせば多少の魔力は見える。


「いくつもの魔術が組み合わさっていて容易には解析できない。知らない魔法が多すぎる」

「ヴィーオサマでもわかんねーの」

「俺が知るものは、一体この世界の何割かすら分からねえぞ」

「うん?世界?」



全員が首を傾げている。

そうか、これが魔術師であるかそうでないかの違いか。


「……以前言ったか知らねえが、世界の理を魔力で再現するのが魔法だ。だから、魔術師は世界を知らなければならないが、どの程度知っているかなど、魔術師当人には分かるはずもない。すべてを解き明かす――ということは、不可能だろう」

「そんなに、ですの?」


リリアが後ろで驚いたような声を上げた。グランヴィーオは頷いた。


「バ・ラクエなどの『神』と呼ばれるものたちですら、似たようなものだと推測する。ラクエを見る限り、魔力は途方もないが、万能ではないからだ」


神霊バ・ラクエでも、領地を災害から守ることができなかった。

もし、世界の理をすべて識る事ができたのなら、魔法でもって、そもそも大災害自体無くすことができるはず。

――本当にすべてを識るものが現れたとして、彼もしくは彼女は、世界をも創ることができるはずだ。

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