ふたつのダンジョン(4)
「……次の階の穴かもしれねえな」
グランヴィーオが言うと、トールが首を傾げた。
「なんでだ」
「あ、分かったぞ、今までの降りてきた道全部光る苔があったからな!」
レリオが答えたので、頷く。
「そうだ。対して今までの外れは暗かった」
「ふっ、俺もトール兄貴よりマシだったな」
「てめえ」
おいかけっこを始めた前衛二人は無視をして、地図を書き加えていく。
「だが、どちらにしろすべて調べていきたい。このまま順番に隣から見ていく」
「地図を書いてるけど、必要なんだ?」
ニルデが不思議そうに聞いてきた。
「様子を詳細に書いておけば、次に潜った際に危険を減らせる。……あとは、どの程度階数になるか分からんからな、100階以上の場合、覚えてられねえだろ」
「……そんなになるの?」
嘆くように肩を竦めるニルデ。リリアも目をしばたかせていた。
「待てやおらぁ!」
「おりゃあああ!」
「……次に行くか」
前衛が戻ってこないので、グランヴィーオが前に立った。
次もやはり外れ。10メートル近く奥に行った突き当たりだったが、何もなかった。
次に行くために横穴を出ると、ようやくトールたちが遊ぶのをやめて戻ってきた。グリウとニルデが睨みつけると、しおしおと小さくなる。
「罰として、ふたりで敵全部片付けなさい」
「へーい」
「……すんません」
ニルデの剣幕に、男ふたりは反論できないようだ。
次も、ハズレ。
その次も、その次も……
いくつか回り、あともう少しで先程グリウが見つけた明かりのついた穴にたどり着く、そんな時だった。
「……なんか」
「おかしくないか?」
「長い」
ずっと、歩いている。
横穴は今まで長くても10メートル程度だった。今は30メートル以上の道を歩いている。リリアが持っているランタンで、数十歩先にまでほんのりと明かりが届く。だが、行けども行けども何もない。
入り込んでから徐々に道幅が広くなっていく。今では3人並んでも余裕なほどの幅だ。
さらに、10メートルほど歩くと――遠くに、小さな明かりが見えた。
そして。
「っち、」
トールの舌打ち。全員持っていた武器を構えた。
大きなムカデが、体を起こして威嚇している。
今までで一番大きな個体だ。人間よりは小さいだろうが、ともかく長い。
さらにその向こうには、一抱えはあるカエルが数体。
「カエルどもを頼む」
言いながら、グランヴィーオは、ムカデに魔力弾を数個立て続けに放つ。
ムカデの外殻はおそらく先ほどのダークウルフよりも硬いはずだ。魔力を多量に使って凝縮して、突き刺す。
ムカデは素早い動きでこちらに向かってくる。
無数の脚で伏して走って走ってくる――その軌道に、向かって魔力弾を送っていると、ほとんど当たった。
長い胴が、ボコボコと凹み、足が切断される。それでも引きずるように動いたが……あえなくこちらの数歩手前で力尽きた。
その間に、トールとレリオが走り出していた。
振りかざす剣に、カエルは何を思ってか体当りする。
「……!?」
「こいつ……っ」
トールの剣にぶつかったカエルは、薄く皮膚を切られてひっくり返る。レリオの方は……弾き飛ばされたが、傷はなく、妙に素早く跳んで近くに着地。そして、
「うわっ!?」
カエルの跳ぶ速さが、レリオの剣を戻す速さを上回った。
びたっと体に張り付かれてしまった。
慌てたレリオが手で外そうとして、ビクリと引っ込めた。
「やばいこいつ、」
焦った顔。剣の柄でガシガシとカエルを叩いてようやく引き剥がした。手を震えさせ、不可解そうな顔でこちらに下がってきた。
「……なんか、ピリピリする」
「私が行く!」
ニルデが駆け出した。グリウが隙間を縫って矢を放つと、カエルが2体、足と胴にそれぞれ食らった。
ニルデは動きの鈍ったそれを数回ずつ斬った。やはりやりにくそうな顔で、けれども倒せてはいる。
退避してきたレリオは、グランヴィーオに素直に手を見せた。
「……毒のようだな」
解析魔法を構築すると、どうやら有毒物質が付着している。
「あのカエルの体液か」
「触ったらなんか……」
グローブはつけていたが、それに浸透したらしい。
「調べられない、か……」
だが、毒物は専門分野ではないので、未知のものにはとっさに解毒の魔法が構築できない。
オハイニにもらった魔法薬を取り出す。
複雑な文様を刻んだ小瓶、そこに淡く光る液体が入っている。魔法の媒体に使う薬草に、治癒や解毒、鎮痛などの効果を構築すると薬になる。小瓶は薬の魔法の持続をさせるための魔道具だ。
開封してしまうと、効果がだんだんと薄くなっていく。早ければ数分も経たないうちにただの水になるだろう。
レリオに使うと、どうやら解毒できたらしく、ほっとした。
向こうでは、ニルデとトールがあと1体を追いかけ回している。
「結界を張る」
グランヴィーオの声が届いたのだろう、ふたりはぴたりと動きを止めた。
多少大きな範囲だが、結界を張る。
突然現れたそれに跳ねてぶつかり、また跳ねるカエルを、動きに目を慣らしたトールが、思い切り突き刺して絶命させた。
「毒持ちだった。違和感があれば言ってくれ」
声を掛けるが、ふたりともレリオの様子を見ていたためか慎重になっていたようだ。被害はなかったらしい。
レリオのグローブを借りて、再度毒の解析と解毒の魔法の構築を試みる。
数分かかったが、どうにか正解を見つけられた。ついでに生成した水で洗い流しておく。
「グローブの解毒ができた。使えるぞ」
「ありがとうございます!」
「どうやら地上にいたのと違う種類みたいだな、このカエル」
トールがきれいとは言えないカエルの死体を検分している。どれもこれも、傷が多い。
「妙に弾力があって、剣が通りづらかった。毒もあるって……」
ニルデがため息をついた。思いのほか手ごわかったらしい。
いちおうカンテラの灯りであたりを見回したが、潜んでいる敵はいないようだった。
「……光が見えたな。あそこを目指すぞ」
一体どこに出るか。
全員が多少緊張しながら、光の中に入ると――
太い幹の大木が、あった。
いくつもいくつも立っていて、視界を遮っていた。
まるで壁のようだった。
「なんだこれ!?」
巨木だ。
荒れ地にはわずかに痩せ細った木しかない。その軽く50本分はある。
「え?木ってこんなに大きくなるの?」
ニルデがあっけにとられて口を開けたまま上を見ている。首を真上にそらして、枝が張り巡らされて影を作る梢が小さく視界に入った。
「いえ、特別大きいものよ……私もこんな大樹見たことがない。奥深い森だとか山とかにはあるかもしれないけれど」
リリアも、感動したように言いながら上を見ている。
「おい、お出ましだ!」
グリウが、その木の陰から出てきて、こちらに向かってくる小型のモンスターを矢で射る。
数匹出てきたそれ――ネズミのようなリスのような、判別出来ないが魔物だろう――をトールとレリオがあっさりと倒す。
その間に、グランヴィーオはダンジョンの解析を急いだ。擬似構築、再現は難しい……見たことがない。
「……隣の、ダンジョンだ」
「なるほど。確かにあっちと雰囲気は違うな」
トールがはあ、と息をつく。
まずはここで繋がっていたか。
あの敵の量や状況を見ると、おそらくここ以外にもいくつかつながっている場所があるはずだ。
「え?あれって太陽?」
リリアが指を差した先、木々の間からわずかに眩しい光が見える。
揃って大樹の間から抜け出し、どうやら草原のようになっている場所にたどり着いて、上を見上げる。
済んだ青空と、太陽があった。
「……え?」
「ダンジョンの中だよな、天井がないのか!?」
「……いや、そう『見えている』だけだ」
グランヴィーオはわずかに解析できた魔術から推測する。
「簡単に言えば、幻だ。空に見えているが、浮遊して行けばどこかでぶつかるはずだ」
「まぼろし……」
「本物にしか見えねー」
「あれ?そしたらあの大きい木は?」
「……あれは本物のようだ」
「……地下深くに大樹……?」
リリアが目を白黒させている。
「ああ。ありえないはずの現象だが、ダンジョンでは普通だ」
「普通って何」
リリアは絶望したような声音である。
その肩をぽんぽんと叩くグリウ。
「あんまり考えるなよ、見たまんまが真実だ」
「一度、この階を探索しよう」
フロアはまだ全容が見えない。半分は木に覆われているらしいから、視界が利かない。
ぞろぞろと連れ歩いて、どうやら500メートル四方はあるようだという結論。出入り口は2つあって、洞穴のような作りと、木の木の隙間にあからさまに穴があいたように見えるその不思議。
あともうひとつ、グランヴィーオたちが出てきた、やはり洞穴のような形をしていて、隣と繋がったもの。
「草地は……80歩、63歩。広いと言えば広いのか?」
「あとは全部木?森?だったかんな」
「距離の感覚狂いそう……」
敵はチラホラと遭遇したが、一度に出てくるのが1,2体程度で、小動物型であるため、主にグリウがひょいひょいと矢を放って仕留めていた。
「しっかし……こんないいところがダンジョン」
レリオがしみじみとしていた。
気温はややひんやりするくらいだが、太陽の幻と、木々や草地の色が目に優しい。荒れ地の枯れ果てた様子とは大違いで、いいところと言いたくなるのも分かる。
「さて、どうするんだ?ここでふたつのダンジョンを行き来できることがわかったが……」
あらかた調べ終わると、トールが問いかけてくる。
「……一度、向こうに戻ってあの階横穴を全部探索して地図を書く。その後、こちらのダンジョンを上に上がっていく」
「上に?」
「キリが悪いが……この階は何階か知りたいし、同じく構造を理解したい」
「……普通に考えたら、地上に戻るってことになるけど……」
ニルデの言葉ももっともだ。
「ああ。少し物足りないが、帰還になる。とは言っても、この上がどうなっているかは分からんしな」
「そういう意味で余裕を持って戻るってことか」
実際、ここがとんでもない下の階である可能性もないわけではない。理屈が合わない現象があるのが、ダンジョンだ。その場合は戻って向こうのダンジョンから出ることになるだろう。
「じゃあ、一度引き返すぞ」
トールが踵を返そうとして……別のところから、あのう、と細い声が聞こえた。
「そ、その前に……休ませて」
「――ああ、お前がいたか」
リリアが疲れ切った顔をしている。トールがなんとも迷惑そうな顔だが……
「や、実際ここに入って何時間よ」
グリウがはっとした。レリオが何やら指折りかぞえて、
「……気づいたら腹減ってきた」
腹部を手でさすった。
確かに……半日以上、休みながらとはいえなかなかの強行軍だった。
「たぶん、地上は夜になってるんじゃないかな」
ニルデのその一言で、ここで野営が決まった。
明かりがずっとついているため、時間の進み方が分かっていなかった。さらに、全員調子が良かったために強行軍になりかけていた。リリアがいなかったら、どこかでいきなり疲弊して立ち止まっていたかもしれない。
「ヴィーオがぽんぽん魔法を使うから、あんまり戦った気にならなかったんだよ」
と、ぼそりとトールが言っていた。
横穴に入ったすぐそこで休憩する。結界を張っておく。前後を守るだけで良いので、ずいぶんと楽だ。
食料は持ち込んでいたものを広げた。グランヴィーオは食べずに済むので、傍らで見ているだけだったが。
「これが質素に見え始めてるんだから、俺も贅沢になったもんだな」
レリオがパンを齧りながら苦笑する。
彼が持っているパンや、チーズに干し肉、ドライフルーツがほんの少し。野営食としては普通だが、これ以上に細っていたのが以前の村の生活だったらしい。
「水嚢は重いが、まあ喉が渇いても我慢しなくていいから勝ちだな」
「チーズもパンも、保存が利く固いやつをちびちび削って食べてたね……」
「あったかいスープが飲みてえ!あと肉!」
「本当にゼータクだなお前!」
「……」
笑い合う村の人間たちの横で、リリアが、真顔になってかじっていた干し肉を眺めていた。




