ふたつのダンジョン(3)
9,10階は、多少地図と違いがあったが、複雑な仕掛けなどはなかった。敵は鋼爪のウサギとコボルトを中心に、コウモリやネズミが数体取り巻いていた程度。ウサギは、すべてトールが片付けたことはある意味予定通りか。
11階――
広めのフロアだった。特徴としては少し斜めに地面が傾いている。入って奥の岩壁に次のフロアの入り口があったとベルソンたちからも聞いていた。
それが……
「……どれだ?」
あっけにとられたトール。
結界で守りながら周りを見渡すが、100メートル四方に近い広さ、天井もかなり高い、その壁にかなりの数の横穴が空いている。……それは後で見るべきか。
まずは、敵をどうするかだ。
結界の外では、コウモリが飛び交い、地を這う大蛇が2体、そして、コボルトが2体……ダークウルフが1体。
「久々だなあ」
大きな狼を見て、むしろ好戦的な目をしたグリウが、筒から矢を取り出す。
「援護は任せてな」
「俺も出れるからな!」
レリオが剣を構えている。その横で、リリアをかばうように前に出たニルデ。
トールはもちろん、剣を油断なく構えている。
彼らに、指示を伝えた。
「……コボルトとダークウルフは俺がやる。その他は任せていいか」
「ああ」
トールが頷いた。
「結界を一度外す。リリアと……」
「ああ、私は彼女を守ってるよ」
ニルデは快く待機を請け負ってくれた。リリアが申し訳無なさそうだが、仕方がないだろう。
「さっきも言ったが、コウモリには気をつけろ。……いくぞ」
結界を解き、グランヴィーオは走り出した。
案の定、コボルトは魔法を撃ってきた。初回に潜ったときより、強い個体が揃っているらしい。
そのコボルトには、それぞれ結界で行動を阻み、撃たれた魔法もその中で霧散させた。
ダークウルフが、突進してくる。それを魔力弾で迎え撃つが、なかなか足止めには効果が薄い。
目を凝らしても外に纏う魔力は見えないから、生体本来の耐性ということか。
次は、魔力を槍の穂先のように尖らせ、素早く、続けざまに放つとようやく傷らしきものを負わせられた。だが、一度飛び退き、唸りこちらを見据えるダークウルフには、かすり傷程度だったか。
(魔狼よりは弱いのだろうが)
魔狼はさらに上位の同じ狼型だが、その一歩手前という強力な個体らしい。
どうやらひどく興奮している。グランヴィーオの魔力がダークウルフには逆効果だったようだ。
向こうでは、コボルトの結界が効力を切らした。元々足止め用だったため、長くは持たないものだった。好機と見てか、こちらに向かってくる1体と、もう1体は……リリアとニルデへ。
「ッ!」
そちらは結界で囲み、もう一度足止め。
向かって来るコボルトと、別方向から同時に地を脚で蹴ったダークウルフ。
「面倒な」
だが、迷っている暇はない。
上位の結界……あまり普段使わないようにしているそれは、一度ダンジョンを完全封鎖したときに構築したものだ。それを、自分ごと、ダークウルフとコボルトを中に入れて、構築。
あと数メートル、大きな狼が目前に迫ってきて――
ぼうッ!と、炎が周囲に噴き上がった。
一瞬の熱さはあったが、タイミングよく、自分の周囲にだけまた結界を構築。
ダークウルフたちは、炎に巻かれた。赤と、時折黄色の炎がいくつもの舌を出して燃えている。
火の勢いが強すぎてよく見えないが、どうやらダークウルフたちは暴れまわっているらしい。だが、この炎でも壊れない強度の結界が囲んでいるため、逃げられない。
やがて、炎が消えた。
黒い塊が落ちている。少し焦げ臭い匂いが辺りに漂った。
「……また今までになく派手な」
トールが、ずいぶん離れたところで呟いたのが偶然聴こえた。剣を拭う姿勢のまま、こちらを見ている。
ちょうど自分を取り巻くように、リング状にまだ地面が焼けて熱い。水を作り出して一部冷ますと、そこを歩いてグランヴィーオは抜け出した。
「だ、大丈夫なの!?」
リリアが駆け寄ってきた。それに頷きながら周囲を見渡すと、敵は殲滅が終わったようだった……いや、結界で捕らえていたコボルトが残っていた。それを、一気に魔力を差し込んで絶命させる。
顔を上げると、グリウやレリオが、やはりトールと同じ顔でこちらを眺めていた。
「終わったか」
「ああ……」
トールは剣を鞘にしまい、こちらに戻ってきた。
「今日はずいぶんと魔法ばっかりだな」
「……ああ、制約がほとんどないからな。場所の問題がなければ、もっと早く終わらせられたが」
「場所って?」
グリウも戻ってきた。その横で、レリオが何か信じられないような目でグリウを見ている。
「ああ、閉鎖空間だ、しかも地下の。壁は多少のことでは崩れることはないが……狭さと、空気がどの程度供給されているかわからない」
「空気?」
「使えば減るものだ、空気、特に酸素は」
「……さっきの、結界の中で『さんそ』がなくなって生き物が死ぬって話とつながったりする?」
「ああ、そうだ」
「もしかして、ヴィーオサマが、制限なく魔法を使うと……」
「攻撃には炎が一番だ、あとは爆砕」
ぎょっとした数名が、さっき炎を撒いたあたりを振り返る。
「炎は酸素を燃焼する。つまり、今のこの階くらいなら焼き払えるが、代わりに自分たちが呼吸できなくなる可能性がある」
「……ちまちま戦う理由がわかったぜ」
トールが表情を決めかねていっそ笑っていた。
「最悪、全部ヴィーオが焼き払ってくれるなら安心だな」
「……本当に最後の手段だな。構築に時間がかかるし、魔力消費も多い」
「あれ?ヴィーオサマの魔力って無限とかなんとかオハイニが」
「そうは言ってねえだろう。そもそも限りはあるが……魔力消費が多いということは、それだけ難しい魔法ということだ」
とは言っても、ダンジョンの1階程度焼いたとしてもグランヴィーオの魔力は尽きるものではない。
「あと……」
「あと?」
「おそらくダンジョンは出来ないだろうが」
「あ、……ああ……」
そういえば、というような顔をして、全員黙った。
「ええっと……話もついたところで」
気を取り直し、グリウが弓を持ったまま、あたりを見回す。
岩壁に開いた無数の穴の向こう側は、真っ暗で何も見えない。
「……またなんであんなたくさんの穴があるんだろうな」
「地図ではひとつだけだったんだろ?」
トールが地図を覗き込む。
「やはり、魔術を書き換えられたらしい」
軽くダンジョンの魔術を再構築したが、前回と似ているようで似ていない。
「あとは、隣のダンジョンと繋がっているのではという……」
モンスターの種類が混じっているのだ、可能性は高い。
「で、どうする?」
「……」
トールの問いかけに、グランヴィーオは考え込む。
時間がかかるが、やはりひとつひとつ覗いて確認するのが確実だ。向こう側がどうなっているかわからない上に、どこからかまたモンスターが出てきた場合、バラけていると各個撃破されるかもしれない。全員で移動すべきだ。
「やっぱり、全部見るしかないだろう」
「そうか……」
「俺!前衛やりたい!」
まだ調子がいいらしいレリオが手を挙げる。
トールと一緒に先頭に立ってもらい、横穴を次々と見ていく。
「……なあ、ひとつだけ明かりがついて見えるんだけど」
6度目くらいの探索で、グリウが言った。
これまでの探索では敵いたりいなかったり、そしてすぐに行き止まりのハズレばかりだった。
グリウが指差したのは少し離れた横穴だった。
たしかに、その穴だけ影がない。




