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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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ふたつのダンジョン(1)

たしかに、早いうちに『雨乞い』は再開すべきだったし、ダンジョンに腕試しに行く冒険者たち――外からの行商に引っ付いてきたり、有名になってきた荒れ地に物見遊山の――から聞いていたダンジョンは、懸案だった。

だが、ダンジョンは予想以上の事態になっていた。


グランヴィーオたちは、やって来た現場でさすがにしばらくの間言葉を無くす。


「……うわ……」


グリウがいっそ感情をなくした声で。

その他ここにいるのは、トール、リリア、西の自警団古参だという兄妹。

全員が似たような、驚愕と呆れの間のような表情であることを確認して、グランヴィーオはもう一度ダンジョンの方を振り返った。


ダンジョンのみっつの穴……先にできたすり鉢状の入り口、その地下の池に届くように掘った小さめの穴、隣にストンと地下に落ちたふたつめのダンがジョンの入り口……それをすべて覆うひとつの大きな結界。

そのドーム型の結界に、みっしりと、モンスターが蔓延っていた。

聞いていた以上である。

コウモリや、羽の生えた蛇が飛び交い、たまに素早く走る一抱えはありそうな影はネズミか。跳ねて回るのはそのネズミと同じくらいの大きさのカエルに、やたらと体をくねらせ宙に浮かすもう一種類の蛇。


「……うっ」


リリアが口を押さえた。たしかに、見ていて気持ちのいいものではない。

彼女はここにつれてくるべきではなかったのでは、と思ったが、トールと、ロドリゴが必須だと推してきた。どうやら、リリアを疲弊させる前に帰ってこいという一種の基準らしい。


「どうすんだこれ……」


ぽつりと呟いたのは、自警団にいる年若い兄妹の兄の方である。18歳だったか……見た目はどこにでもいる青年だが、自警団のお歴々に仕込まれかなりの戦士だとか。隣でその兄を肘でつついている妹は、兄とよく似た黒髪を長くしてひとつに括っていた。


「ヴィーオ……」


トールがやはりげんなりとしながら、こちらに伺いを立てる。

いったい、これをどうするのかと。

モンスターはすべてダンジョンから出てきたもの。結界を魔物は通れない。

つまり、ダンジョンに入るには、この大量の魔物をどうにかしなければならない……と、主に困っていたのは冒険者たちだった。結界のことは魔術師が知っているため、噂にはなっていたようだが、いかんせんこの敵の量で手出しができなかったらしい。


「ふむ」


どうにか、出来ないわけではない。

グランヴィーオは、魔力絶縁を解いた。


今回は他の魔術師も、ラクエもこの場にいない。ラクエはダンジョン攻略の安全のため、他の魔術師は忙しい上に領主が出張るなら必要ないだろうと、今回は譲られた。最近グランヴィーオが領地外に出ることに不満があるらしいロドリゴを説き伏せ、せっかくのダンジョン攻略だ、遠慮する気はない。

結界の中で、グランヴィーオの魔力に気づいたモンスターたちが、暴れ始めた。


「……おそらく数体の漏らしはあるから、気をつけろ」

「……おう、分かった」


トールがなんとなく物言いたげな顔をしたが、頷いた。それにならって、グリウ、兄妹――レリオとニルデ、それとリリアが各々武器を構えた。

それを見て――


グランヴィーオは、今の結界の外側に、新しい結界を張る。これは、魔物どころか、何も通さない、すべてのものが出入り不可のものだ。

おそらく、トールたちにはグランヴィーオは何もしていないように見えただろうが――

目に見えて、魔物たちの動きが遅くなった。

羽ばたいていたコウモリや蛇はゆるやかに落ちていき、走り回っていたネズミたちは、時折立ち止まり、そのうち動かなくなる。

動きを止めた魔物たちが、すべて結界の中で折り重なり、黒い山になった。


「……うわ……」


さっきと同じトーンで、グリウはこぼした。

その山に向かって、グランヴィーオはもう一つ魔法を放つ。結界の中に放り込むと、魔法に耐性を無くした結界が壊れた。その瞬間に、ボゥン!と大きなくぐもった音がして、炎が、黒い山を包み込む。

もう一度、念の為結界を張り直したが――


「出たぞ!」


グリウがまろびでてきた魔物に気づき、ひゅっと矢を放つ。遅れて、逃げようとした大型のネズミと、コウモリ数体を、トールたちが斬り伏せる。

その間に、炎は燃え上がり、結界の中を赤と黄色、時折白い光で埋め尽くした。

10分後――灰だけが周辺に散っていた。


「すごい……」

「な、何をしたんだ……?」

「あっ馬鹿!」


呆然とした兄妹が、口々につぶやいた。

トールがそれを何やら叱責したが……


「今のは絶界……すべての物質を通さない結界を施した。結果、結界内の酸素が大量の魔物の呼吸に費やされ、低酸素状態になった」

「……だから言ったんだ」


トールが恨めしげに兄妹を睨んだ。彼らは目を白黒させてこちらを見ていた。


「見計らって、高温の火で焼いた。酸素がなかったから追加したが、思いの外燃えた。その際、結界が壊れたが、まだ動ける個体が逃げ出してきただろう」

「なるほど分からん」


トールに真顔で言われ、頷く。


「……そうか」


……なんとなく気づいていた。どうやら、自分は説明が下手らしい。


「だが……」


トールはつい、とダンジョンの穴の方を見た。

また新しい魔物が這い出してきている。魔法を使えるほどの強くて知能のある個体ではないようだが、見ているうちに増えるので、厄介には変わりない。


「……ってちょっと待て」


グリウが油断なく構えながら焦っている。

グランヴィーオも、気づく。


「……穴の両方から魔物が出ている」

「は?」

「トール、思い出してみろよ」


グリウが射程に入ったコウモリを射ろうとして、避けられた。


「最初のダンジョンができたとき、外には全然魔物が出てこなかっただろ」

「そういえば」

「それに、今は種類も違う。前は狼とかウサギとか、」

「クソウサギ」


トールが、ボソリと低くつぶやいた。

一瞬グリウは彼に呆れた目をしたが、


「……おお、そういう動物型だっただろ。けど……」

「……ああ、なるほど、コウモリやらネズミやらはいなかったか」

「そう。それが、最初と次のダンジョン、どっちからも出てきてる」

「……え、どういうこと?」


兄のほうのレリオがキョロキョロと不思議そうにグリウとダンジョンを見比べている。


「考えられることはあるが、推測の域を出ない」


グランヴィーオは、ダンジョンから離れようとするネズミと蛇を結界で閉じ込めた。狭い空間を走ろうとして見えない壁にぶつかるを繰り返すそれらを、トールが剣を立て続けに刺して倒す。


「以前の5階まで急ぐとする」


グランヴィーオの指示に、トールは頷いてリリアを振り返った。


「気をつけろよ、転んでも助けるつもりねえから」

「あなた……せこいわよ」


リリアが呆れたように嘆息した。

以前作ったロープをくくりつけた支柱は、『知識の峰』が来訪する前に壊して消した。新しく作り直し、すり鉢状の穴から降りてできるだけ急ぐ。


「こりゃあ……」


しばらく行くと、トールがうめいた。

グリウも頭に手を当てて首を傾げた。


「地図が変わってら」


そう、以前来た時より、道が増えたりフロアの大きさが違っている。

そして、敵も。

ネズミやコウモリ、さらにはムカデのような大きな虫――人間の腕くらいはある――、例のウサギやコボルトまで。

だが、すべてグランヴィーオを見て逃げ出そうとして――一掃した。

燃やして、叩き潰す、刺し殺す。

外部の魔力に頼らないぶん、魔法の構築が早い。

敵が多いときはトールが残りを斬り捨て、グリウが数を減らしてくれた。逃げ切ったものもいるに入るが、奥に入っていく分には問題はない。地上に出ようとするものだけは阻止するが。


そうやってほとんど止まらず、5階まで降りきる――


「……え?」


誰が漏らした声だったか。だが全員それきり言葉を失う。

以前は、広い空間の半分を、水が覆っていた。

それを、生活の足しにしようとグランヴィーオが魔術を構築し、定期的な雨にして荒れ地に運んでいた。

だが――


「ない」


嘆くように、トールは剣を下ろした。


……そう。

池が、なくなっていた。

きれいに、元からなかったかのように、野原が広がり、ところどころに茂みが生えている。


「ええと、前に雨を降らしていたという……」

「ああ、大きな池がこのあたりにあったんだ」


グリウが、リリアに説明している。

グランヴィーオは、その池があったところの場所まで歩いていき、上を見上げる。開けた穴はしっかりと残っていて、遠くに空が見えた。


「……ダンジョンが書き換えられたのか」

「え?」

「どこかに、隣のダンジョンにつながる道はないか」

「えっとつまり、つながっちゃったわけか」


グリウは呆然と繰り返す。

こんなことは想像もしていなかった。

ダンジョン自体がひとつの魔術である。

以前潜ったあと、同じものが作れないか、擬似構築を繰り返して解析、やはり魔法であり魔術だった。魔力がどこからでてきたものかは不明で、おそらく規模から魔術であるはずだった。

それを、まさか書き換えられるようなことになっているとは。


「お前も予想外だったんだな」


トールが尋ねたので頷く。

リリアと兄弟は固唾を呑んでこちらを見ていた。


「……地図を頼りに、行けるところまで行くぞ」


ゼルとベルソンに描いてもらった地図は手元にある。だが、こんなことなら、頼み込んでベルソンを付き合わせるべきだった。彼は先の峰の魔術師の護衛でダンジョンに潜っている。だが、疲れて嫌がっているのは知っていたから今回はパーティーの候補から外していた。

だが、変貌したダンジョンに地図だけで挑むのは少し心もとない。

言ってはいられないが。


「基本は俺が敵を叩く。サポートに徹してくれ」

「ああ。任せた」


意外とあっさりとトールが請け負う。


「……まずは18階、慎重に行きたい。途中何かあればすぐに言ってくれ」

「ああ」

「わーったよ」

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