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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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番外編:救われぬ夜

イルゲとゼルのオハイニのあれこれ。少しダーティーな話になります。読まなくても本編には支障はありません。

西の村と東の村、距離はあるが同じ領主の土地ということで今ではほとんど区別がない。前は仲が悪く必要最低限にしか交流がなかったが、領主と魔鉱石がすべてを変えたあとは運命共同体だ。


「……これで最後っと」


荷馬車に重要な荷物を詰め込み、イルゲはふう、と息をついて手を払った。


「んで、オハイニのサインいるんだっけ?」


隣で暇そうにしているゼルに声を掛けると、むっとしたように口を開いた。


「なんでオハイニじゃなくてお前が担当なんだよ」

「残念ながら、オハイニは忙しくて荷物運びなんて雑用は任せらんないよね」

「お前が隠してんじゃないだろうな」

「仕事に私情は挟みません」

「嘘つけ」


まあ、ゼルが言う通り、ここに来た頃はあまりにも目に余ってオハイニの周囲の男たちを排除するようなことを頑張ってみた。

バレてオハイニ当人に怒られたので、もうしないけれど。しないとは言ってない。


「今会議中だよ、魔術師の組織化で毎日話し合いさ。もう終わると思うけど」

「……そういう時は引っ付いてないんだな、お前」

「だーから、仕事は仕事だろ」


本当に信用がない。

だが、ゼルはただのやっかみだ。わかりやすいうえに、重要なことについてはそれこそ私情を挟まない。

一時期、村の男達とイルゲに溝があった。オハイニの番犬よろしくひっついていたら、どうやら恨みを買ったらしい。そういう奴らに限って大したことはないので、羽虫程度に考えていたら、村の環境が変わってその男どもは次々と大人しくなっていった。単にそれぞれ仕事が増えて疎遠になったということだ。


目の前のゼルは、元々が外の人間だったせいか、陰湿な部分は少ない。戦いの腕は良く西では一目置かれていて、そのせいかやたらイルゲとも一緒になる。からかうと面白いので、暇つぶしにはちょうどいい。


ゼルは少し考えるように目線を上げた。


「……昔からの知り合いとは言ってたが、オハイニが荒れ地にいることも知ってたんだよな、お前」

「うん、手紙は何通か送ってきてくれたんだ」


オハイニが気まぐれに出してくれた手紙は、全部保管していて荒れ地に持ってきた。

しばらくしまい込んでいたけれど、こうやって思い出したから、文箱を開けてもいいかもしれない。

ゼルはブスくれた年甲斐も無い顔になる。


「……いつから、今の関係になったんだ?」

「お、気になるのかい」

「ずっと気にしてるわ」


そうだったのか。いや、そうだろう。

彼は遊び慣れているような人間に見えていたが、おそらくオハイニには本気だ。理由は、とか野暮なことは聞かない。

そこに最大のライバル(イルゲのことだ)が出現。気にならないほうがおかしい。


「うーん、あんまり言わないほうがいい気もするんだけど……」

「話せる範囲で」


本当に気になるだけらしい。


「……お酒持ってきてくれれば話そう」


イルゲがそっとつぶやいて、指を指した方向を見たゼルが頷く。

その先からやってきたオハイニが、訝しげな顔をした。


「なに?アンタら仲良くなったの」

「もとから仲良しだよ」

「仲良くねえよ!」




本当に酒を持ってきた。

多少呆れたが、ゼルの本気を感じ取って何も言わないでおく。


イルゲの家、外はすでに真っ暗闇の時間。とは言っても、だいぶ人口が増えた村になんとなく人の気配はある。イルゲが来た頃ともだいぶ違っていた。

わざわざ西から東にやってきたゼルは、表情を決めかねてるのか無駄に眉根を寄せている。疲れないだろうか。


「お、結構いいものじゃない?」


ゼルがテーブルに置いた蒸留酒は、ラベルがある。

酒のアテにジャーキーとドライフルーツ、あとは最近ハマっているチーズを焼いたものを適当に並べ、椅子に座る。


「かんぱーい」

「……」


無言でグラスを合わせてくれるゼルは、本当に付き合いがいい。


「で?オハイニと俺の馴れ初めだっけ?」

「ちがう、お前があいつに惚れた時の話だ」

「じゃあ馴れ初めじゃん」

「……一目惚れってことか?」

「そうだな、そのときは気づかなかったけど」


彼女の噂を聞いたのは、出会う1ヶ月ほど前。異例の若さで研究室設立――つまり、重要な魔法を構築できると上層部に認められ、携わる魔術師を増やし大規模な研究の承認を得られたオハイニは、にわかに有名人に。その後、イルゲはその有名な彼女と偶然知り合った。

そのときは、彼女には大事な人がいた。

のちに彼女を裏切って貶めた男だが。


「……じゃあ、しゃーねーな」

「うそうそ。一目惚れだったって気づいたのはだいぶあとになってからだし」


その感情は、憧れだと思っていた。

並の魔術師ならその頃、自分の専門の先行した魔法の習得に躍起になる時分だ。それを、彼女は昔不可能とされて放置された魔法の復刻。研究室を立てるほどだというのだから、イルゲでなくても注目するだろう。

イルゲはというと、峰に入門して一年経つかというところだったので、ひよっこにもほどがあった。


憧れは今も確かにある。けれど、さらに分けられる気持ちがあると気づいた……大人になったということだ。


「言いたいのか言いたくないのか」

「せっかちだなあ……」


聞かせるつもりだが、はばかるものもある。オハイニが絶対に聞かれたくないだろうこともあるから、それを考え、まとめて……


「あれは、知識の峰からオハイニが去ったあとだな」


オハイニは突然、山を下りた。彼女の破門のことを聞いたのは、その数日後だった。

イルゲはすべてが嫌になって、自分も下山した。

その後、知り合いの魔術師のところを転々としていた。故郷に帰る事も考えたが、大手を振って出てきたため、帰りづらい。

なにより、姿を消したオハイニを探していた。


そのうち、仲が良かった仲間のところに居候させてもらうことになった。先立つものがないとオハイニを見つけられないと悟り、出仕の話も考えていた時だった。


「住んでいた街の隣街に、怪しい魔術師がいるって噂が立った」


安価な報酬で『何でもしてくれる』、女だとか。


「まさかとは思ったよ。オハイニの実力なら、はどこかの国にお抱えだろうと思ってたから、ずっと高名な『峰』の魔術師の伝手を探していたんだし」


別人だろうとほとんど期待せず、その魔術師を探した。

――はたして、本当に彼女だとは。

身持ちを崩し、その日暮らしで、わずかな金を稼ぐために、何でもしていた。


「人殺しだけはしていないか、聞いたよ」

「……おい」

「大丈夫、毒薬は作ったけど、あとは知らないって」

「……」


ゼルが苦虫を噛み潰したような顔になっている。


久々に再会した彼女は、本当に、別人のように見えた。

イルゲを覚えていたのが、本人だという証拠になり、逆にショックだったといえば目の前の男に殴られるだろうか。


「それで、もう俺は必死になって……」


まず、半ば強制的に彼女を引き取った。早々に仕事を見つけ、彼女を養うために働いた。

その時になって、ようやくイルゲはオハイニのことが好きだったのだと気がついた。


けれど、彼女は、そんなことは知らないとばかりに度々姿を消す。

自分の気持ちを伝えたのだって、彼女を繋ぎ止められるかという打算だけだった。

しかし、もう、オハイニは自分の知る彼女ではなかった。


「えー、やりたいのと聞かれて、やりました」

「……そりゃ仕方ねえよなあ……」


哀れみと痛みを感じたような表情のゼルは、ほとんど手を付けていないイルゲのグラスに、溢れるほど酒をついでくれた。


もっと、違う方法があったのだろうか、彼女を救うためには。


「でも、絶対に帰ってきてくれるし。それだけで俺は……ともかく、1年くらいは、そんな感じで過ごしたかな」


彼女があの頃何を考えていたのか、今でもわからない。

それでも、自分を拠り所にしてくれることに、イルゲは優越感と安堵を覚えていた。どうせ彼女には金づるだと思われていようが、そんなことはどうでもいい。


「……でも、彼女は帰らなくなった」

「ああ」

「もう、何ヶ月も待って、心配で、どうしようもなくなって、また探しに行こうかって思い始めた時に……手紙が来た」


その時の気持ちは、今でも言葉にならない。

手紙には、今は荒れ地にいるということ、それだけしか書いていなかったが、安心のあまり泣いたのは内緒だ。


「会いに行こうかと思ったけど、俺も散々周りに迷惑かけてたし、さすがにお貴族様の契約蹴ってまでは行けなくてね……」

「まだ理性があったか」

「そりゃあね」


その雇われていた子爵は気さくな貴族で、イルゲのことも何かと気にかけてくれるお人だった。

結局この荒れ地にまで来てしまったが、その間数年は彼に仕えていて本当に良かった。何をそんなに気に入られたのか、もし戻ってくる気があるならいつでも歓迎する、と言われた。

先日、余計なことかと思いながら近況を伝える手紙を送ると、珍しい鉱物と一緒に返事が来た。


「……まあ、こんなとこ。結構ギリギリまで話したから、ホントにオハイニには内緒だぞ」

「……わぁったよ」


ため息をつくゼル。

なんだかんだ義理堅い彼が、こんな話を言いふらすとは思えないが。


やっと、酒の味を楽しめる時間になった。しゃべっている間も口を潤していたが、当時のことを振り返っていたら落ち着かなかった。まだ痛いトゲが胸に刺さっているような気分だ。

溢れる琥珀色の酒は、ぬるいが味はすっきりとして、独特の香りが鼻に抜ける。


「……なぁんで、俺じゃだめだったんだろう」


ぽつりとこぼしてしまったのは、酔いが回ったからだ。


「今は……楽しそうだから、それでいいかなって思うけど。たまに男が近くにいるとイラってしちゃうんだけど」

「なあよお、それって、嫉妬とかの前に、オハイニに何かするんじゃねえかって警戒じゃねえのか」

「ああそうかも」


言われて、初めて気がついた。そうだ、彼女を傷つけるものかもしれないと反射的に身構えるのだ。


「……お前なあ」


ゼルの憐れんだような目が、なんだかおかしかった。笑いながら、


「今は結構安心してるんだ。本当に男が寄り付けないほど忙しいし、彼女の夢も叶いそうだから」

「あの小難しい魔法の研究だっけか」

「そう」


願わくば、自分が、その助手になれたらと思うのは……思うだけならタダだろう。


「本当に、すごいんだよオハイニは。空間術……元は異次元だっけか、その存在を定義する理論は古くから……」

「ハイハイ、俺が聞いてもちり紙ほどの価値もわかんねえよ」

「……なんで俺あなたと飲んでるんだ?」

「てめえ」


苛立ったゼルが、持っていたドライフルーツのかけらを飛ばしてきた。

お返しに、彼のグラスに酒をついでやる。キツめのアルコールだから、これを飲み干すには苦労するだろう。見た感じ、彼もザルとまではいかないようだ。


「……なんで本当に一緒にならなかったんだお前ら」


そんなことを、聞こえるか聞こえないかぎりぎりの音量で呟いたゼルに、イルゲは内心驚いていた。

彼も酔っているのかもしれない。


「あーあ、俺けっこう尽くしたのになあ」


イルゲは聞こえていないふりで、わざと大げさに嘆いてみせる。


「はん、振られてんじゃねえか」

「まだ!振られてません!」

「おう、不甲斐ないお前に変わって、見てろよ、今にオハイニに俺がイイって言わせてやる」

「まずは移住するべきじゃね?ゼルは」


不思議に思っていた。まずはオハイニに近づく手段として、一番取らなければならない方法だろう。

ゼルは酒を一口飲んで、少し考えてから、


「……お前に負けた気分になるからイヤだ」


一回りは年上なのに、なんとも幼稚な言い訳である。


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