日常をお届け(3)
「ええと、さっきのジョシュアってひとが、魔鉱石?とかいうのの売り先の商会のひと?」
たしか、魔鉱石という効果で希少な石の売買を一手に担う商会だとか。元々の店は、海の向こうの大陸の大きな帝国の権力下にあるようだ。
「おう。見た目はああだが、有能らしい」
「そうなの」
人は見かけによらないのは分かっているけれども。
「ま、俺らみたいな下っ端はほとんど関わることもねえがな」
「下っ端、ねえ……」
その自称は疑問だが。
案の定、自警団の男は笑った。
「ゼルが下っ端なら俺はクソか?俺ぁ最近来たばっかのしがない傭兵だぞ。てめえはずいぶん前から村に馴染んで、村でも上から数えてすぐの強え男が」
「腕は関係ねえし。トールたちと違って何も肩書がない下っ端だろうが」
「知らねえぞ、そのお気楽もいつまでかね」
「俺は面倒事はごめんだ」
むっとしてゼルは踵を返す。それに意地悪く笑った男は、リリアに目を合わせて親指でゼルの背中を差す。
(信頼されてるわよね)
リリアも笑って手を振り、ゼルを追いかけた。
その後も案内を受けたが、まだ村という小規模な集落のため、重要なのは村の中央から少し外れた場所に最近できたという医館、番外で村の外の商館くらいだった。
「時間もあるし、鉱山に行ってみるか」
「あの……村を出て良いのかしら」
ゼルは片眉を跳ね上げた。
「あんたさては真面目だな?聞いてたのとぜんぜん違うぞ」
「なんのことを言っているかわかる気がするけれど……あの頃はどうかしていたわ」
思い出すだけで腹がよじれそうな、穴があったら入りたくなる気分だ。
今一度リリアをまじまじと見るゼル。眺め透かすような視線だが、あっさり肩をすくめた。
「……まあ、いい。どうせトールもわかってんだろうし、鉱山には今日は領主が行ってるはずだからな」
「朝からお見かけしないと思ったら」
「怒られなかったらセーフってことで」
「鉱山……」
ウーノがぽつりと漏らす。それが耳に入ったゼルはにやりと笑う。
「坊主は行きたそうだな」
「えっ、いえ、そんなことは」
「よしよし、連れてってやろう」
なんともいいかげんだ。
ちょうどその時、プリスベ商会というところからお客がやってきた。村で用事を済ませてから鉱山に向かうという。商会の荷馬車に同乗させてもらい、村を出て、2時間はかからず鉱山に着く。
鉱山は、さほど大きくはない岩山だ。
本格的な採掘をしているが、ものがものだけに人はそこまでいないように見える。
魔術師だけが採掘できるという、魔鉱石。
その当番と予備の人員の数人が交代で常駐するくらいで、あとは万が一に備えた警備の人間が周囲を見張っているだけ。
「おや?なんだろう、この音」
荷馬車の持ち主、プリスベ商会の会長のリュケーは、到着すると耳を澄ませた。
彼は昔から荒れ地に物を売っていた行商人で、最近こちらに拠点を構えて商会長になった。
平凡そうで、人好きのする顔立ち。村の御用聞きもやっていて、かなり忙しい人のひとりだ。
「……なんでしょう」
ウーノも聞こえた音に、キョロキョロとあたりを見回す。
低い、重くて大きなものがぶつかり合うような音。あまり大きな音ではないから、どこか遠くでのことなのだろうけれども。
「オハイニ!ここにいたか!」
ゼルの弾んだ声に、リリアは振り返った。一目散に駆けていく彼の行き先に――男女が一組、鉱山の入口近くにいた。
「アンタ何しに来たの」
驚きと、呆れが半々といったところか、女のほうが答える。
年上の、明るい茶色の髪と目を持つ女は、魔術師の筆頭のような人物らしい。けれど、大きく襟ぐりのあいた薄着の上に申し訳程度の羽織、小さな装飾品が胸元についているくらいでは魔術師に見えない。隣の、分厚いマントにいくつも装飾品を付けている男が、標準的な魔術師の格好だ。
「お前に会えるたぁな。こいつらの案内だよ、仕事だぜ?」
「ふうん、サボりじゃないんだ」
「俺そこまでサボってねえよ、たまにかったるい訓練抜け出してるだけじゃねえか……あと警邏のときに酒場に休憩したか」
「それがサボりでしょ。まあアンタが何してようと関係ないけど」
「お前の膝の上で休憩したいぜ」
「おっと見つけ次第叩き出すからそのつもりで」
オハイニの近くにいた魔術師の男が笑顔でゼルの前に立った。対するゼルは、今までになく目付きが鋭い。
「男の嫉妬は醜いぜ?」
「醜かろうがオハイニを守れるなら良しだよ」
「カッコつけたつもりかも知れねえが、お前はどうなんだよ、人のこと言えんのか?」
「誓ってやましいことはしてないし。最近仕事忙しいからただでさえろくにプライベートな話もできないのにさ」
「とかなんとか言ったって、お前もオハイニの、」
「うるさいいいかげんにしろ」
オハイニが一喝すると、しゅるしゅると小さくなるゼルたち。
はあ、ため息をついたオハイニは、じろりとリリアたちに目をくれる。
「……出歩かせていいの」
「まあな。聞いてたのよりずっと大人しいぜ」
ゼルは一瞬で復活し、リリアの側に戻ってきた。
「トールが案内しろって俺に頼んだんだぜ?目を離してねえから安心しろ」
「……まあ、仲間にしてほしいって言ってきたときから、なんか憑き物が落ちたように見えたわね」
『最初から憑いてませんわよ?』
「……わあっ!?」
オハイニの横に、女がぬっと立っていた。いつの間に。
紫の髪を結い上げ、赤い目をにやりと歪める美女だった。その服装がメイド服で、全体的に半分透けているのは……どう感想を言えばいいのかわからない。
「いるならいるって言ってよ!?」
オハイニが喚くが、その半透明の女は肩をすくめた。
『ラクエ様いるところにこのササラありですわー。そろそろ慣れなさいよ人間』
「これに慣れたらこの荒れ地で生きていけない気がする……」
『それもそうね。なかなか言うものよね』
く、と喉を鳴らすように言って、その女、レイスのササラは一度消えて、また現れた。
『ともかく、何でもかんでも霊のせいにされては困りますわ。冤罪ですわ』
「言葉の綾だよ、だいたい取り憑いたら速攻殺すでしょ、アンタら」
『結果的にそうなるわね。それだけ言いたかったんですわよ』
と、いうだけ言って、レイスは消えた。
……心臓がずっとドキドキしている。死霊という存在自体になれていないリリアは、さらにあっさりと人間を取り殺した場面も見ていた。
「あれもよく分かんないわね」
オハイニがため息をつく横で、魔術師の男は顎に手を当てている。
「使い魔にするなら素体が必要ないんだよなー死霊って。存在がいい感じに確立されてるんだろうけど、オーダーを刻める部分って……」
「アンタ最近なに?使い魔に興味あるの」
「うん」
「はー魔力あるやつは羨ましいこと」
「普通は関係ないって言うけど、こればっかりはね」
「おーいお前ら魔術師の話するな」
ゼルの呆れた声に、二人は我に返ったようだ。
リリアは、まだ、慣れない。
わけがわからないことを延々喋っている、領主もたまにやる。
(魔術師ってなんなの……)
殺そうとしていた対象だが、こんな意味がわからない存在だということはまったく知らなかった。
ゼルも慣れているのだろうが、それでも無視というか、勝手にしてろ、というのが態度に出ている。
「で、領主はどこ行ったよ?来てた……のは、あの死霊がいるからそうなんだろうが」
「ああ、鉱山の中」
しれっとオハイニは答えた。ん?と首をかしげるリュケー。
「領主様は中に入れないのでは?」
「いや、入れないのは下の方の魔鉱石の坑道さ。今潜ってるのは……」
「っていうか、さっきからなんだこの音、大きくなって……」
ごごご、と地面が揺れそうなほど低い音が大きくなって、リリアとウーノは思わずお互いの手を握りしめた。
ゼルも不安そうに周囲を見渡し、そして――
かなり近いところの地面が、ぼこっと陥没した。
「……!?」
「あ、戻ってきたみたいね」
当たり前そうに呟くオハイニ。
今しがた開いた穴からすぐに、ぬっと顔を出したのが、幼い少女だった。
黒髪の、整った顔立ちに大きな黄金の瞳。
それが荒野の穴から飛び出ているのはなかなかに衝撃だ。
「ラクエちゃん、おかえり」
「ただいま!」
声をかけたオハイニに、にこっと笑い、少女はすいと体を持ち上げるように滑らかに地面の上へ。重厚なドレス姿で、場違いにもほどがある。
続いて顔を出すものが。
「おかえりー」
「ああ」
これもまた、造作が整った男だった。すぐさま飛ぶように地面へ足まで乗り上げた彼こそが、この一帯の領主である。
めずらしい藍色の髪。琥珀色の目は無感動。背はやや高めだが、それ以上に目立つのはまとったマントと、その上に取り付けられた宝飾品の数々。
典型的な魔術師。
「……穴が空いたわね」
「はい」
「人が出てきたわね」
「はい、見ました」
「考えるだけ無駄だぞ、あれはああいう生き物だ」
リリアとウーノのほとんど実のない会話に、横からゼルが感情のない声で水を差してくれる。
「どういうことなんですの」
「見たまんまだぞ、穴掘って、領主が出てきた」
「え?なんで?」
「ええっと……坑道ですか?」
聞こえていたらしい、多少免疫があるのかリュケーは頭を掻きながら言った。
「下ではなく上、ということは、鉄鉱石の?」
「そうだ」
領主は答えながら、傍らの黒髪の少女を抱きかかえる。片腕に乗せて、それがいつものスタイルらしい。
「多少残っていたことが判明したから、そこそこ出るところは掘った」
「掘った?」
さっきまで聞こえていた低い音が消えている。
パンパン、とオハイニは手を打ち鳴らした。
「はいはーい。っつーことで、手が空いた人たちロドリゴ村長に報告と、土の運搬の準備よろしく」
「へーい」
数人、人足なのか冒険者なのか、そんな微妙な装備の男たちがわらわらと動き始めた。……自警団だろうか?
「村長へは俺が行ってやろうか?もう戻るつもりだしな」
ゼルが手を上げた。
「あら、気が利くじゃないの」
「ふっ」
顎を上げてオハイニにアピールするゼルは、単純でいっそ好感が持てる。
「じゃ、よろしくー」
が、オハイニはほとんど見ていない。背を向けて領主に何か話し始めた。……彼女の隣から離れない魔術師は、そのゼルにバカにしたように短く笑う。
「あのやろ」
ゼルは指を立てていた。
「ライバルですかね?」
「ですかしら」
ウーノとコソコソ言い合う。なかなか面白い構図だ。今度誰かに聞けるものなら聞いてみたい。
「ちっ、帰るぞ」
リュケーの商会の馬車がもう一つ止まっていて、それに乗せてもらう手筈だ。
「……」
ふと、ウーノが鉱山を振り返る。
入口に向かって、人が集まっている。今から作業でもするのだろう。
「……あなたはもっと見ていく?」
「えっ」
ウーノが目を丸くした。
「え、だけど……」
「坊主ひとりなら邪魔でもないだろ。見たいんならはっきり言え」
ゼルが何でもなさそうに言うと、ウーノはもう一度鉱山を振り返る。
リリアは小さく息をつきながら、少年の背を押した。
「せっかくだし、見せてもらいなさい」
「……はい!」
嬉しそうな顔で、領主たちの方へと駆けていくウーノが微笑ましい。
領主たちは一言二言であっさりウーノを招き入れ、それを見てリリアは馬車の方へと踵を返す。
「そういや、坊主とは姉弟でもなんでもないんだったな」
「ええ」
リリアが馬車に乗ると、すぐに動き出した。荷台は幌がかかり、少し油っぽい匂いがした。
「行き倒れていたのを……気まぐれで助けたわ」
「ふうん」
詳しく聞く気がないのか、気を利かせたのか、ゼルはそれ以上何も言わなかった。
――ウーノには少し罪悪感がある。こんなところまで付き合わせてしまった。本当なら荒れ地へ復讐を遂げに行く前に、どこかへ預けようと思っていたのに、本人が離れたがらず、結局連れてきてしまった。
とはいえ、リリアとの関係はそこまでだ、それをどうやら領主をはじめ他の事情を知るものも信じてくれているらしく、ウーノに思うところがないようだ。それならこの発展するだろう領地で、彼は平和に暮らせるかもしれない。
少し意外だったのが、領主がウーノに同情的だったところだった。
領主のグランヴィーオは、姉のジュリアと何があったのか、色々と教えてくれた。
彼は、ジュリアに拾われた。
まだ伯爵家の令嬢だった頃のジュリアは、お転婆が過ぎた。家を抜け出しあちこちを歩きまわっていた。
ある日、家をいつものように抜け出したジュリアは、街の隅で倒れている浮浪児を見つけた。それがグランヴィーオだ。
歩き回る過程でジュリアが知り合った、信頼できる人に預けられ回復したグランヴィーオは、ジュリアのためにと行動をともにしたようだ。
ウーノと自分は似ている、と笑った彼に何も言えなかった。どこをどう見ても、姉を愛する男だった。




