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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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日常をお届け(2)

「水のことだが、今は井戸とかよりも数日置きに来る、レイモア……隣の国から汲み取ってきた水のほうがよく使うことになる。ただまあ、競争みたいになるから、使うなら覚悟して臨め」

「大変なのね……」


荒れ地に水がないことは身を持って知っているが、発展しつつあるこの領地でも事情は厳しいようだ。


「まあなあ。……で、こっちが畑。ほぼ村の一番北になる」


ずらりと並んだ畝、それに様々な作物が植わっていた。

作業をしている人がちらほらといる。

そのうちのひとりがふとこちらに気付いた。


「あれ、ゼルさんまたサボりっすか」


畑から背を伸ばして、青年が話しかけてきた。


「人をサボり魔みてえにいうな。お前こそまた畑いじってんのか」


ゼルが悪態をつく。それに軽く笑って、青年は近づいてきた。


「好きだからしゃーないです。別に書記官の方も真面目にやってるから良いでしょ」

「俺には土いじりの何が楽しいかわかんねえわ」

「人の勝手です。って、あれ?この美人さんは?」

「ああ、領主んとこにいる、」

「え!あの領主様のお嫁さん候補!?」


いっしゅん、時間が止まったような気がした。


「あ?……違う、よな?」


ゼルが恐る恐る聞いてくるので、震えながら首を振った。


「恐れ多いですわ!?」


ウーノは固まっていた。


「あ、あー噂が噂を呼んでってやつ……?とりあえずそれトールとグリウの前で言うなよ」

「?はい?」

「嫁とか関係なくて。こいつの姉さんと領主が知り合いで、色々あって妹のこいつがこの村頼って来たんだよ」

「お姉さん?」

「色々複雑なんだよ、察しろ」

「えっと……すみません、なんか色々失礼なことを」

「いいえ」


とんでもないことを聞いた。

まだ素直そうなこの青年、しかもゼルが誤魔化してくれたおかげで、この場は切り抜けられそうだ。


畑はそこそこに、次に行くというので足早にその場を離れた。


「ババアどももあそこにいたから、聞こえてただろ。少しは噂も消せるだろ」

「……その、ありがとうございます」

「こーゆーのは広まれば広まるほどあとが面倒だからな、ロドリゴ爺とトールの機嫌のためだ」


面倒くさそうに頭をかくゼルに、それでも心のなかで感謝しつつ、彼について行く。


(そうか、突然私なんかが現れたから)


グランヴィーオもいい迷惑だろう。いくら恋人だったジュリアに似ているとはいえ、その妹、さらに命を狙った女と噂を立てられるなんて。

事情はおおっぴらに話せない。今度とんでもないことを言われたら、先程のゼルの真実ではないがウソでもない言い訳を使わせてもらおう。


次は、家畜小屋だった。

簡単な囲いの中に、豚や鶏がいる。


「ここは無駄飯喰らい養成所だ」

「へ?」

「飼ってるが、締めねえんだ。ペットってやつだ」

「……その、不思議ですわね?」


やむなく市井に降りて数年、さすがにリリアにもこんな村で飼う動物たちが食用でないなんてことがどれだけおかしいか分かる。


「理由はある。まあ領主に聞け」

「はあ……」

「って、おい、一匹逃げ出してんぞ」

「あ」


ふとかたわらをひょこひょこと歩く鶏を見つけ、リリアはどうしていいか分からず見送り……意外とすぐその脱走鶏は捕まえられた。

ひょいとその鶏を慣れたように抱え上げ、小脇に抱える、少女。

美しい薄緑色の上に、濃い緑の意志の強そうな双眸。

小柄な体格だが、鶏を大人しくさせるその手腕に驚いた。


「まったく、どこか柵が壊れているようだな」


柵の中に一度鶏を戻し、周囲を見渡す彼女に、ゼルがニヤニヤとする。


「おう、お前こんなとこで油売ってんのか」

「はあ?今は招集がかかっていないぞ、ロドリゴ殿にも呼ばれていない」


ぎろ、と少女はゼルを睨む。

ひゅう、とゼルは口笛を吹く。


「お前、家畜担当にでもなればどうだ」

「馬鹿を言うな、私は責任あるデル・オーの代表だ、豚や羊を相手にしていたら、こう、立場がないだろう」

「大変だなあ、使者ってのは」

「うるさいな。で、そちらは見たことのない顔だな」


つい、と少女に目を向けられ、どきりとする。

なんとなく不思議な雰囲気の彼女に、気後れしていた。


「リリアと申します。この村にはしばらく前から滞在していますわ」

「そうか。私はファナという。この村のものではないが、使者……友軍として滞在している」

「友軍?」

「荒れ地にいる変わった一族の娘だ。この東西の領民にはならないが、いろんなことに協力してくれんだそうだ」

「主に防衛の手助けと、我が一族との連絡役だな。大したことはしていない」

「んで、暇なんで豚のお守り、と」

「うるさいな、どう過ごそうと勝手だろう」


ふん、と鼻を鳴らし、ファナは脆そうな柵の杭のひとつに触れた。すると、土が盛り上がって折れそうな部分を包んでしまった。

魔術師だったようだ。


「すごいわ」

「いや、簡単な応急処置だ。あとで直してもらう」

「動物を扱うの、すごく慣れてるのね?」

「ああ、一族は決まった住居を持たないから、移動する際は家畜も一緒に移動する。総出で引き連れるから自然と慣れてしまうな」

「へーお前がじゃじゃ馬ならしかと思ったぜ」

「いちいちここの村の男は私を怒らせたいのだな?」


額に青筋を立てるファナ。彼女は純粋に怒らせるような言葉を気にしたようだが、リリアは少し……ゼルに疑いを持った。


(……本当に言葉通りかしら)


そう思うのは、傭兵団が一緒にいた頃みんなが面白がってリリアに色々吹き込んだせいだ。

まあ、気づかなかったことにしよう。


「馬といやぁあそこに本物がいる。今は2頭だが近々増える予定だ……お前さん、馬は?」

「乗れるだけ、ね。早駆けもできないし……」


向こうの小屋に、なるほど、馬の尻尾と頭が交互に出ている。


「そうか。じゃあ、次だ」


ファナに手を振り、家畜小屋をあとにすると村の中心に戻って来る。

露店や行商人の馬車が並び、人が溢れていた。


「あれ、ゼルとうとうオハイニを諦めたのか」

「諦めねえぞ俺は!」

「ゼル、飲みに行くぞ、んで金返せ」

「金があればな」

「ティーゴの爺さんが怒ってたぜー訓練すっぽかしたって?」

「ゼルー」

「よお、今度――」


村人から次々と声がかかる。

それに目を白黒させながらついて行くリリアたちを物珍しい目が眺めるが、積極的に声をかけてくるものは幸いにもいなかった。


やっと人の多いところを抜けると、門の近くまできていた。

村の門は変わった作りだった。材木のアーチだけで、囲いは申し訳程度、途中からなくなっていて村の境界線はわからない。

その近くに四角い建物があり、そこが、


「自警団の詰め所だ」


門番と衛兵を兼ねているらしい。


その詰め所の手前に、立派な馬車が停まっていた。

装飾はないが、頑丈な造りで大きな幌を被っている。馬もどっしりとした軍馬に近い。その馬を親しげに撫でている男がいる。


「おん?お前は……」

「あ、あー……ゼルと言ったか?久しぶりだな」


中肉中背の、やや彫りの深い顔立ちの男だった。ゼルより少し年下だろうか。


「えーと、待て思い出す」


相手はすぐにゼルが分かったのに、ゼルはその彼のことをなかなか思い出さない。

見かねて苦笑しながら彼は名乗った。


「東の村長の息子だよ。アンヴェだ。まあ、一時期ちょっと自警団に顔を出してただけだしな」

「あー、あのへたっぴの……あ」


失言に気がついたようで、ゼルははっと口を押さえた。


「いいっていいって。実際剣を振り回すのは……始めるには遅かったし、俺には無理だったしな」


気にするな、とアンヴェ。


「今は剣はすっぱり諦めて、プリスベの御者やってんだ」

「おう……そうなのか」


アンヴェは笑顔で馬の躯を撫でた。


「俺は、昔からなんにもできなかった役立たずでな。村でも肩身が狭かったが……ほら、親父(村長)の息子って、それだけで色々見られるのもあるだろ。ヤケになった時期もあったが、おかげさまで、今になってようやくできることが見つかったよ」

「お、おう、良かったな」


懐かしむようなアンヴェに、ゼルは引きつった顔で相槌を打つ。


(重いわ……)


人生の迷いを煮詰めたような独白は、村の入口で馬を撫でながらにしては重かった。


「まさに適任ですねえ」


そんな声とともに詰め所から出てきたのは、自警団の人間と、小柄な男だった。

小柄といってもただ背が低いとかではなく、本当に、少年のような体型。けれど年はかなりの大人だった。ゼルよりも年上かも知れない。浅黒い肌に、不思議な編み込みの髪。メガネで人相はよくわからなかったが、声は明るい。


「領地への大切な荷物は、信用あるものにしか任せられないでしょう?その点、もともと村人のアンヴェさんは100点満点の信用ってことですね!本来なら必要な面倒な身元を保証する契約書もほとんどなし!まさにプライスレス!」


小男はビッと腕を不思議な角度に止めて、腰をひねる。


「……って喜ばれてな」

「そ、そりゃ良かったな」


小男とは仕事の仲間なのか、アンヴェは困ったように苦笑している。


「おや、お初お目にかかりますか?御令嬢」


メガネを指で押し上げ、軽く会釈する男に――ぞっとする。こちらは何も言っていないのに、出自を言い当てられた。


「いえ、元、よ。今はこの村に厄介になってるの」


リリアの否定におおげさに驚き、頭を下げるジョシュア。


「失礼いたしました!いや、ワタクシの人を見抜く悪い癖が。ワタクシ、ジョシュアと申します。レイモアのメイラ商会支部長を務めております」

「え?貴族の娘さん?」

「だから元だっつってんだろ」


ゼルがうんざりとアンヴェを言い正す。


「で、なんでメイラの支部長さんが来てんだ?」


自警団の男が、ゼルに答える。


「キャラバンの安全面でちょっと相談があるようでな。トールさんと村長に後で通すぜ」

「どちらも捕まりませんでした。運がない……」


くっと、ハンカチを噛むようなジェスチャーで悔しがる……が、そこまで真剣には見えないジョシュアを半眼でアンヴェは見ている。


「うち……プリスベに用があるついでで、緊急じゃねえらしい」

「そうかい」

「では、ワタクシたちはこれで」

「……ああ」


馬車はあっさりと村を出ていく。

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