東の村の魔術師(2)
荒れ地はその昔、肥沃な土地だった。
だが、500年前、悪神が降り立ち、一瞬で水が干上がり、草木は枯れ、大地はひび割れたという。
悪神バ・ラクエ。
悪神がなぜこの土地に降り立ったのかは不明だが、以降呪われた土地として歴史から名前を消す。
確かなのは人が住むには痩せすぎた地面、植物は育たず、水は数か所に雨が降れば数日溜まるだけ、そして、死霊の巣窟であるということ。
「……っていうのが一般的な伝承さ」
意識を取り戻したオハイニは、文句を言いつつも協力する姿勢は変えなかった。
むしろ、畏れはあるもののバ・ラクエに興味はあるようで、積極的な話し合いを申し込んできた。
だが、魔力絶縁だけはしてくれと懇願された。
バ・ラクエにしろ、グランヴィーオにしろ、魔術師にとっては禁忌のような存在だ。意味は分かる。
魔力吸いとは、近くの魔力を差別に吸い込んでしまう存在だ。
魔術師はもちろん、特定の植物や生き物、モンスターなどは魔力を持っている。それらをその近くに行くだけで吸い取ってしまうのだ。
魔術師は自分の力を吸い取る魔力吸いに本能的な危機感を感じる。
そういうわけで、オハイニは、グランヴィーオたちと長い間一緒にいる事は苦痛のはずだ。
だが、興味の方が先立ってしまうあたりが、魔術師というものだ。
あまり自分以外の魔術師には会ったことはないが。
人間は、特別魔力がない生物で、魔術師は特異体質のようなものだ。数十人に1人とけして多くないが、少なくもない。
その中でも、魔力吸いは、希少な体質だった。
まず、数自体少ない。そして、その体質のために長く生きられない。
幼少のうちに命を落とすのだ。
魔力を無限に吸い続ける。魔力絶縁やそのほかのコントロールを身に着けていても、一生それを使い続ける事は不可能だ。
そして、魔術師であるから、魔力の放出もある。その魔力の出し入れは、身体的な負担が莫大だった。
数が少なく研究が進まないため、これといった対処が分からないのだ。
村人たちは帰し、村長の部屋で引き続き細かいところを話している。
グランヴィーオは、正直、困惑している。
――こんな事は想定していなかった。
山一つ、自分の手に収めて、それでよかった。
小さい村とはいえ、従える事なんて考えてもいなかった。
鉱山の事を出されると、グランヴィーオも困る。魔鉱石が見つかってはなおさら。
たしかに、鉱山を糧にしている人間たちがいたのは知っていたが……
どうしようもないのか。
オハイニはこの荒れ地の事を調べているようだった。
バ・ラクエの名を聞き、すぐに気絶するほどには。
悪神の名前は、土地とともに忘れ去られた。知っているのは歴史に詳しいものか、魔術師でも知識が豊富なもの。
「ただ、いきなりバ・ラクエがあらわれたというのは、事実と違うだろうというのが最近の研究。もとは土着神が何らかの理由で変質したというのが有力さ」
「何らかの理由?」
「諸説あるけど……」
オハイニはじっとバ・ラクエを見つめた。
「アタシの考えは、天候や災害によって多くの被害があって、それを神のせいにしたとかね。実際、大洪水で一部の土地が壊滅的な被害を受けたらしいのさ。そして――」
オハイニは一度口をつぐむ。
「……この子、記憶があったりする?」
指を差されたバ・ラクエは、相変わらずどこ見ているのか分からない。
「まだテストしていない」
「女の子の姿の理由は?」
「一番力の強い死霊を媒体にしたからだ」
「な、死霊……!?」
ぎょっとしたのはトールだった。
「死んだ子ってことだろ!?」
「ああ」
「冒涜とでも言うかい」
オハイニはそう言うと、トールは睨んだ。
「そうだろうが。しかも本人を前に……」
「ゲロったのは兄さんでしょ」
グランヴィーオに投げやりに手を振る。
どうやら自分がなにか悪いことを言ったらしい。
「事実だろうが」
「そういうの、あんまり分かんないタイプねー」
ヒラヒラと手を振って、オハイニは首を傾げた。
「そういうことで、この話はここまで。その子が悪神バ・ラクエなのは間違いないよ。ただねえ……」
ちらりと流し目でグランヴィーオを見るオハイニ。
「悪神でございって言って回るのもあんまり良くないでしょ」
「名か?だが、変えようがない」
「変えなくても偽名でどうにかできるだろ、疑似体もゆくゆくは可能さ」
「ふむ……」
「待て、だから何の話をしてる」
トールが苛立っている。
「俺達に分かる話をしろ」
「うーんとは言ってもねえ……」
オハイニは頭をかき、難しい顔をする。
「ようはこの子の正体がわからないような名前をつけてあげなってこと」
「最初からそう言え」
「私達は魔術師だ」
「兄さんもちょっと黙ってな」
あーもうめんどくさい!とオハイニは天を仰ぐ。
「兄さん、早いとこ名前つけてあげな」
「ラクエ」
「早すぎ!?っていうかあんま変わってないでしょ!?」
「音が離れすぎても初期段階では混線する」
「この子いつ契約したの」
「5日前」
「まだ……なのにここまで制御できるの」
「バ・ラクエの力が強すぎた。媒体死霊の力も膨大だったが……足りない分は私の血と魔力で補った」
「ふーん、もうアンタの子供じゃん」
しし、と口から鋭く息を吐きながら笑うオハイニは、バ・ラクエ……ラクエの顔を覗き込む。
「可愛い子ね。ラクエだって」
「わたしはバ・ラクエ」
「どっちもでもいい。バ・ラクエもしくはラクエと呼ばれれば反応しろ」
「うん」
「素直ねー」
オハイニはもうラクエが何なのか忘れたかのような振る舞いをする。さっきなんて倒れたのに。
「あー、で、話を戻してくれるか」
東の村長がむっつりとした表情だ。