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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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過日の美しき(4)

グランヴィーオをそのままにしておけない。

ここで収束を待つことにした。


「俺がレイモアの工事担当に会ってくる」


本来は川の工事の下見のために村を出てきていたのだ。今頃打ち合わせのために現場で落ち合う予定だった。トールが馬を走らせ、知らせに行った。


賊は全員座らせたまま、疲れも知らない死霊に囲ませて置いておくつもりだった。

賊の尋問もあっさりと終わった。


「俺らは『雲切れ』っつー傭兵団だ」


名乗りを上げていた、顔だけは善良そうな男はさらりと言った。

オハイニが知っているくらいは有名だった。


「魔術師殺しの傭兵団だ」

「おお、知ってたか。嬉しいね、魔術師の姐さん」

「うっさい。この女に依頼されたか」

「ああ」


リリアに雇われ、調べるうちにこの荒れ地の領主のことを知った。

藍色の髪はめずらしい上に、冒険者として名前もそこそこ知られていた。

まあ、貴族の娘と魔術師の組み合わせはいろんな意味で目立つだろう。


「こいつの姉さんといい仲だってのも聞いたわ。で、間違いないだろうってな」


最近名を上げた領主を殺す――傭兵団としては格が上がる話だと、俄然やる気になった。

だが、グランヴィーオの力は当然ながら知るわけもなかった。


「……なんなんだ、あの魔術師は」


雲切れに雇われていた魔術師たちは衰弱しきっている。


「魔力絶縁は?」

「……あ」


オハイニが助言すると、それぞれ使ったらしくほっと体から力が抜けたようだった。


「領主のことはどうでもいいだろ、で、アンタらは同業者の殺しを手伝っていたわけだ」

「……そうだ。目標の魔術師の抵抗を押さえるだけの役割だが……」


身震いをする彼らは、本当の恐怖を知ったようだった。

あともう少しあの場にいたら魔術師は死ぬか廃人になっていただろう。


魔力を吸われ続ければ、死ぬ。

魔力は、体内からなくなれば生命のエネルギーも魔力になり、つまり干からびてしまう。

そういった理屈はわからなくても、魔術師は本能で魔力吸いを忌諱する。

さらに、同時にあの魔力の圧だ、魔力絶縁を真っ先にかけたオハイニでさえ、身体が潰れるかと思った。


「俺たちはどうなる?あの……あれは、」


ちらりと彼らの視線の先、レイスのササラが佇んでいる。

どうやらパスは繋がったままで、グランヴィーオとラクエの状態をなんとなくだが理解できるらしい。


使い魔たちは、グランヴィーオが刺された瞬間は、彼に同調していて魔力や意識が止まったらしい。

パスは魔力だけではなく、多少の意識も繋げられるとか。グランヴィーオが概念を融通し、使い魔たちに魔法を使わせるようにしていた措置が、今回は仇となった。


グランヴィーオは、一瞬で混乱の極みに至った挙げ句、いつもの単調さは吹き飛んであらゆる感情でいっぱいになった。


一瞬のブランク。

ラクエは復帰した瞬間に、グランヴィーオの斬り裂かれた腹を治癒した。オーダーではないらしいが、絶対に生かすと、今も命令は待たずにグランヴィーオのケアに努めている。


女と賊の処理は、グランヴィーオが戻ってきてから彼に委ねる。

怒りが先立っているトールなどは、何度も剣を抜きかけては抑えていた。


オハイニも、当然リリアのことは許せない。

気持ちはわからないでもない。女性として不名誉な噂を立てられ、殺された大事な姉、そして家族は崩壊し国を追われることに。

誰かを恨まずにはいられなかったのだろう。

だが、それが逆恨み、しかもおそらく同じように悲しんだ人間を殺すつもりだった――その浅はかさ。


リリアが全てを知って、復讐を決意する頃にはおそらく公爵はダンジョンの塵になっていたのだろう。

行き場をなくした怒りは、姉の噂の元になった男に向かった。

姉の仇を討った、グランヴィーオに、だ。


本当に、こんなに馬鹿らしいことはない。嫌悪すら覚える。


実のところ、ここで処刑しても誰も文句は言わないはずだ。だが、リリアのことを考えると、グランヴィーオには一言言う権利があるだろう。


オハイニは魔術師たちには答えず、背を翻したところで……


「あ、おい!」


グリウの慌てた声。

ハッと振り返ると、座らせていた賊の一人が、地面に倒れていた。


「ウーノ!」


それを見たリリアが、悲痛な声を上げる。

立ち上がろうとしたリリアを、ベルソンが肩を押さえた。


「離して!あの子を……」

「……意識はあるみたいだな」


グリウがその倒れた人間を抱き起こす。

オハイニも少し気になっていた、まだ少年である。

見るからに普通の少年だった。年は14、5歳といったところか、整った顔立ちに、青い瞳と桃色の髪。成長期特有の細い体で、儚げと言ってもいいかもしれない。


「ねえ、その子は関係ないの!だから逃がしてくださらない?」


……リリアが妙なことを言い出した。


「いや、一緒にいたのに、関係者でしょ」

「知らないのよ!本当に!」

「……で?」

「行き倒れていたのをちょっと面倒見ていただけよ、こんなところに連れてきたのは悪かったけれど……」

「本当だぜ」


『雲切れ』の頭領がどうでもよさそうに言った。


「俺たちの仲間じゃねえ、おひいさんが勝手につれてきて勝手に面倒見てただけだ。ま、そのうち取って食おうって腹づもりだったか」

「うるさい!」


相当な剣幕でリリアが怒鳴る。

どうやら、少年が直接この件とは関係がないのは信じてもよさそうだ。


グリウが少年に水を飲ませている。

彼の表情は疲れている。やや伸びてきた桃色の髪が頬に影を作っていた。


(……ん?)


その少年を見ていると、何かを思い出しそうだった。すぐにその既視感めいたものは消えて、考えてもよく分からなかったが。


「……甘いかもしれないけど、この子だけちょっと休ませるか?」

グリウがなんとも微妙な顔をして提案する。

オハイニもつられて眉根が下がった。


「……しょうがないねえ」

「いえ、僕だけなんて、だめです」


きっぱりと少年は言った。


「僕だって結局ついてきてしまって、お姉さんを止められませんでした、いえ、何をするか、知ってましたし」

「……ウーノ」


ウーノとリリアに呼ばれた少年は、すみませんでした、元の位置に座った。


「……悪人みたいだな俺ら」

「……本人の意志を尊重すべき?」


だが、また数時間後に倒れたウーノに、さすがに気が咎めたオハイニたちは休ませることにした。


トールが帰ってきたのは、日をまたいで次の昼頃だった。


「メイラ商会の人間がいて、早馬を出してくれると言った。村には知らせが行くだろう」

「え、まさか事情話したの?」


ぎょっとしたが、トールは苦笑した。


「んなわけねえだろ、適当にごまかして手紙預けただけだ」

「おお、良かった……トールそういうところちょっとアレだし」


グリウが叩かれた。

グランヴィーオの光は目立っていて、荒れ地を道行く者たちが事情を聞きにやってきたりしていたが、それもどうにか誤魔化している。


『あ、もう少しでお戻りみたいですよ、マスター』


突然ササラが報告した。


「もう少し?」

「本当か?」


数時間後。


ゆっくりと、光が――地面へと沈んでいった。

まるで夕日が地平線に沈むように。


幻想的とも言える光景だが、オハイニの背を冷たくした。

鳥肌が立つ。


「ダンジョン」

「え?」

「できる、ダンジョンが」


凄まじい空間の歪み。

大量の魔力が吹き出し、渦巻いている。


恐怖と期待、不安と歓喜。


世界の謎が、ここに現れる。


「構えてて、いつ魔物が飛び出してきてもいいように。リリアたちは動くな」


腹立たしいが、結界を賊の周囲に張っておく。


やがて――

光が、沈みきって消えた。


穴は、先のダンジョンの堰の隣にできていた。

ぽっかりと口を開けたような、暗い大きな穴から、ばっと複数の影が飛び出した。

羽の生えた、犬くらいの大きさの体を持つコウモリ、飛ぶように跳ねる蛇、鋭いくちばしと大きな爪を持つ鳥。


ササラがふわりと飛んだ。


『あ、中にラクエ様とマスターがお待ちです』

「〜〜だよな!」


グリウが矢を射る。


「ササラ!手伝いなさいよ!」

『えーマスター以外の人間の命令は聞きませんー』


レイスは姿を消した。


じりじりと前に進みながら、トールとベルソンは、剣と斧を振り回す。

穴までは十数メートル。あまりにも魔物が多くて遅々として進まない。


そのうち、魔法を使うコウモリが現れ、それをオハイニは結界で防ぐ。


「く……」


魔力の消費が激しい。

イルゲから万が一にと持たされた魔力封石は次々と空になる。

光の玉が消えてからずいぶん楽にはなっているが、ダンジョンができたせいだろう魔力が周囲に漂い、妙に体が重い。


トールたちの前進も魔物の多さに負けて、鈍い。

考えている暇はない。


「トール!ベルソン!こっちに来て!」

「……なんだ!?」

「今から、無理やり道を作る。1分も持たないから、その間に穴に飛び込むぞ」

「……ああ、何でもしてくれ!」


トールも焦りが見える。オハイニは手早く、残り半分の魔力封石から魔力を引き出し――自分たちを中心に結界を急速に広げた。

大規模展開のさい、魔力の構築が不安定な魔術師がよくやる手だが、今は空間を定義するより押し広げ拡大する、という方法が必要だった。


広がっていく結界に、魔物が押し返されていく。

それが、穴にまで到達したとき――


「今だ!」


全員走った。走り、穴に飛び込む。

下は数メートル、吹き抜けていた。


「……っう!」


このままでは落ちて大怪我を――

が、ふわりと浮遊感に包まれ、地面に激突するまでにスピードが落ちた。


(魔法?)


柔らかく着地し、改めて眺めた。

広い洞窟のような空間に、魔物があちこち動き回っていた。


「ヴィーオ!ラクエ!」


その真ん中に、ふたりがいた。


結界が張ってあるらしく、周囲数メートルは何も寄せ付けていない。

ラクエは立っていて、こちらを見ていた。グランヴィーオは――地面に横たわったまま、反応がない。


「ヴィーオ!おい!」


トールの声も、聞こえていないのか。

焦るけれど、また魔物が集まってきた。先程よりも量が少ないのは恐らくいいことだろう。

切り捨て、叩き落とし、射る。


「……くそ、またさっきの結界?できるか!?」


トールの言葉に、オハイニも頷きたい、が。


「できるけど……」

「けど!?」

「その後カスも魔法できないぞ」

「……ああ!」


残った全ての封石から、魔力を引き出し――

結界は走るように領域を広げた。


「行くぞ!」


ラクエの立っているところまで走る。

やはりあまり保たなかった結界の消失ギリギリで、待っていたラクエのそばまでやって来れた。


「ヴィーオ!」


横たわった彼のまぶたは閉じている。

膝をついたところで結界は消失。ラクエが察して、また小規模な結界を張り、全員がその中に入る。


「無事か……!?」


マントや服は焼けているが、本人は傷ひとつないようだ。


「ヴィーオはぶじ。もう、起きる」


ラクエが以前の表情が少ない顔に戻っている。

その頭を撫でながら、数分も待つと。

グランヴィーオは、目を覚ました。


ほっとするオハイニ達を見て、すまなかった、とぽつりと言った。


「大丈夫か?意識はしっかりしてる?覚えてる……ぽいね」

「ああ……」


グランヴィーオは立ち上がり、周囲を見渡す。


「ダンジョンか」

「ここから一回出よう」

「ああ」


奥の方に横穴があいている。

それをグランヴィーオは気にしているが、それもすぐに視線を外し、魔術を構築する。


星魔法。

重力というものを操り、重量の計算を曖昧にする術という、書物で読んだことしか知らない。


全員地面から跳ぶように言われ、ジャンプすると、そのままふわりと浮き上がった。


「お……おお!?」


グリウが悲鳴なのか歓声なのか、よくわからない声を出した。


そのまま浮遊し、上昇していく。

魔物たちは相変わらず襲ってくるが、それを阻む無数の結界が作られていた。ひとつひとつの結界が一匹一匹を囲い、妨害し、自分たちには近づけない。

……言うのは簡単だが、この一連の魔法は人間にはできない。魔力も、構築の精度や量が桁違いだ。

ラクエと、グランヴィーオの合作といったところか。


穴からはすぐに出られた。

ぽかんとした賊たちは放っておいて、結界でダンジョンの入口を塞ぎ、離れつつ残った魔物を倒していく。


「……そんな」

「うそだろ……ダンジョン、ってやつなのか、これも」

「……化け物……」


ざわざわと騒ぐ雲切れたちも、グランヴィーオの姿を見て、さっと沈黙した。


リリアは、まるで幽霊を見るかのように凝視していた。

その彼女に、グランヴィーオは近づいていく。


「リリア、だな。リリア・ルーシス」

「……どうして?」


グランヴィーオは、笑った。


「すぐに気づいた。ジュリアより髪の色が濃い」

「……よく覚えていらっしゃるのね。私、は……」


リリアは、ぼうっとうわ言のように口を動かしながら、倒れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ場所にダンジョン二つも発生するのは知識の峰に対する隠蔽としてやばくないか?...w
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