過日の美しき(3)
オハイニいわく、見上げるほどの巨大な光の球は、グランヴィーオの魔力らしい。人間に見えるくらいの高濃度の魔力。
怪我を負い、激しく動揺したグランヴィーオの魔力が制御を失い暴走した。
それを、結界が押し留めていた。
『ラクエ様の結界ですわー良かったですわね、マスターの魔力に焼かれなくて』
ササラがあっけらかんと言うには、ラクエも、グランヴィーオと一緒にあの光の中にいるという。
『今は傷も回復されて、中でお休みですわ。溢れた魔力を整えないといけませんから』
「無事、なのかい、これで」
オハイニはまだ気分が悪いらしく、青白い顔だ。
かなり離れたのだが、光はだだっ広い荒れ地でよく見えた。
『ええ無事も無事。……元通りですわ、ちぇっ』
「今余計なこと言ったら気が立ってるからアンタにも何するかわかんないよアタシ」
意味不明なササラの言葉は一旦無視するとして、トールは捕まえた女らに顔を向ける。
腹の底から煮えたぎるような怒りを抑えながら、果たして尋問できるか不安だった――殺しかねない。
賊は全員跪かせ、死霊で取り囲んだ。
さきほど一人、また逃げ出そうとした下っ端らしい男は、ササラがあっさりと死霊に殺させた。それで残る輩は逃げることは諦めたようだ。
どうやら雇われていたらしい魔術師たちは息を吹き返したものの、まだ感じるグランヴィーオの魔力と魔力吸いの感覚にほとんど動けず転がっている。
女は何故か気を取り直したらしく、元気に喚いている。
「嘘よ!ちゃんと殺したもの!私を騙して気を削ごうというのでしょう!」
「うるさい、黙れ」
プラチナブロンドの髪を掴み、顔を上げさせる。アイスブルーの瞳はぎっとトールを睨みつける。
「黙らないわ。嘘でしょう、怪しげな魔法まで使って」
「……イカれてるなお前」
狂気じみた光が目に宿っている。
「元気ならそのまま喋ってくれ。なんでグランヴィーオを殺そうとした?」
「復讐よ」
きっぱりと、女は言った。
「あの男を殺しに、ここまで来たの。長かったわ……本当に」
うっそりと笑う女は、20代なかばくらいの、ただ眺めるだけなら誰もが美女だと褒めるだろう。
今は、気が狂いかけた危ない人間にしか見えないが。
「いいわ、私も話したいもの――あの男がいかに卑劣で下衆か」
「はあ……」
トールは脱力した。
叩いたり蹴ったりは必要ないらしい。
実のところ、女がどんな思惑でグランヴィーオを襲撃したのか、それはどうでもよかった。
まあ、トールは女に何を話されても信じていないが。
グランヴィーオがたとえ女に殺されて当たり前の男だったとしても、この荒れ地で彼を害されるわけはいかなかったのだ。
鉱山の所有者であり、一帯の領主。彼がこの荒れ地に奇跡を起こしてくれた。それに対するこの地の民の正しい行動は、彼をあるじと認めること。
こんなふうに、グランヴィーオを危険な目に合わせた自分への怒りもある。
ここにいる幼馴染や東の村の魔術師も似たような気持ちだろう。
――落とし前をつけなくては。
笑いながら、女は滔々と語る。
「私の名前はリリア・ルーシス。ノウェーズ王国の伯爵家の娘、だった者よ」
トールはノウェーズ王国のことはよく知らないが、どうやらかのユグトル帝国の征服戦争に真っ先に恭順し、今もかろうじて形を保っている珍しい国らしい。
「私には姉がいたわ。その名はジュリア・ルーシス――私が殺したグランヴィーオとかいう魔術師の犠牲になった女性よ」
「はあ、ものすごい恨みだね」
オハイニが毒づく。
リリアとかいう女は嘲った。
「当たり前よ。お姉様を汚して殺しておきながら、のうのうとこんなところで領主?笑えるわ」
ジュリアという伯爵家の長女、リリアの姉は変わり者だった。
幼い頃から伯爵家の教育には反発し、淑女になることを拒否し、ついには家を飛び出した。
リリアはその頃、姉とは全く逆に、従順に貴族の娘として必要な教養を身に着けている最中だった。
姉妹で鏡のような性格。けれど、小さな頃から優しい姉へ、リリアは憧れとともに確かな愛情があった。
家を飛び出したあとのジュリアの数年は詳しいことは知らない。
冒険者になったのだと、2度ほど帰ってきたときに彼女の口から聞いた、それだけである。
その姉が、突然、ルーシス伯爵家に戻ってきた。
伯爵家に縁談が持ち上がったのだ。
相手は公爵、ヘスピアン家。
公爵夫人が亡くなり、後妻を探しているということだった。
家柄はやや落ちるが、未婚の娘がいるのは伯爵家だけだった。
妹には、婚約者がいた。反抗的で、貴族社会では弾きものだったがゆえに婚約も結ばなかった姉に白羽の矢が立ったのだ。
「でも、私もお姉様が帰ってくるとは思わなかったの。これと決めたら意志を曲げるような人ではなかった――なのに、帰ってきてしまったの」
たった3日で、ジュリアはヘスピアン公爵家へ嫁いでしまった。
「翌日、お姉様は死んだわ」
公爵に、殺されたのだ。
「理由は、純潔ではなかったから」
ジュリアには恋人がいたのだ。
不貞の花嫁を寄越したと、公爵家は伯爵家に賠償を請求した。
「でも、次の日には、私は婚約を解消され、隣国に嫁ぐことに決まっていたのよ――すべての伯爵領を、嫁資にして」
つまり、公爵の要求をかわすために、隣国へリリアごと領地を売ったのだ。
怒ったのはノウェーズ王だった。
領土を勝手に切り売りされた怒りだろう。
ルーシス伯の売国が発覚したのは、リリアがひっそりと国を離れさせられる直前だった。
ルーシス伯爵は処刑。夫人は、長女ジュリアの死亡の報と、それが醜聞として国中に広まることに耐えられずほとんど正気を失っていた。
夫人とリリアはともに監獄へと送られることになった。
「……おかしいでしょう?訳の分からない理由でお姉様は殺され、お父様はいきなり私ごと領地を隣国へ売った――おかしいわ」
リリアは監獄に収監される前に脱出した。
「調べたわ。色々とね。分かったのは、ルーシス伯の商会に大規模な交易の話が決まっていたことと、それを国王と公爵が狙っていたということね」
そして、公爵は結婚という手を使い伯領を丸ごと手に入れようとした。
その動きを、ルーシス伯は知っていた。
ジュリアが帰ってきたことは、予定外だったのだろうが、時間稼ぎには十分だと思ったはずだ。
従うふりをして、ジュリアを公爵に嫁がせ、そのうちに隣国へ領地を売却する。
だが、公爵は、あっさりと差し出された花嫁を殺害した。
「理由は何でもよかったのよ、難癖をつけて、伯領を巻き上げるつもりで……国王はこの公爵の行いに口を出さなかったわ。だって、ふたりで伯領を分けるつもりだったものね」
「……復讐と言ったな、なんでそれでグランヴィーオを殺したかったんだ?」
トールは理解ができない。
話は、分かる。
ジュリアは、グランヴィーオと恋仲だったのだろう。
彼自身冒険者と言っていた、そのこととも一致する。
リリアに刺されたあの時、明らかに動揺していたグランヴィーオ。妹に愛しい女の面影でも見たのか。
だから、トールたちも、動揺したのだ。そのほんの一瞬で、リリアは目的を遂げかけた。
油断していた、グランヴィーオが強いという思い込みは、こんなところで自分たちに牙を剥いた。
リリアは、しかし、不思議そうに首を傾げた。
「だって、お姉様の名誉を穢したのよ?あの男がお姉様に近寄らなければ、こんなことにはならなかったのに」
それが当たり前だと言うように。
(どうかしている)
ジュリアの死も、その噂も、どれもこれもグランヴィーオのせいではないというのに。
トールはめまいがした。
「……お前、さっき自分で言っただろ、公爵は理由は何でもよかったと」
「お姉様を穢したのはあの男でしょう――お姉様を貶めて、殺されるのを黙って見ていたのよ」
「違うだろ、グランヴィーオは、」
「黙って見ていた?」
トールに被って、冷え冷えとした声が言った。
オハイニが、凍りつくような表情でリリアを睥睨していた。
「馬鹿言うな。黙って?どうしたらそんなこと言えるわけ」
「はあ?こんなところで忘れたような顔で領主なんかに、きゃっ」
オハイニが腕を伸ばして、リリアの胸ぐらを掴み上げた。
「公爵家。ヘスピアン。アタシは聞き覚えがあるよ――3年前、邸宅ごとダンジョンに飲み込まれた公爵だ」
トールと、グリウ、ベルソンは絶句した。
ジュリアの仇であるはずの公爵が、ダンジョンに呑み込まれた――
リリアは笑った。それは、嬉しそうに。
「そうよ、天罰が下ったのね。あのユグトルの皇帝だって最後は城ごとダンジョンに呑み込まれたっていう話じゃない。悪人を神は見逃さないのね。私が直接殺せなかったのは残念だけど、」
「この荒れ地のダンジョン、どうしてできたと思う?」
オハイニはほとんど割れるほど低い声を聞かせた。
「……やっぱり天罰なのかしらね?」
ことりと小首をかしげるリリアの襟首を締め上げて、オハイニは低い声で呟く。
「あれは、グランヴィーオが作った」
「…………え?」
「グランヴィーオが作ったんだよ、アイツはダンジョンを作れるんだ」
「………?」
理解が及ばないと、リリアは目を見開いて動きを止めた。
それを突き放し、オハイニは手を払った。
「復讐と言ったな、こんなところにまで逆恨みなんてみみっちいことし来た馬鹿なアンタの代わりに、ちゃんと復讐したんだよグランヴィーオが!」
「本当か、屋敷ごとと言ったか」
トールが聞くと、オハイニは苛立たしそうに、
「有名だよ、ヘスピアンのダンジョン。そういう顛末があったことは知らなかったけど」
「……不思議じゃない、か」
あの、グランヴィーオの身内への情を示すような行動。
リリアが現れたときの、あれほど動揺したグランヴィーオを見たことがなかった、それだけでもジュリアとやらが相当大事だったと、納得はできる。
「……最後の最後、実は荒れ地のダンジョンのことは疑ってた」
オハイニは髪をかきむしりながら言った。
「アイツの口からでしか聞いてなかったしね。桁違いの力とバ・ラクエ……状況的に嘘を言うほど馬鹿らしいものはないから、信じるしかなかった、っていうだけで。今の話を聞いて確信した。間違いなくダンジョンを作れるんだ、ヴィーオは」
リリアは半笑いだった。
「また怪しい話をして、どうしてそんなにあの男を庇うの?」
「アンタこそ、どうしてそんな軽いおつむなわけ」
「あなたこそ分かってるの?どれだけ荒唐無稽な話をしているか」
「馬鹿らしい!」
オハイニは言い捨てて向こうへ行ってしまった。




