過日の美しき(2)
オハイニの相談が終わり、グランヴィーオは旅の支度をする。
いよいよ、あと少しでレイモアの水路が荒れ地に到達する。
その工事の下見だ。
オハイニが一緒に行きたいと言いだした。
「構わんが」
「仕事はどうしたよ」
同行するトールがうろんげに言うが、オハイニはこたえた様子もない。
「いいじゃん、イルゲに任せても」
「……あいつも本当に大変だな」
しみじみとするトールに、怒った顔でオハイニは拳を繰り出したが、躱されている。
「俺たちも行きてえ」
「……」
そのうちにグリウとベルソンが寄ってきた。
「アンタらこそ仕事は」
「今はもう全然他の奴らで村の防衛は任せられるぜー」
グリウが疲れたような顔をする。
「自警団のジイさんたちも引退だーって言ってる」
最近あらゆる商会や商隊が領地を出入りし、それに伴って冒険者や護衛の数が増えた。そのうちに自警団や対死霊部隊に志願するものもいて、特に拒む理由もないので、だんだんと人員は増えていた。
「それに最近喧嘩の仲裁しかしてねえんすよー俺だってたまに矢を飛ばしたい」
「要するに、飽きたと」
「俺ぁ獣狩ってるほうが性に合ってるっぽい」
「ベルソンも?」
こっくりと頷く。
「なーたまにはいいだろ!」
「駄々っ子か。別に悪かないよ……」
グリウがオハイニに詰め寄った。変な絡まれ方をしたオハイニはぞんざいに手を振る。
トールがため息をついた。
「1時間後に出発するぞ」
村を出て1日。
馬車で出かけたせいか、ほとんど敵に会わずにダンジョンの近くまで来てしまった。
「結局ヒマだ……」
「ホント年齢下がってない?グリウ」
「しょーがねーっすよ、暇なんすから」
「お姉さんといいことしよって言ったのに」
「イルゲに怒られても知らねえっすよ」
「くっ……最近全員それ言うのよね……」
そういうオハイニも、それ以上言わないのだからイルゲの存在はなんだかんだ有効らしい。
「実際どうなんだ?イルゲって」
グリウが暇つぶしを見つけたとばかりに聞いた。
オハイニはうっと言葉に詰まり、しおしおと肩を落とす。
「……きらいじゃないさ、もちろん。でも、アイツは冗談通じないし……」
「たしかに、全然そういう話をオハイニは振らないな、イルゲには」
「振れるわけないだろ」
「どうしてだ?」
御者台のトールがにも聞こえたのか、口を挟んできた。
オハイニも、グリウも呆れたような顔をする。
「だってあからさまに好きです言われて、安定した生活捨ててまできたやつに、気軽に遊びよって言える!?」
「そうだぞ、さすがにそれは……」
「……意外と真面目っつーか」
トールは失言と気づいたのか、頭をかく。
「前は節操のない女だと思ってたんだが、違うみたいだな」
「うるさいよ、別に節操なくてもいいだろ……」
妙にブスくれた顔でオハイニ。
「家庭持ったやつには絶対手を出さないもんな」
グリウは訳知り顔で腕を組んだ。
「マートンが結婚した時は大丈夫かって思ってたんだけど、全然修羅場とかないし」
「もしかして期待してたのかお前」
トールが呆れきった声を出したが、グリウはにやっと笑っただけだった。
「そりゃ、人様のモノに手を出すほど落ちぶれちゃいないよ。クズと一緒にされちゃ困る」
「ホントよく分からねえやつ」
「理解されなくていいですぅ」
「……おい」
ベルソンがこちらに指差し、それで全員がグランヴィーオの方を見て、うっとショックを受けたような顔をする。
「えーおはなし終わった?ラクエも聞きたい」
グランヴィーオの両手に耳をふさがれたラクエが、不満そうに膝の上にいる。
「……悪かった」
グリウが項垂れた。
「す……すごい罪悪感が……」
オハイニはよろよろと荷台の床に腕をつく。
「最強はラクエだな」
ベルソンが勝ち誇ったような顔をした。
「……けど、よく喋るようになったよね、ラクエちゃん」
オハイニはぼんやりと呟く。
「おてて」
グランヴィーオが手を外し、その手を掴まえて握るラクエはそのままにしておく。
「最初は人形みたいだったもんな、ラクエ」
「召喚したてだったからな」
今思えば色々と無茶をした召喚だった。
もう少し慎重だったら、と思う時はある。
バ・ラクエという神霊の概念が、調べて構築したものとズレていて、本来なら必要ない血液まで代償にした失敗一歩手前だったのだ。
けれど、どちらにしろバ・ラクエの使役はグランヴィーオの中で決定事項だった。
今も後悔はしていない。
「……そういや、最初のダンジョン攻略のまんまメンバーじゃねえか」
トールがふと思い出したように言う。
そういえばそうだったか。
「あー、でっかい犬と水しか覚えてない」
グリウが何を思い出したのか、頭を振った。
「アタシとしてはまたダンジョンに潜りたいところだけど」
「……」
「ベルソンはもういいって顔だね」
二度目の彼は、魔術師に付き合って面白くもない攻略だったのだろう。
「ほら、言ってるうちにダンジョンだ」
トールが手綱を引きながら言った。
緩やかに止まる馬車。荷台から降りて、ダンジョンの近くまで寄る。
未だ魔物の脅威を恐れて、結界は張り続けている。
いくら改良した結界であっても、たまに張り直さなければならないのだ。
ちょうど近くを通るため、今回は張り直すことにした。人が通れるものだから、腕試しや面白がった人間が入り込んでいるようだが、彼らには責任を負わない。
封石から魔力を引き出し、穴の堰から包むように、ドーム型の結界を構築。
「ラクエもお手伝い」
「……ああ」
似たようなものを作り、すり鉢状に下がっていった最後に地下へ抜けた穴を、グランヴィーオの隣に立っているラクエが封じた。……ひとつ封石を空っぽにしたが、まあ良いだろう。
「ラクエちゃんえらい」
「うふふ」
オハイニに頭をなでられ、ラクエは嬉しそうに笑う。
「さて、じゃあ……」
「待って。誰か来た」
馬車に戻ろうかという時、グリウが声を上げた。
方角的には、レイモアへ下る南だ、そこに、数人の集団が荷馬車を引いてこちらに歩いてくる。
「……商人か?」
「魔術師がいないか?」
オハイニが訝しげに呟く。グランヴィーオは魔力絶縁で感知は不能だが、オハイニが言うならそうなのだろう。
「……ああ!人がいた」
先頭で、馬に乗った男がこちらに届く声でそう言う。
「いやー良かった」
「どうしたんだ、ここはダンジョンだぞ」
トールが声を張る。
集団はこちらにたどり着くと、馬車に乗っていたらしい人間も顔を出し、十数人程度が並んだ。半分くらいが日よけのフードを被っている。……長時間歩いているらしい。
「道に迷った商人です。道がわからなくて歩いていたら、噂のダンジョンが見えたので、見学にと」
馬から降りた男は、人が良さそうな顔でのんきに言い放つ。
「危ないよ、いつ魔物が出てくるかわからないからね」
「そうなのですか?ですがお客に乗せた魔術師が結界があると……」
「……まあね」
魔術師らしい、商人一行に混じっている男たちはオハイニの胡乱げな視線に居心地が悪そうだ。
「なに?鉱山に行くの?」
「はい。私たちは行商を営んでいる……」
「ああ、それは村の外れの商館で言ってくれ。俺たちは無関係だ」
トールが遮った。彼もどことなく警戒していた。
「……そうですか?そちらは領主のお方では……」
「そうだが。だが商売については管轄外だ」
難癖をつけられても困る。
オハイニが、来た方向を指さした。
「商人さんたち、あっちに見える山が鉱山だ。真っすぐ行けば商館に行き当たるよ」
「ご親切に」
にこりと笑い、男は踵を返そうとして、足を止めた。
「ああ、そういえば、領主様にお届け物を預かっておりまして」
「……なんだ?」
その時の不信感は、正しいはずだった。
トールたち全員が身構えたのは、最近人間相手に喧嘩や不祥事を取り締まることが仕事になっていたからだろう。
――結論から言えば、悪かったのは、グランヴィーオだった。
仲間たちの一歩前に出ていた。
商人と名乗った男の影に隠れていた、細身の人間が姿を現した。
その人間は、長い丈のフードを被っていた。
「グランヴィーオさま?」
女の声だった。
どこかで、聞いたことのある――
フードを払い除けた、その彼女は、笑っていた。
美しい女だ。淡く金に光るプラチナブロンドがフードからこぼれて落ちた。
白い肌に、すっとした鼻筋。アイスブルーの丸い瞳が、炯々と光っている。
その顔を見た途端、グランヴィーオの心臓が、痛いほど跳ねた。
背筋に冷たいものが走る。息が、胸が詰まって――
不意に、力をなくした足が後ろに下がる。
赤い唇が、うっそりと嘲笑う。
「この顔に、見覚えは?――あるみたいね」
女は、すっと、腕を上着から出した。
握られているのは、見覚えがある――
(ジュリア)
にっこりと、美しい女が嬉しげに笑う。
「良かったわ。心置きなく、殺せる」
鈍い光と、激痛。
ぶつ、とどこかで何かが切れる音がして、
その時、全員が目撃したのは、領主と呼ばれた男が不意に目の前に現れた女に驚愕したようによろけ、その女が――領主を、隠し持っていた剣で刺した。
直後、突然のまばゆい光が辺りを満たし、ものすごい衝撃ですべてが吹き飛び、全員が乾いた地面に転がった。
領主を刺した女も吹き飛び、地面に何度も転がってようやく止まる。
手には、折れた剣の柄だけが残っている。
周囲は眩しい光が拡散している。
ちょうど、女が領主を刺したその場所に、大きな球のような光があった。
「……は……はは、」
身を起こし、女は狂ったように笑い始める。
「あはははははははは!やったわ!やりましたわお姉様!」
「う、くそ……おい、ずらかるぞ!」
近くに転がっていた商人と名乗った男は顔を歪ませ、笑い続ける女の腕を取る。
「やったんだろ!はやく……」
『逃がしませんわー』
突然、女の声が響いた。
ぎょっと、男が振り返る。そこには――
美しい女が立っていた、半透明の。
紫の髪に赤い瞳。服は何故か場違いなメイドのお仕着せ。
表情はゆるく笑みをかたどっているが――それが恐ろしいものに見えて男は固まった。
女も笑うことをやめ、きょとんと半透明の女を振り返っている。
そのうちに、その女、ササラの背後に、ひとつ、またひとつと白い靄が立ち上る。
それは、徐々に形を整え、人の形になる。
「死霊……!?」
『マスターを殺そうとした罪――楽に死ねるとは思わないことねー』
「くそ、ま、魔術師……」
男があたりを見回すと、地面に吹き飛んでいたふたりの魔術師は、ひとりは地面の上でピクリとも動かず、もうひとりは恐慌をきたしたように悲鳴を上げながら悶絶していた。
「おい!なんのためにお前らを雇ったと思って……!」
『ムダですわ。この魔力の混沌に勝てるまともな魔術師はいませんことよ』
陽気に、ササラはうそぶいた。
その間にも、どんどんと死霊は増え続けていた。まるで、男たちを囲うことが目的のように、増えてはいるが、襲ってこない。
ただならない事態に、男たちは呆然とした。
何が起こっている?
つい、とササラは光の塊を見上げた。
『……回復フェーズ終了。パスの正常復元……ふう、どうしてマスター、あなたは人間なの?人間だからよね。愚かなことね……』
うっとりと、ササラは笑みを浮かべる。
『その妙なこだわりさえなければ、新たな神としてこの世界を支配できるでしょう。まったく、愚かだわ……あら、怒ってしまいました?ラクエ様』
「この……!」
ようやく、トールたちが戻ってきた。かなり遠くへ飛ばされ、急いでもこの有り様だった。
「何しやがった!この女!」
トールが怒鳴り散らし、男を蹴り倒し、女の肩掴んで地面に押し付ける。
「……ヴィーオ、生きてる、んだよね、」
フラフラと覚束ない足取りで、グリウに支えられオハイニが、光に近づく。
その言葉に、愕然としたのはアイスブルーの瞳を持つ女だった。
「嘘、でしょ、腹を引き裂いたのよ、お姉様の剣で」
地面に押さえつけられた女に、冴え冴えとした目を向けるオハイニの顔は、真っ青だった。
「……この光……魔力はグランヴィーオのもの。放出し続けるって、ことは、それと、う……」
口を押さえて、崩れ落ちる。
「おかしいと、思ってたんだ……パスで魔力、排出……てるのに、この力は、なに……総量が合わない……」
「オハイニ、下がってろ、俺でもやばいんだ」
脂汗をにじませながら、グリウがオハイニを抱え直した。
「どうやら、うちの領主はかろうじて生きてたみたいだな」
獰猛な、今にも喉元に食らいつきそうな笑みを浮かべて、トールは唸った。
「なんでこんなことをしたか、洗いざらい吐かせるからな……素直に吐いても楽にはなれねえと思え」
「くそ!」
逃げ出した商人と名乗った男は、しかしすぐさま足をもつれさせて倒れた。ビクビクと地面で小さく跳ね、すぐに動かなくなる。
「……おい、ササラ。こいつは生かせ」
ベルソンが倒れた男を足で押さえた。
ササラは残念そうな顔をした。
『ええーつまりませんわ。まったく……』
男からふわりと白い靄が離れ、むせ返ってまた跳ねるのを、ベルソンは踏みにじって押さえた。
「うそよ……うそ……やっと……に」
呆然と、うそ、と繰り返す女を乱暴に立たせ、トールは顔を歪ませた。
「……俺は馬鹿か」




