神霊バ・ラクエ(4)
「ふうん、因果だね」
村に帰り、魔術師であるイルゲが聞きたがったのでバ・ラクエたちのことを話す。
「この土地も人間たちが自分らで呪ったようなもんか」
オハイニは呆れ返っているようだった。
「神霊もたまったもんじゃない。守ってきた人間たちに裏切られて、悪神と呼ばれて。そりゃ魔術師が作り直して使い魔にしても、嬉しそうなの見たらデル・オーたちだって何も言わないわ」
彼らはバ・ラクエが神殿から居なくなったのに気づいていた。
最初は慌てたものの、突然現れた魔術師が連れている少女がそうではないかと注目していた。
南の村の勘違いで送られてきた告発――魔術師が悪神と死霊を従えているという通達を北の村から聞き、ほぼ確信していたようだった。
バ・ラクエの悪神たる恩讐は鳴りを潜めているようで、荒れ地に害をなすどころか人間たちに協力しているのを見ると、何はともあれ悪いことではない。それで今回打ち明けるつもりになったらしい。
誰も手をつけられなかった変質した神霊を使い魔にできる魔術師に、刃向かえるはずはないと諦めも混じっているか。
ラクエがひどい扱いを受けるようなら、また違った反応だっただろうが。
「で、友好の証として、ファナちゃんがうち(領地)に来た」
デル・オーは立場としてグランヴィーオに完全な服従はできないため、同盟を結ぶ提案をされた。
使者として、族長の娘が村に住むことになったのだが……トールがものすごく不満そうであった。
それはさておき。
「……で、ずっと黙ってるけど、ヴィーオサマ」
オハイニは、帰り道から一言も喋らない領主に疑問をいだいているようだった。
聞いた話は彼の知らなかったこととはいえ、罪悪とも言える有り様である。反省しているのか――とは思ったりもしたが、どうも嫌な予感がする。
「……よし」
「いや、よしって、何が……ぎゃっ」
「うわぁ!?」
突然、グランヴィーオが自身の魔力絶縁を解いた。
現在の居場所であるオハイニの家にはイルゲたちしかいないため、被害者はこのふたりだけなのはいいことだが。
「くう……こんなこともあろうかと!アタシたちも絶縁の上級!覚えたもんね」
「それでもこの寒気みたいなのはきっつい」
グランヴィーオに教えてもらい、彼がいつも使っている魔力絶縁の上級をものにした元『知識の峰』の魔術師たちは、領主の規格外への対応にも慣れてきた。
グランヴィーオの体質が魔力を無尽蔵に吸うものであるから、魔力の流れを止めることを目的とした魔力絶縁を使えば、魔法を使えない代わりに魔力も吸わない。
言い換えれば魔術師の力を体外に出させない、という効果もある。オハイニたちもそれを使えば、グランヴィーオの体質を相殺できる……という理論だ。
だが、次の瞬間に少しだけあった自惚れも消えてしまう。
グランヴィーオのそばに、いつものようにラクエがいたが――いつのまにか、増えていた。
増えていた、2人に。
「……!?」
「……!……!」
驚愕で、言葉を失ったオハイニとイルゲ。
ふたりのラクエは、寸分たがわず一緒だった――が、よく見ると、表情が違う。1人は最近いきいきとしてきた子供らしいラクエ。もうひとりは、召喚されたてのときのぼうっとしたもの。
数十秒、ふたりのラクエが並んで座っているのを無言で凝視し続ける全員。
ふっと、ひとり、無表情の方のラクエが、消えた。
「……やはり安定が課題か」
いつものぼんやりとした調子で、グランヴィーオは言った。
「……――なに!?」
「え?幽霊?あっドッペルゲンガー?」
「もともと幽霊部分もあるでしょ!?」
「ああそうだっけ!?」
ぎゃあぎゃあと喚くふたり。
ラクエは、あれ?とグランヴィーオに向かって首を傾げた。
「わたしもうひとりいた?」
「ああ、正しくは疑似体だが」
「……疑似体!」
オハイニははっと冷静さを取り戻した。
「……つまり、疑似体!」
「オハイニ、まだ混乱してるね?」
疑似体とは、使い魔を分裂させることができる魔法だ。
正しくは、そのうちの一体はコピーということではあるが。
この魔法の難しいところは、厳密にその存在を定義するために、名を別に与えつつ概念を正確に把握しなければならない。
分からないものは作れない。魔法の基本であり、最高難易度の魔法のひとつでもある。
だが、おかしい。
「……お前が確か提案したはずだが」
「へ?アタシ?……ああ、」
目を見開いたまま、オハイニはきっぱりと言った。
「まさか本気でやるとは思わなかった」
「え、無茶振りじゃん」
イルゲが真顔になっている。
「俺はその疑似体っていうのすら知らないよ……」
「疑似体とは、使い魔の概念を魔力凝縮の素体に転写し……」
「ほうほう……」
不幸にも、この場に誰も魔術師の話を止めるものがいなかった。
時間を忘れて話し込み、深夜に帰ってきた領主に、まさかまた逃げられたかと大慌ての西の村だった。




