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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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神霊バ・ラクエ(1)

今は最低限と、まだ荷台しかない馬車だが、ずいぶんと活躍している。

北へと向かうために村のものを使わせてもらったが、馬を含め増やすことを検討しなければならないようだ。


馬車に揺られて、ぽつりぽつりとデル・オーの娘は一族について話した。


デル・オーのファナは魔術師ではないという。


「魔力はあるし、お前たち魔術師と変わらないくらいは魔法とやらを感知できる。だが、私が扱う術は魔法ではない、ということだ」

「どういうこと?」


オハイニが興味津々で尋ねると、見たほうが早いだろう、とファナは手を宙にかざした。

その手のひらに、ほんのりと光が灯る。


「どういうことだ?」

「え?」


魔術師のグランヴィーオとオハイニはただ驚くだけだ。

構築が、見知ったものとまったく違うものだった。


「理解したか?」

「いや全然!?」


ファナはいたずらげににやりと笑う。


「まったく違う理論で魔力を扱うのだけは分かっただろう。これは精霊術だ」

「精霊……?」


神霊とは違うものなのか。

オハイニはハッとした。


「まさか、本当に?」

「ああ。お前たちにどう伝わっているのかまでは知らないが」

「……ウソでしょ?こんな近くにこんなものが……!」


何やら嘆くオハイニ。笑うファナ。


「……また魔術師の話してやがる」

「でもヴィーオが話についていけてないぜ」


トールとグリウはどうでも良さそうだった。


ファナの先導で、一行は北へ向かっている。

デル・オーの族長に会ってほしい、と言われて、はいそうですかとは答えづらかった。

彼女たちは何者なのか。敵ではないというが、どういう意味なのか。


だが、オハイニが張り切ってしまった。バ・ラクエの話が出たからだ。

バ・ラクエと、マルグリットという名前だった悪神の媒体に使った少女。

どちらのことも、デル・オーが答えられるという。


グランヴィーオも、この話に乗らないわけがない。

ロドリゴが、領主がまた抜けると云々、とは言ったが、バ・ラクエについて完全解決は不可欠だと魔術師全員が結託した。


ファナは最初とうって変わって、朗らかに話す。どうもテングレスの大量採集の件と己が西に行かされることに疑問を持っていたので、かなり苛立っていたらしい。


西から旅立って早々、トールは苦言を呈したことがあった。


「とは言っても抜剣、あれはねえだろ……」

「うるさいな!いつものとおりやっただけだ」

「喧嘩腰にまくし立てて言うこと聞かなかったら剣を抜く。蛮族だぞ」

「な――!?侮辱したな!?我が一族を!」

「え?一族全部そうなの!?」

「わ、私が一番剣を抜いているが……」

「ああ、よかったぜ、全員こんなじゃなくて」

「きっさまぁ!」


……どうも、トールとファナは仲が良くないらしい。


「いや、結構似てる気もするけど」


とは、グリウの言だが。


オハイニはファナからちらほらと聞くデル・オーのことで、その一族に見当がついたらしい。


「精霊と交わった一族だね?」

「ああ、その通りだ」

「精霊とは?」


グランヴィーオは思い当たることがなかった。


「ああ、意外と知られてないのか……」


オハイニは目を丸くした。


「精霊は、神霊の一種族だ。よく全部まとめて神霊って言われるから、知られてないっぽいみたいね」

「別々なのか?」

「うーん……」

「人間でいうなら人種の違いと思ってくれればいい」


ファナが補足してくれた。


「神霊と精霊の決定的な違いは、肉体と同等の体を持っていたかどうかということだ」


たしかに、神霊は霊体のみの存在といわれている。


「……肉体ではないのか?」

「そうらしい。私も会ったことはないから不思議だったんだが……」


ファナはちらりとラクエを見た。


「今のバ・ラクエ様と同じということだろう」

「なるほどね」

「まだ私も半人前だ、詳しいことは母上が知っているだろう……ああ、ついたぞ」


話しているうちに、目的地についたようだ。

北の村。

デル・オーとのつながりは囁かれていたが、かなりの古い縁があるようだ――バ・ラクエとも。


「おや、どういうことだい?西とファナが一緒にいる」


北の魔術師のヘレナが、村に入って来た面々を見て面白そうに近寄ってきた。たびたび鉱山のことで顔を合わせたり手を借りたりしていて、彼女たちとは知らない仲ではない。


「ああ、ちょっとな。ズィーラの爺は相変わらずか?」


親しげにファナもしゃべり、2,3話したあと別れた。


「村長には知らせてくれるそうだ。顔は出したほうがいいだろう」

「そうだな」

「けど、ここには挨拶に来たわけじゃないんだ」


ファナが勝手知ったりとずんずんと向かっていくのは村の端だった。


見えてきたのは、大きな家だ。

古めかしい平屋だが、よく手入れをされている。木材に塗り壁をしてあるらしく、灰色のそれは乾き気味の荒れ地の風景と溶け込んでいた。


「え、でかい」

「こんなところあったの」


東西の住民全員が驚いているから、隠されていたのだろうか。


「あまり部外者には見せたくないからな。ちょうど死角になるように建ててあるらしい」

「本当だ、入口が見えねえ」


後ろを振り返ったトールが感心したように言った。巧妙に民家を連ねて、回り込まないとこの家には辿り着かないようだ。


「ここに用がある」


ファナが木製のドアを叩き、少し待つと、ガチャリと開く。

中から現れたのは、まだ10歳くらいの少女だった。

金髪で、青灰色の瞳がきょろりとファナを見て、にこりと笑う。


「いらっしゃいませ、どうぞ」


まだ言い慣れなさそうに歓迎の言葉を述べて、ぱたぱたと中に入っていく。

ファナもごく自然に続き、全員中に入る。


見たところ、普通の家のようだ。内装は、荒れ地にしては少し凝っているが。

ファナは迷いなく進んだ。廊下らしきところに出て、さらに奥へと歩いてすぐに、アーチのような入口を見つけ、そこへあっさりと入っていく。


入った途端――壁一面に並べられた書物が目に入る。


「うわ……」


誰かが感嘆の声を上げた。

壁一面、本を並べた書棚だった。


やや広い部屋に天井は少し高めの作りで、その際までぎっしりと本が詰まっている。圧巻だった。


「なにこれ……」


オハイニが今にも食らいつきそうな目でそれらを見ている。


「おお、ファナか」


人がいたようだ。本に見入っていて、気づいていなかった。

振り返ると部屋の隅に椅子に座った老人がいた。総白髪で、顔はシワだらけで目の縁とシワが一緒になっている。鬚が胸元まで伸ばされている。


「ズィーラの爺。久しぶりだな」


ファナがそちらに行き、膝をついた。低い椅子に座った老人の目が、ちらりと彼女を見た。


「元気だったか?」

「ああ、もちろんだ。今日はお願いがあって来た」

「……ああ、分かるよ」


いつのまにか、部屋の書棚の前にはふたりの子供がいた。

一人は先ほど出てきた金髪の少女、もう一人は……その子供とそっくりそのままだった。見分けがつかない。

双子か。


「ふむ、誰だね」


ズィーラと呼ばれた老人のうっすらと開かれた目は白い。瞳が動いている気がする――こちらを確認しているらしい。


「その、男に抱き上げられている少女だよ」


ファナの言葉に、ズィーラは頷いた。


「3番目の棚、7段目の一番右だ」


双子がさっと動いた。


「うわあ、こんな下の取ったの初めてだよじいちゃん」

「すごく下だね」


双子が同じ声で口々に言い、二人がかりで本を一冊取り出した。

革張りの、青い染料で染められた古めかしい本だ。それを双子は片手ずつで恭しく持って、ズィーラのところへ運ぶ。


「「どうぞ」」

「ありがとう」


ズィーラは二人の頭をなで、それから膝の上に置いた本をぺらりとめくる。


「……間違いはないだろう。お嬢さんの名前は、マルグリット」


全員息を呑んだ。


「わたし?」


名前に反応したラクエに、ズィーラは相好を崩した。


「おお、記録にあるとおりじゃ。黒髪で黄金の瞳を持つ、愛らしいお嬢ちゃん」

「記録……?そんなものがあるの?」


オハイニは驚愕から覚めて、ようやく絞り出す。

グランヴィーオはズィーラの膝にある本から目を離せずにいる。

ズィーラは髭を撫でて、それからファナを手招きし、耳打ちする。


「……分かった」


ファナが立ち上がって、双子に話しかける。


「爺の邪魔をしちゃいけないからあっちの部屋で待っていよう。それと……君も」


彼女がそっと手を差し出したのは、バ・ラクエにだった。


「不安定なのだろう。しばらく耳を塞ぐ必要がある」


つまり、聞かせられない話ということか。


だが、今少しでもグランヴィーオからラクエを引き離すのも不安だ。

まだササラがいるなら良かったのだが、彼女は先のラクエの暴走で半分消し飛んだ状態だった。再召喚は待ったほうが良い。


「大丈夫だ、貴方によく懐いている。言い聞かせれば少しくらいは離れてくれるはずだ」


「……分かった。ラクエ、今から少しだけ私と離れてくれ。何かあったら、呼ぶといい」

「少し?ちょっと?」

「ああ、何かあったらすぐ駆けつける」

「うん、分かった」

「ほんと、こういうの見てたら親子みたいね」


オハイニがニヤニヤと笑っている。


ラクエは意外と素直に言うことを聞き、手を差し出していたファナのそれを握って部屋を出ていく。


「……で、どういうことなの?何故あの子の名前を知ってたの?」


オハイニはうずうずと、早口で尋ねる。

ズィーラは目をシワに埋もれさせ、口元はピクリと震えた。


「その質問に答える前に、我ら北の村の来歴を簡単にお教えしよう」


デル・オーが精霊と交わった一族なら――北は精霊に仕えた一族だった。

ただの人間だったが、血縁すべてで精霊に服従し、それを認められていた。


「すべての精霊に対し、我らは信仰を捧げたのだ」

「神霊だものね、崇めたくなるのも分かるわ」


おそらく、バ・ラクエを思い出していたのだろう、オハイニは訳知り顔だった。


「その忠義は、神霊が去られるまで続いたのだが……」

「待った。よく神霊は『去った』って言われるけど、どういうことなの?この世界から、どこかに行ったってことなの?」


オハイニは今度こそ食らいつくように老人との距離を詰めた。

……どうやら、別の空間についての研究の手がかりかと思っているらしい。


グランヴィーオも記憶を掘り出す。

神霊の時代はいつ頃始まったのかは知らないが、終わりはよく知られている。次々と姿を消し、1000年から600年ほど前にほとんど姿を消したのだ。

霊物であり、寿命は途方もないはずの神霊が、どうしていなくなったのか――それは謎だった。


ズィーラは戸惑ったようだった。


「それは……はっきりとは分からんのう。いくつかの記録には、『新しい国へ行く』『良い住処を見つけた』と言い残したと……」


「集団でどこかに行った、っていうのは、考えても良いんだね……」


オハイニは小さく独り言で何か言って、それから我に返ったようだ。


「ああごめん、続けて」

「ええ。ですが、この土地神として崇められたバ・ラクエ様や、数名の神霊や精霊は残られたのだ。彼らはこの地で交流し、我らはそのうちこの『オーディレ』にとどまるようになった」


『オーディレ』。それが、荒れ地の本当の名らしい。


「デル・オーの一族と儂らはその頃からの縁だという話だ。彼らは彼らで精霊の一族に認められ、独自の血を守ってきた……これは族長に聞けばよろしいか。そのまま、バ・ラクエ様らをお守りしていければ……という、願いは、500年前に破られたのじゃ」


オーディレには当時、人間の領主がいた。長年治めた一族で、神霊とも共存していた――はずだった。

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