少女マルグリット(4)
高濃度の魔力。それが魔力絶縁を施していてもうっすらとわかる。
それに、身の内で急激に乱れる魔力の流れ。
「ラクエ!」
使い魔であり、悪神の彼女の気配が強い。
突然だ、普段かけている魔力絶縁も、オーダーとして制限する魔力も、全て振り切って彼女が活発化している。
(一体何が)
ぐらぐらと揺れる詰め所から出た。だが、村全部が揺れているらしく、激しいものではないが皆不安そうにしていた。
グランヴィーオは、一目散に村の奥の方へと走っていく。
パスを辿ると、村はずれの家畜小屋に着く。
そこには、荒れ狂う魔力と風をまとい、呆然と立ち尽くすバ・ラクエがいた。
風のせいで周りにいた数人の村人が身動きできずにいる。
「全員動くな!」
魔術で結界を張り、風と魔力の影響を消してその場にとどまるように指示。
そこでふと気づく。
家畜小屋の周辺に放牧してあったらしい家畜が、この風なのに吹き飛んでいない。
その場から動けないらしく、鶏などはばたばたと羽を広げているが、煽りを受ける様子がない。
「……結界」
おそらく、バ・ラクエのしわざだ。
風の轟音にまぎれて、囁くような女の声が聞こえた。
『申し訳……せ……抑えきれ……』
ササラだ。
どうやら巻き込まれたらしい。
「気にするな」
ふっとササラの気配が消える。以前グランヴィーオが消した時より残っているため、心配はないだろう。
「ラクエ」
立ち尽くす使い魔に呼びかけても、反応がない。
ゆっくりと、グランヴィーオは彼女に近づく。
契約者であり、パスが有効なため、あまり彼女の影響は受けない。
それでもプレッシャーに息苦しさを感じる。
どれほど、力を出しているのか。
「ラクエ。バ・ラクエ」
再度呼びかけると、ようやく彼女の目がこちらを向く。
「どうした」
「……あ、」
ポロリと、彼女の黄金の瞳から、涙がこぼれて風に散る。
「何があった」
「……こ、ころすって」
「なにをだ」
一歩一歩、足が重く、駆け寄れもしない。
ラクエはポロポロと涙をこぼし、ついにはしゃくりあげた。
「だめ、ころさないで」
「……そんなことはしない」
「うそ!うそ!言ったもん!この子たちを――」
聞いたことのない、幼い声の悲痛な叫び。
「この子たち?」
……周囲に子供はいない。
村人の、数人が青ざめたところを見てなるほどと合点した。
家畜担当の村人、そして、結界で守られた家畜。
「……ラクエ、」
「ころさないで!」
うわん、と周囲に魔力が拡散する。ばき、と音立てて折れた柵が、空に舞う。
絶叫が、魔力と一緒に周囲に響く。
「マルグリットをいけにえなんかにしないで!」
「……そうか、それがお前の名か」
マグリットなる子供も家畜も知らない。
生贄と、はっきりと『理由』まで出た。
マルグリットは、この『少女』の名前だ。
「ラクエ、バ・ラクエ、マルグリット」
そっと、力を込めて名を呼ぶ。
あくまで、なだめるように、流れを遮らないように。
「大丈夫だ、ここには、誰もお前を殺そうとする人間はいない」
「いや!」
「俺が、お前を守ってやる。約束しただろう、お前は、俺の大事なものだ」
それに偽りはない。
召喚したあの日から、バ・ラクエとはグランヴィーオのすべてを賭けるものになった。
「大丈夫だ、『今度こそは』守ってやる」
もう、二度と失うものか。
目を見開いて、バ・ラクエ、いや、マルグリットはグランヴィーオを見つめた。
「……ほんとうに?」
「ああ、絶対に」
「……この子、たちは」
「殺さない」
安請け合いしたが、こうするしかない。
魔力を少しずつ同調させ、凪ぐようにコントロールする。徐々に収まっていく魔力と風に、動けなかった村人はほっとしたようだった。
やっとラクエのもとにたどり着き、そっと抱き上げると、ふっと力が消えた。
グスグスと鼻を鳴らして泣くバ・ラクエは、当然ながら初めて見た。
(たしか……)
こういうときは頭を撫でてもよかったはずだ。
つややかな黒髪を撫でていると、どうやら落ち着いてきたらしく涙も止まった。
「……グランヴィーオ様、ご無事で」
ロドリゴたちも落ち着いたと判断したらしく、近寄ってくる。
「ああ、問題は解決した」
周囲は少し散らかっているが、怪我人はいなさそうだ。
「……解決したな」
名前も、どうしてこの年で亡くなったのかも。
想像だけで大体は分かってしまった。
「心配は当たっておりましたな」
ロドリゴはやるせなさそうに肩を落とす。
「子供らには、初めての家畜でありましたので」
彼が以前、家畜とともに遊ぶ子供らを見て悩んでいたのはそのためか。
家畜はただ飼うわけではない、大事な食料だ。
それをどう教えようか迷っていたのだろう。
「……なるほど」
ふと、そんな呟きをしたのは、デル・オーの使者の娘だった。
なぜかこの場にいる。
魔術師のようだから、ラクエに怯えて逃げたかと思ったのだが。
プレッシャーにやられたらしく、青白い顔でトールに支えられている。相当無理をしたようだ。
「何故?」
端的に聞くと、彼女はうっすらと笑った。
「母上、族長が私を寄越したわけだ。これを確認してこいという命だったのだな」
「これ?」
「ああ、いや。言い方が悪かった」
先程のいらだち、怒りに任せて剣を抜いた少女とは思えないほど静かに、ゆったりとグランヴィーオへ近づいてくる。
「私はデル・オーの正統後継者。名をファナと申します」
片膝をつき、見上げた緑の目は、バ・ラクエを見つめていた。
「気高き神祖の再びのお目覚めに、一族を代表してお喜びを申し上げます」
ラクエはきょとんと彼女を見下ろしていた。
「……どういうことだ?」
「少なくとも敵ではなかった、ということだ」
裾を払いながら立ち上がり、ファナは落ち着き払っている。
「先ほどは失礼をした。心からお詫びする。そして、お願いを聞いてはもらえないだろうか」
全員が呆気にとられる中、ファナはごく穏やかに提案した。
「我がデル・オーの族長に会いに来てほしい」




