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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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少女マルグリット(3)


トールたちがグランヴィーオの帰還の連絡を受けたのは、リュケーの商会の信頼できる御者からだった。彼がたまたまレイモアへ向かう途中にトールたちと行き合ったため、翌日には村に帰ることができた。

なんとも脱力するような出来事だった。


昼に差し掛かる時間、ようやく村の姿が見えてきた。


「あー……眠い」


グリウが馬上であくびをしている。トールは呆れた。


「だからもう少しゆっくり行くぞって言ったんだ」


夜の火の番は交代でしたため、睡眠時間がどうしても短くなる。自分よりも体力がないグリウが持つとは思えず、もうしばらく休んでからと野営地で提案しても、さっさと帰りたいと言い張ったのだ。


「だって我が家が一番だろ……ん?」


もう一度あくびをしかけ、器用にも止めたグリウは、じっと村の方を見つめる。


「なんか揉めてね?」

「あ?」

「ほら、入口」


言われて目を凝らすと、確かに入口で数人が立ち往生しているようにも見える。


「……急ぐぞ」

「ああ」


何かトラブルだろうか。

やがて、言い争う声が聞こえてくる――


「……というのか!」

「ですから……ので、お待ち下さいと」

「我ら……か!」

「そうではなく……、ともかく今しばらくお待ち下さいとしか」

「さっきからどれだけ待たせていると……!」


ひとり、フードの小柄な人物が喚いている。高い声、どうやら女らしい。それをなだめているのが門番と数人の村人だ。


「どうした」


トールがたどり着き、声を上げると、村人たちは顔を輝かせた。門番は自警団の年若い17歳で、まだあどけなさが残る顔でトールを見てあからさまにほっとしたようだった。


「トールさん!戻ってきたんですか!」

「ああ、……で、何があったんだ」

「その、お客人らしいのですが……」


ためらいがちに言うところを見ると、どう怪しいと踏んでいるのか。

フードの『お客人』とやらは、くるりとトールに向き直ると、


「なんだ、貴様は」


……なるほど、通すに通せないだろう。


軽くため息をつき、トールはまずは対話を試みた。


「この村の自警団のもんだ。何か用か」

「さっきから言っている、領主を出せ」

「……領主と知り合いか?」

「関係ないだろう。私は使者としてここにいるんだぞ、この無礼が西のやり方か」

「待て、話が見えない。使者だって?」

「その……デル・オーだとか」


半信半疑で門番のヘスターもその名を口にした。


「――デル・オー?」


神出鬼没の謎の集団だ。

荒れ地にいることはわかっているが、ほとんど姿を見せないため、いきなりこうやって目の前に現れると驚き、疑う。


「……なにか書状、」

「ないと言っている!だが族長からの直接のお言葉を賜っているのだぞ!?」


いや知らねえ。


とは、その場の誰もが思っていたことだろう。


「……あー、確認してくる、だから、」

「これで何度目だ!?もう待てん、いいから私を中に……」

「おい!」


使者とやらが無理やりヘスターを押しのけて入ろうとするのを、彼が止めた。

さらに腕を振り上げて暴れようとするのを、トールが見かねて押さえると、バッと振りほどかれた。フードは飛ぶように横へずれ……腰に手をやる。


見ていたグリウが悲鳴じみた声を出す。


「正気か!?」


フードが手にしたのは短い剣だった。

思わずトールとヘスターは剣を抜き、グリウが弓を馬から下ろす。


じっとりといやな汗が浮いてくる。

フードが、トールたちが剣を抜いた瞬間、地を蹴ってこちらめがけて走り込んで――


ゴンッ!

と、鈍い音がしたと同時に、地面に転がった。


「……!?」


悲鳴らしきものを上げながら、フードは悶絶して地面で丸くなる。

その拍子に、布がはだけ、中に隠れていた髪がこぼれた。薄い緑色の、美しい色だった。


「……グランヴィーオ様!」


村人のだと声に顔を上げれば、村の入口からゆっくりと領主が現れた。ロドリゴとタツィオ、ベルソンも一緒にいるところを見ると、誰か騒動を報告したのか。


「あ、ちゃんと戻ってた」


グリウがため息をついている。まったく、同じくほっとする。

どうやら、領主は結界でフードの突進を邪魔したらしい。


「……デル・オーの使者とやらはそなたか?」


ロドリゴが穏やかに声をかけると、地面に転がっていた『お客人』はばっと顔を上げた。


「そうだ!私が使者だ!領主はどこだ!」

「こちらに」


ロドリゴもさすがににべもなく、片手でグランヴィーオを指し示すだけで挨拶もなかった。

使者とやらは顔を歪めた。


「嘘を言うな!領主は魔術師と聞いたぞ!?」


ロドリゴが静かに一言、


「……ヴィーオ様」


見たことがあるな、このシーン。

と、思う間もなく、使者がまた地面に転がった。


「あ、うわあああ!」


ガタガタと震えて使者は丸くなり……それで、大人しくなった。




「こんな化け物とは聞いてないぞ……!」


ひとりごとのつもりか知らないが、隣のトールにはばっちり聞こえている。


新設した自警団の詰め所で、使者の話を聞くために領主とロドリゴ、トールとタツィオが囲んでいる。

ラクエはどこかで遊んでいるらしい。最近は領主とその使い魔を別々に見ることも少なくない。


急に現れた使者とやらがあれだけ堂々と名乗る以上、デル・オーの関係者の可能性は高いと拘束などはしなかった。

門番たちに剣を向けただけで本来なら賊扱いだが。


使者の態度は相変わらず褒められたものではないが、グランヴィーオの『脅し』には屈したようで、暴れる気はなくしたようだった。


18歳くらいの、まだ少女と呼べる年頃だった。やや短い薄緑の髪に、濃い緑の瞳。勝ち気そうに眦が上がり、肌は透けるように白い。

美しい少女だ、黙っていれば。


「で、何用ですかな?」


ロドリゴは顔だけは好々爺に戻っている。

それに油断しているのか、使者はつんと顎を上げた。


「領主に物申しに来たのだ」

「ほう、何を申されに」

「貴様が無断で持っていったテングレスを返却せよと、族長がお怒りだ」

「……」

「……」

「……あ?テングレス?」


しまった、というような顔をしたロドリゴとタツィオ。

何を言っているのか分からず、トールは首を傾げたが、どうやら西の方は多少覚えがあるようだ。

……グランヴィーオは相変わらず表情がない。


「……もしや、そちらが栽培されていたので?」


恐る恐るといったタツィオに、使者は首を振った。


「いや。だが我々の貴重な資源であり、むやみやたらに採集されれば今後の生活に関わる。そこの領主は一角を根こそぎ持っていった。再び実をつけるのは1年後だぞ」

「……なるほど、それは謝らねばならぬところですな」


ロドリゴが顎を撫でながら頷く。


「おい、本当にこいつの言うことが正しいのか?」


トールは話が飲み込めない。色々差し引いても信じるにはまだ足りなかった。


「こいつとはなんだ、無礼な」


むっと目を釣り上げ、使者はトールに指を突きつける。


「私をなんだと思っている!」

「なんでもいいが……なんで……その、採集したのが領主と分かった?」


どうやらロドリゴが否定しない以上それは本当のことらしい、が、不思議だった。


「見ていたからに決まっているだろう」

「……え?」

「見ていたからだ、資源を管理する者が。だが、止めようにもそもそもが自然のもの。我らが独占するものではないと見守っただけだった。だが……それを、この男は!」


今度はグランヴィーオを指差した。

グランヴィーオは頭を下げた。


「……すまなかった」

「素直!?」


ぎょっとして使者が椅子の上で飛び上がる。

ロドリゴも目を伏せ、


「いや、知らぬこととはいえ、すまなかったの。少し村の方でも……使い、減ってはいるが返却しよう」

「そ、そうか」

「だが、村の者に剣を向けたことは少々目をこぼすこともできぬのでな」

「……?……うっ」


一瞬なんのことだ、と言いたげに黙った使者だったが、思い出したらしく、顔を赤くする。


「……その、黙っていてもらえるか。母上にどやされる……」

「母上?」

「……その、私はデル・オーの族長の娘……です」


突然肩をすぼめる少女に、ははあ、と全員が了解した。


「……そもそも一族なのか、デル・オーは」


グランヴィーオの頓着しない言葉に、さらに使者は固まった。


「え……嘘だろ?それも秘密だった……!?」

「――そのあたりは聞かなかったことにしましょう」


ロドリゴが好々爺に戻った。


「ですが、すこしばかりこちらの言い分も聞いていただきたいものですな、族長の娘殿」

「う、うう……ファナと呼んでくれ」

「分かりました、ファナ殿」


にこにこと笑っているが、ロドリゴはおそらく素早く計算をしている。

ふと、トールも引っかかった。


(なぜ、この娘だったんだ?)


こちらに非があるらしい抗議を、ちゃんとした使者が書状を持ってくればこんなまわりどいことにも、隙を見せて足元を掬われることもなかったはずだ。


ロドリゴのことをよく知らなかった……というのは、先の鉱山のことでデル・オーの関係者は何度か顔を出している。

舐めた小娘を差し出して解決するだろうと、いうほど甘く見ているとは思えない。


「さて、ファナ殿……」


ニコニコと笑うロドリゴが、彼女にとっては悪魔に見えただろうその時。


当のファナ、それとグランヴィーオが同時に立ち上がった。ガタッ!と粗悪な椅子はふたつとも倒れ、そして。


ドンッ!と突き上げるような地響きが、詰め所を襲った。

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