少女マルグリット(2)
結局、グランヴィーオは4日後に帰ってきた。
いなくなったときと同じように、突然執務室の机に、いつものように仕事をしていました、とでもいうように、座っていた。
「お、お戻りに……」
「ただいま」
と言ったのは、グランヴィーオの傍ら床ににクッション積んで座るラクエだった。彼女がつぶやいた途端、ぱっとササラが姿を現す。
「ササラ!」
それを見てにこっと笑うラクエに……ササラはその場で崩れ落ちた。
『ぐうううううわたくしのラクエ様がこんなにかわいい』
「ササラ?」
『うっぐすっ何でしょう、ラクエ様』
「これ!」
ラクエが立ち上がって、跪くササラに何かを渡そうとする。
『アラ?あの、ラクエ様……』
「あげる!」
笑顔のラクエに、さすがにたじろいだササラがもじもじと手を動かす。
『……あ、あの、わたくしレイスなので、モノは持てません……』
「そうなの……」
しょぼんとしたラクエに、ササラが慄いた。
『あああ、持てます!がんばります!』
……どうにか魔力でそれを手のひらで受け取るような格好で浮かせている。魔力のとんでもない無駄遣いだ。
だが、
「食べて!」
『ヒィ!?さらに難題!?なんですのこれ』
「わかんない」
「あの……これは?」
明らかにラクエの言動が人間に近くなっている。
ロドリゴが面食らっていると、グランヴィーオは机の上の紙を一枚持ち上げながら、こともなげに言った。
「林の中で実っていたのを見つけた」
「……?――ああ!」
ラクエがササラに渡したものだろう。ロドリゴが動揺しながらさらに口を開こうとした時、
「ちょっと!ヴィーオ戻ってきたって……」
扉が急に開き、オハイニとゼルが飛び込んできた。
執務室の机に領主の姿を見つけ、オハイニは脱力したように体を折って、ゼルは天を仰いだ。
「っはー……ホントにいた」
「やれやれ……」
「オハイニ、どうしてここに」
ロドリゴが聞くと、いや普通に用事、と彼女は返した。
「そしたらヴィーオが戻ってきたって聞いて……ん?」
ふとオハイニが部屋の隅を見た。
「何あれ?」
「ん?木の実……?」
「おや?」
部屋の隅にあったため、ロドリゴは動転していて気づいていなかった。
小山のように置いてあるそれは、ゼルの言うとおり木の実だった。親指の先ほどの小粒で、赤茶けた色をしている。
「……あれ?テングレス?」
オハイニが近づいてよく見てから呟く。
「これ、薬の材料とかになるやつだよ。どうしたの」
「北の外れの林に生っていた」
「北……?」
あまり行かないところなので、オハイニは頭に地図を浮かべながら首を傾げた。北の村より西の方に行くと、たしか荒れ地の境界線近くに林があったはず。
「群生してたの?ちょっと背の低い木に実ってるはずだけど……」
「ああ」
そう言いながら、ひょいと自分の手元からそれを出し、口に放り込むグランヴィーオ。
「……」
「……」
「ふーん」
「あっちょっ」
ゼルがそれを見て、山になったひとつを口に含んだ。オハイニが声を上げたが、間に合わなかった。
ゼルの顔色が豹変する。苦悶の表情になったかと思うと、だっと部屋を飛び出していった。
「……味すごいんだよね、渋酸っぱいというか」
「……ヴィーオ様。お食べになりましたな?」
「ああ」
もうひとつ、口に入れた。表情は変わらない。
「うまい」
「――……さようで」
「……少しもらえる?」
「少しなら」
「…………ありがと」
オハイニはなんだかなー、と天井を仰ぐ。
『あっ、ダメです!ダメ、ラクエ様そんなご無体なぁー』
「もーそっちはなに!?」
ラクエがぐいぐいとササラの顔に手を押し付けていた。なぜかラクエからは死霊に触れるのだ。
その光景にギョッとしたオハイニ。
「ど、どうしたの」
「ササラが食べない」
「あーもしかして、テングレス?」
『お許しくださいいいい』
「……だめなの?」
『はい!駄目ですごめんなさい!』
「ラクエもこれキライ」
ぷくりと頬をふくらませたラクエを見て、オハイニがふらりと体をかしげた。
「……めっちゃしゃべってる!?」
「ほほ……」
ひとり静かに、グランヴィーオもショックを受けていた。使い魔にまで否定された味覚だった。
北の林に、神霊バ・ラクエの神殿がある。
ほとんど誰も近づかないため、古文書も曖昧にしか書かれていない。
そこで召喚したのが今のラクエ――悪神バ・ラクエ、荒れ地でもっとも強い死霊の少女の姿をした、グランヴィーオの使い魔だ。
「……そこに行ってきた?」
「ああ」
「……そう」
グランヴィーオがしばらく村を離れてどこに行っていたかを話すと、全員がなんとも疲れた顔をした。
オハイニは頭に手を当てて眉根を寄せている。
「……なんで誰にも言わなかった」
「ササラを置いていったはずだが」
『誤解ないように申し上げますと、マジでわたくし行き先を知りませんでした』
被り気味にササラが言った。
「……そう。トールとグリウには会わなかった?」
「?いいや」
「アンタを探しに行ったんだよ、いきなりいなくなったから」
「……なるほど」
「それだけ?」
「手間をかけさせた」
「……――まあ、いいや。トールたちが帰ってきたら謝りなね」
「ああ」
オハイニ始め、集まった面々に生暖かい目で見られたが、よく分からない。
オハイニが椅子の上で足を組み、脛まで露わにしながら、
「で、ラクエちゃんどうしたの」
「神殿で、少し記憶が戻った」
「ふうん、それで?」
「バ・ラクエと死霊だった少女が会っていたらしい」
「え!?」
『まあ』
「つまり……?」
全員が不思議そうな顔をしている。
だが、グランヴィーオもそこまで分かっているわけではなかった。
「いや、その2つの記憶がラクエの中で一致したらしい。それ以上は彼女の口からは要領が得ない」
「ああ、なんか神霊の記憶って人間にはめちゃくちゃらしいって言ってたっけ」
「つーことは、ちょっと思い出して、それがたまたま人間らしい部分だったってことか?」
ゼルが言ったことは、近いのかもしれない。
「記憶って、ずっと別々なのかい?」
オハイニはポツリと言った。目を向けると、彼女は片手を軽く振った。
「いや、そのうちどれがどの記憶ってわからなくなりそうじゃない?他人のことでも、繰り返し聞いてたら自分が体験したみたいに思えてくるっていうのも聞くし」
「分からない。なにか異変があれば、それなりの手段は講じるつもりだが」
記憶が混じっても、それだけなら特に支障はないだろう。
「んー……ま、ラクエちゃんがおかしなことにならなきゃいいよ」
オハイニはふらりと背もたれに完全によりかかる。
――どうにも、グランヴィーオが何か気に障るようなことをしたらしい。
「何かあったら、アタシも『知識の峰』だった魔術師だ、相談くらいは乗れると思うよ」
ゼルも妙に真剣な目でこちらを見た。
「どこか行くなら護衛くらいつけろ、いくら強いからって、お前領主だぞ?」
「……必要か?」
「必要だぜったいに」
「……よくは分からんが……」
「是非に。あまり不自然に抜け出されると、このように他の人員を割いて探さねばなりません」
「……非効率だな」
「はい」
ロドリゴの言葉に、やっと言わんとすることがわかって頷いた。
オハイニがちらりとロドリゴを見た。かすかに目を細めた気がするが、すぐにそれは逸らされる。
「さて。トールたちのことも気になりますしの。各村と商会、組織にグランヴィーオ様の帰還通達とトールたちとの連絡を確認しましょう」
ロドリゴは、ふう、と肺から絞り出すようなため息をついた。




