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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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少女マルグリット(1)


荒れ地に人が住んでいたことが知られたのは一ヶ月と少し前。


南の村と呼ばれるこの地のはずれの、さらにセントール王国側に南下したところに岩場がある。


そこに隠れ、彼女たちはタイミングを待っていた。

仲間の数人は待機していて、各々好きに過ごしている。


彼女は手持ち無沙汰で、大事な相棒の手入れをしていた。細身の剣である。あまり高いものではないが、よく研いで、こうやって丁寧に扱っている。


この剣の真に活躍する日もそう遠くはない。

それが楽しみでしょうがない。


「お姉さん、もらってきました」


ふと傍らに立った人物。彼女は丁寧に地面に敷いた布に剣を置いた。


「ありがとう。あなたもこちらに座りなさい」

「はい」


返事して、彼女の横にそっと座る人物は、フードを被っているが、小柄で、声から少年と分かる。

革袋に飲み口がついた携帯用の水嚢で、ふたりとも喉の乾きを潤す。


「……本当になにもないのね、嫌になるわ」

「荒れ地と言うだけありますね」


一躍魔鉱石の産地として有名になった荒れ地だが、入り込んで早々にその洗礼を受けた。


目的のためには少し時間がかかるとは覚悟していたが、あまりの何もなさに待機するにも元手が足りなかった。今は賑わった村の周辺で商人などを襲う、ただの野盗としてしか活動していない。


それももう、あと少しの辛抱だ。


「……もう少しよ、貴方も我慢してね」


彼女は傍らの剣をそっと撫でた。


「待っていなさい――グランヴィーオ」




――その日、荒れ地が震撼した。


先の、鉱山を巡って戦争が起こったときも、これほど民たちは慌てなかった。いつか起こるだろう事態だと一部のものは分かっていたし、その時はみんな厳しい環境に希望もなく、失うものといえばちっぽけな村だけだった。


それが今、西と東は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。


リュケーが用事で西の村を訪れたときには、すでに村は騒然としていた。


「他には?」

「今東の村の村長とオハイニ来たけど――」

「馬は!?」


トールが武装をしている姿には驚いた。


「な、なにごとだい?」

「ああ、あんたか」


トールは表情がこわばっている。


「ちょっとな。ああいや、あんたは知ってたほうがいいのか」


トールはそっと近づいてきて、ぼそりと小声で告げた。


「グランヴィーオがいなくなった」




グランヴィーオがいない。

どこにもいない。


実のところ、意外とどこにでも行き、どこにでも現れる領主だった。東はもちろん、鉱山にも立ち寄るし、畑も井戸も。

今では使い魔の少女とふらふらと村を回っている、重厚なマントと物々しい装身具の領主の姿は、領地の日常だった。

その姿を目撃することが、だんだんと減っていることに気づいた人間がどれくらいいたか。


執務室にいたはずのグランヴィーオの姿がないのにロドリゴは気づいたが、その時は用事で席を外したのだろうと思った。

それが、1時間、2時間……4時間経つ頃にはトールとともに村を探し回っていた。


鉱山や東の村にも使いを出したが、東の村長のダンと魔術師のオハイニが泡を食って駆けつけただけ。


「ラクエもいない。村の連中も知らないから……」

「一体何が……」


あるじが消えた執務室は、荒らされてもおらず、本当にふと席を立ったようなそのままだった。


「……それはそうと、これはなんなんだ……」


ダンが呆気にとられたのは、机に山と積まれた紙と羊皮紙だ。


「なにか?」


ロドリゴがなにか手がかりがあったかとダンに近寄ったが、首をかしげた。


「決裁の書類しかないのう」

「いや量だ量。こんな……一枚だけで頭が痛くなるようなのがこんなに」

「ああ、お早く見ていただきたかったのだが……」

「これ、あの人ちゃんと読めてるんだよな?」


グリウが怖いものを見たと言いたげに身を震わせる。


「ヴィーオサマ、何でもできるよな……」

「一体何者なんだろうな、あいつ」


オハイニもゾッとしない顔で紙を一枚つまみ上げ、


「魔法のこともだけど、こんなまつりごとの泥沼みたいなのよく理解できるわね。田舎領主の仕事じゃないよこれ」

「はて……?」


ロドリゴが不思議そうに顎に手を当てて首を傾げた。

それで、みんな悟る。

この仕事の割り振りの失敗に。


「……そもそも任せっぱなしが多すぎるんだよな、領主に」

「村の畑もよく見てるし、家畜も」

「押し売りの行商人とかいう奴堂々追っ払ってたし」

「この間崩れた家も直してたぞ………ああ、魔法でちょいちょいやってたからうおーって周りは言ってたけど、あれ普通の魔術師がやれることじゃないんだろ」

「また雨も降らしてくれたし……」


最近家にやってきたカーヤは、おそるおそる手を上げ、


「夜に、この部屋のあかりがついていたから、見に行ったら魔道具?いっぱい作ってたの……」

「「「「……」」」」


仕事のし過ぎというやつである。


「……もしや、逃げられたので?」


ロドリゴが落ち込んだ。

黙っていたトールが、顔をしかめた。


「村の外を探してくる」

「ちょっと、どこにいるってわからないでしょ」

「ダンジョンか、もしかしたら……思いつくところを見てくるだけだ」

「俺も行く」


グリウとトールはふたりで部屋を出ていく。


「……ま、事件ってわけじゃないでしょ、いや領主が消えたのは事件だけど」


オハイニがため息をつきながら言った。


「グランヴィーオがそうそう危険な目に遭うわけないし。ちょっと気分転換に散歩でも行ったんでしょう……いつ帰ってくるかは分からないけど」

『そうですわー』


突然響いた声に、全員ぎょっとする。

いつのまにかメイド服のレイスが混じっていた。


『わたくしもおともしたかったんですけど、ここで待つように言われましたのー』

「え、ええ、ああ、そ、そうなの」


いつのまにか隣にいて残念そうに語るササラに、後ずさりしたオハイニ。


『行き先は告げられませんでしたけど、マスターとラクエ様が荒れ地を出ればわたくしも分かるわ。ってことで』


サララは微笑して消えた。

ひんやりとした空気に変わった執務室の中で、数人は身を震わせていた。


「あのレイス、怒ってたな……」


置いていかれたことにか、別のことにか。

おそらく最初から見ていただろうに、混乱の極みにいる人間たちを傍観しているだけだったあたり、腹を立てているのがわかる。


「ええと、とりあえず、どうにかヴィーオが帰ってくるまで……アタシらでやっていくしかない。ちょうど全部軌道に乗ったところだ、滅多なことがなければ大丈夫でしょ」


気を取り直したオハイニに促され、全員不可解な顔をしながらも各々散っていった。




馬を1頭借りて荷物持ちにさせ、トールが今は騎乗しながらグリウと一緒に荒れ地を行く。


ほんの少し前はどこまでも不毛の土地で、人っ子ひとり見当たらなかったこの土地が、今ではまばらに人が行き交っている。

時々、青い草の生えた場所もある。雨が定期的に降るようになったからだ。


「……ヴィーオは俺達に『鉱山が欲しい』としか言ってない」

「え?」


今まで黙りこくっていたトールが喋り出したことに驚いたのか、グリウは気の抜けた声。

それに馬上からちらりと視線をやり、


「しかも中身は知らない、好きにしろって言った。それ以外はあいつからの命令らしい命令はない」

「……ああそれ、前に聞いたな?今思えばたしかに不思議だよな、鉱山は欲しいけど中身はいらないって」


グリウがグランヴィーオに最初に会ったとき、すでに話し合いが済んだあとだった。


「直後に魔鉱石ってもんを見つけなければ、ほんとに丸ごとあの鉄鉱石全部俺らにくれてやるつもりだったんだろう」

「変だよな、自分の懐に入れるもんじゃねえの普通」

「……爺様、村長に聞いた。その場所だけが欲しいということは、そこに本人には何か別の価値があるからだと」

「……思い出の場所とか?」

「荒れ地の誰もヴィーオのことは知らないんだぞ」

「だーよなー……一体何がしたかったんだ?ヴィーオサマ」


「陣地取り」

「ん?」


トールはずっと険しい表情のまま、前を見ていた。


「自分のものだと土地を取りに行くのは、戦争ではよくあるんだってな」

「……まさか」


ぎょっとグリウがトールを見上げた。


「ヴィーオサマが戦争をしに来たって!?」

「いや、それにしてはおかしい」


トールは慌てたグリウにあっさりと否定してみせる。


「戦争準備をするなら鉄が必要だと聞いた。売ってるぞ」

「あ、ああーそっか……」


武具に絶対に必要なものが鉄だ。

この数年で落ち着くまで、この大陸は戦争だらけだった。すべてはかの悪逆なユグトル帝国のせいだが、ともかく全体的に鉄が不足しているそうだ、一時は金に迫る勢いで値段が上がったのだとか。

全部祖父の受け売りで、トールは今いち理解できていないが。


「それに自分のことそっちのけで、生活がどうのって俺らが悩んでるのを見て、色々してくれたし、そもそも誰の手も借りる必要がないくらい、グランヴィーオは強い」


一騎当千である。さらには悪神も従えていて、もはやこの大陸では勝てるものはいないのでは、とロドリゴが言っていた。


グリウが眉を寄せて唸る。


「……ううん、ちょっとおかしいよな、そういえば」

「おかしいことだらけだ」


出した自分の声が少し刺々しい。


「爺様は最初からヴィーオをこの荒れ地のあるじにしたがってんだ」

「……え?」


グリウはぽかんと幼馴染を見上げた。


「グランヴィーオが、なりたいんじゃなくて?」

「ああ」

「どうしてそう思った?」

「だから、ヴィーオからの命令は聞いたことがないんだよ」

「……あれ?ダンジョンに行っただろ?それに……」

「あれは俺たちがあいつに従うように、無意識に動いていただけだ。あいつが言ってるのは命令じゃなくて指示だよ、うまく動くための」


そして、祖父がそれを全部肯定していたのだ。


グリウが険しい顔になる。


「トールは今回ヴィーオサマがいなくなったのは、ものすごく不安なんだな?」

「……そうだな、多分、他の連中よりは」


グリウがこの程度だったのだ、他はもっとこの事態の深刻さに気づいていない。

グリウはため息をつく。


「そいえば、全然ヴィーオサマのことは知らないもんな」

「そうだな」


誰も、彼のことを知らない。

同じ魔術師だからか、オハイニとは親しげだが、彼女いわく彼自身のことは聞いたことがないという。


あんな力を持っているのに、経歴は全く知られていない。宮廷魔術師どころか、知識の峰に入り、功績を上げて重要な役職についていてもおかしくないと彼女は言っていたが、グランヴィーオは自身を冒険者だと名乗っているから驚きだ。


(まあ、オハイニは何か知ってて隠したがってるが)


だが、彼女を除く魔術師たちもグランヴィーオを知らないと言うなら、嘘というわけでもないだろう。

それに、


(あいつは、悪いやつじゃない)


疑わしくはあっても、彼がこの荒れ地に施してくれた奇跡は消えないのだ。

だから、恩は返すべきだ。


「あいつ、なんで荒れ地に来たんだろうな……」


その目的を、聞きたい。

手助けくらいはできるはずだ。

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