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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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幕開けの刻(2)

振り返るとグリウが慌てて走ってきていた。


「ヴィーオサマ!ちょと来てほしい!」

「どうした?」

「グリウ……?また野盗かの?」


最近よく鉱山や村周辺に出現する、おそらく1党だ。

複数人で商人や行き来する村人を襲う。

だが、荷物などは持ち去られるのだが、人を大げさに傷つけることがない。せいぜい脅す代わりに剣を掠めさせたり、乱暴に殴られて打撲といったところか。


グリウはそうじゃない、と首を振る。


「……えっと……!来てもらったほうが早いかも、イルゲが来てて……」


息を切らしながら言葉少なく説明する。

村の正面にいるらしいイルゲが、急ぎだと呼んでいるらしい。


「分かった」


ラクエは子供らと遊んでいて、もうしばらく見ていなくてもいいだろう。

息を整えているグリウと老人のロドリゴはあとから行くと言い、グランヴィーオは急いで入口に向かう。

そこには軽く人だかりができていた。


「あ、ヴィーオ!こっちだ」


イルゲはつい最近作った荷馬車の荷台に乗り、何か膝に抱えている。

その荷馬車の近くに、見覚えのある男が立っていて、帽子を胸に当てて軽く会釈している。たしか、リュケーのところの部下だったか。よく運搬の馬車と一緒にやってくる。


その彼の影に、小さな少年がいることに気付く。ボロボロの服に、薄汚れた肌。不安そうにじっと荷馬車の方を見ていた。


「どうした」

「その……いや、まずこの子を見てほしい」


そう言って、彼は自分の膝を示した。

荷台の中に隠れていて見えなかったが、そこには少女がぐったりと寝そべっていた。イルゲの膝に頭を乗せ、浅い呼吸を繰り返している。ボロボロの服装、薄汚れていて……そこに立っている少年と同じ灰色の髪。


「……見ない顔だな」

「ああ、荒れ地で行き倒れていたのを、リュケーのところの人が見つけてきて……」


イルゲが訝しげな顔をしながら、


「オハイニが言うには、この子『魔力吸い』だって」

「……ササラ」

『はい』


呼べばすぐにメイド服のレイスが現れた。


『たしかに、マスターと同じ、ですねー。全然弱いですけど、吸われてます』


力そのもののレイスにも、魔力吸いのその異様さは感じるものらしい。


少女は相当弱っている。病気という普通の要因も考えられるが、弱っているときに無節操に魔力を吸っていれば変調をきたしてもおかしくない。


「……意識はあるのか?」


そっと少女の手を握ると、弱々しく握り返してくる。


「よく聞け。お前が楽になる方法がある、今から試す」


ぴくりとまぶたが動くから、聞こえていると思うことにする。


「まずは、ゆっくりと息を吸う……ゆっくり吐いて……」


深呼吸を繰り返しさせて、そうっと構築した魔力を握った手から流し込む。びくりと反応したから、何かしら知覚はできているらしい。


「慣れないかもしれないが我慢しろ。これは魔力だ、お前の中にもある」


すぐにも彼女が吸い上げ消えそうな魔力構築を、ゆっくりと彼女の体に循環させる。


「この魔力をなぞれるか?回っているのを感じて、追いかけてくれ。焦らなくていい……」


ゆっくりと、彼女の魔力がグランヴィーオの魔力構築をなぞり始めた。

数分後、ふっと彼女の魔力が停滞する。


「魔力絶縁?」


イルゲが興味深そうに言った。


「こんな方法初めて見た……あ、」


少女の目がうっすらと開く。

黒い瞳が、きょろりとイルゲとグランヴィーオを見て、不思議そうに呟く。


「……楽になった」

「カーヤ!」


少年がばたばたと馬車に取り付いた。


「良くなったのか!?」

「お兄ちゃん……うん!」

「よ、良かった……あれ?」


兄と呼ばれた少年が、ふと自分の体をあちこち見回す。


「……オレもなんか体が軽い……」

「もしかして、魔術師か」


魔力吸いの近くにいる魔術師は、自分の魔力を吸われる心地の悪さに調子を崩しているはずだ。


少年はグランヴィーオ戸惑ったように見上げて、首を縦に振った。


「オレはそうだ……そうだ!だからオレを雇ってください!」


はっとした顔になり、いきなり頭を下げた少年はそこに荷車があることを忘れていた。ごんっ!と良い音がして、ぶつけた額を押さえてその場にうずくまる。


「ぷっ、大丈夫かい」


イルゲが笑い、他の大人たちに慌てて助け起こされた少年は、涙目になりながら繰り返し、雇ってくださいと言う。


「……まずは事情を聞こう」




少年の名前は、ガイン。

カーヤは妹だという。

2年前に両親が亡くなり、親戚を頼ってセントールにやってきた。


親戚は親のいないガインたちを厄介者扱いし、家では厳しく当たり、まるで奴隷のように働かせた。


「オレは母さんたちが生きてた頃に魔術師と分かって、でも本当の魔術師になるには金がかかるって言って……魔力とかは分かるけど……」

「ああ、それで?」

「いっしょうけんめい働くので雇ってください!」

「ふふっ、君良いね!」


イルゲがやたら少年を気に入っている。


「雇うかどうかは、君たちがどうやってここに来たか、全部言わないと」

「えっと、全部……」


しどろもどろになる少年を、心配そうに見つめる少女。


領主の家にイルゲと少年少女、それとプリスベ商会の御者の男を上がらせ、戻って来たロドリゴも加えて事情を聞いている。

応接間には質素だが長椅子とテーブルが置いてあり、アルコールを飛ばしたワインが少年らに配られた。


あまり話がうまくない少年、ガインは、焦りながらも続ける。


ここ一年、妹のカーヤが体調を崩すようになった。

病気かと思い、親戚に薬がほしいと頼んだが、聞いてはくれなかった。病気なら感染るといけないからと、物置の一室に閉じ込められた妹は、徐々に弱っていった。


ガインは妹のためにと、思いつく限りの方法を試した。金をこっそりためて粗悪な薬や食べ物を買ったり、助けてくれそうな人に声をかけた。

けれど、誰も助けてくれず、薬を買おうと貯めた金が見つかり巻き上げられた。カーヤは一向に良くならない。やはり、薬が欲しい。


そうして、1週間ほど前に、噂を聞いたのだという。

荒れ地では、魔術師を雇っていると。


あやふやな噂だが、もうこれしかないと、ガインは親戚の隙を伺って、妹を連れ出して荒れ地に来た。


けれど、荒れ地という土地をよく知らなかったのだ。

死霊にこそ出会わなかったが、水も食料も持ち合わせておらず、飲まず食わずで2日さまよった。

……幸運にも、いよいよ倒れたその時に、プリスベの商隊が彼らを発見した。


「いやあ、すごい。よく頑張ったね」


イルゲが傍らの少年の頭を撫でると、彼は小さく鼻を鳴らす。


幼さゆえか、無謀ではあるが。


「魔術師ですか。ふむ、村で預かるのは問題がないですよ」

「そうか」


ロドリゴは快く受け入れるらしい。家出同然だが、聞いている限りではその親戚もこの子供らを探しに来るとは思えない。


それに、


「お前が決断したことで、妹は命が助かった」

「え?」

「医者に見せても治らなかっただろう。これは魔術師の希少な体質だ」


しきりに瞬きする兄妹に、イルゲは朗らかに声をかけた。


「魔術師しかかからない病気みたいなものさ。カーヤ?って言ったっけ、君も魔術師だよ」

「え!?」

「わたしも?」


見立てでは、魔力量はとても少ないため、並の魔術師は看破できないだろう。

オハイニも少ないほうだが、カーヤはそれよりもさらに少量だ。


「……っていうか、命が助かった?」


ボソリとイルゲが不安そうに呟く。彼も魔力吸いのことは知っているらしい。


「……聞かせるか?」


どうも、グランヴィーオがしゃべると子供が泣き出したり怖がったりする。

最近ようやく気付いたグランヴィーオは、自分が発言する前に誰かに聞くことにした。

イルゲが引きつった顔で首を振る。どうやらダメらしい。


きょとんとカーヤは目を丸くする。


「わたし、治ったの?」

「……後でお医者と魔術師が治ったかどうか調べるよ」

「治ったんだよ!こんな元気になった!」


はしゃぐガインを、イルゲはいたましげに見ている。

ロドリゴも、以前話した魔力吸いのことを覚えているらしく、少し悲しげな目をしたが何も言わなかった。


「イルゲ、意見が欲しい。少し時間をくれ」

「分かりました」


ガインたちはまずは身ぎれいにすると言われて、村の人間に連れて行かれた。


二人きりになると、イルゲは目を輝かせた。


「魔力操作もおぼつかない無自覚の魔術師にどうやって魔力絶縁を使わせたんだ!?」

「……ああ」


顔が近い。

距離に気がついたのか、あっと声を上げてそそくさと椅子に座り直す。


「これは魔力操作の一環で、魔力を持つもの同士のパスをつなぐための魔法の応用だ」

「パス?すみません、生体魔法のことは良く分からなくて」

「ああ、生体魔法ではない。魔力操作の上級だ。別々の個体の、魔力と魔力の流れを統一する魔力構築だ」

「ええと、使い魔との契約とは違うんですか?」


「契約は存在そのものに絶対的なオーダーを刻む。パスは双方の魔力の流れを統一するだけだ」

「ふむ、根本的に違うんだな。パスを繋ぐと魔力は混じったりするのかな?」

「色々ある。お前が言ったように完全に混ぜる魔法もあれば、構築と補助構築の組み合わせを双方で同時に行える増幅型とも呼べる魔法、魔力の流れを沿わせて構築を同一にする魔法……」

「ああ、それがさっきの魔力絶縁をやったやつなんだな」


妹のカーヤは無自覚の魔術師であったため、魔力操作の基本も知らない。

魔力絶縁も基本的なものとはいえ、操る感覚を知らないとなるとイチから教え込むなら数週間はかかる。


カーヤの体力の低下で、魔力の吸入に一時的に耐えきれなくなっていたため、ともかく吸入を止める必要があった。

グランヴィーオが魔力構築し、その魔術をカーヤに流し込んで、それを手本に同じ魔力構築をさせる。

自分に眠る魔力さえ気づけば、それほど難しいことではない。


「すごいなー。いつか調べよう……」


ぶつぶつとつぶやいてから、はっとイルゲは顔を上げた。


「だけど、結局根本的な解決にならないよな?魔力絶縁をしたところで……」

「ああ、カーヤの寿命はあと僅かだ」


見たところ、7,8歳というところか。ラクエより少し上だろう。もって3年ほどの命だ。


「病気などでなければ、1年前からすでに耐久面で不安が出ているということだ。本当に危なかったかもしれない」

「奇跡だね、あの兄妹は」


イルゲは小さく吐息して、それからグランヴィーオを見つめる。


「で、何か救う方法があるんでしょ」

「簡単なことではあるが……」


これを、グランヴィーオ自身がどう考えるかということだけだ。


覚悟。

そのようなものかも知れない。


「なに?なんかやばい方法なんですか?」


考え込んだグランヴィーオに、イルゲは恐れおののいたようだ。


「……カーヤと私にパスをつなぐ。そして彼女に魔法を使わせない」

「へ?それだけ……?あっ、なんでパスを繋いだら助かるんです?」


じっと見つめると、イルゲが身震いする。


「な、なんです!?」

「お前、口は固い方だったな」

「えっそうですけど、なんか……俺の本能が聞きなくないって言ってる……」

「そうか」


なら、話さずともいいかもしれない。


「私が吸入した魔力は別のパスで私から排出して……」

「ぎゃー聞きたくないって言ったじゃ……排出?」

「ああ。その流れをパスで同一化し、カーヤが吸入し溜まる魔力を同じように排出する」

「排出……?使用するのとはまた違うんだな?」

「魔法として使用するのと、ただ魔力を放出するのとは違うだろう」


本来なら魔力放出は病気などのときに陥る異常状態だが、それを正常に人為的に行う方法になる。パスを繋ぐ魔法が高位であるし、魔力の排出自体無意味であるため、一般的な魔術師はまず思いつかない。


「なるほど……?」

「そうすることで、主に魔力吸いの短命の理由である、魔力の激しい出入にともなう身体への負担が大幅に減る」

「ああ、そんな理由で短命なんだね。そして、排出するのと合わせて、魔法を使わなければさらに負担が減る」

「パスを繋げば、私が死なない限りはカーヤの余剰の魔力も排出される。それでも、通常の寿命よりも短いだろうが」


数十年は生きられるだろう。ただ、兄であるガインよりも先に寿命が尽きるのは間違いない。

しかし、イルゲは安心したかのように笑う。


「今日明日とか、数年とかじゃないんだろう?なら俺はすごくいい話だと思うよ」


ふと、イルゲが顎に手をやり、目を伏せる。


「……排出する……どこに?」

「聞きたくないと言っただろう」


びくっとイルゲは椅子の上で飛び上がった。


「あ、ああ!そのことだったんだ!分かりました!聞かないって!」


心臓に悪い!とイルゲが叫んだ。

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