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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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知識の峰(4)


「……誰か真実を知るものはいただろう」


グランヴィーオの確認する言葉に、めずらしくイルゲが怒りの形相になる。


「俺がそうだよ!オハイニに憧れて元々の鉱物専門から転科して彼女の研究室に入った!あのメンバーの誰もが違うと叫んでも黙殺された……」


「その助手だったアイツは、最初は弁明した。あれは世に出すべきじゃない、だから自分が代わりに君の魔術を守ったと。導師となった自分が研究は続けられるから、今度はアタシを助手として登録すれば問題がないと」


髪をいじりながら、オハイニは静かに続ける。


「……一度はそれを信じかけた。方法は間違ったけれど、アタシを思ってのことだと。けど、違った。アイツは……導師たちから秘密裏に推挙されて喜んで研究を横取りした……」


どこか虚空を睨み上げ、彼女は恐ろしく低い声で呟く。


「その上、導師のひとりと浮気していた」

「うわ……」


ゼルがもはや青ざめている。

オハイニは怒りがこみ上げてきたらしく、手で床を何度も叩く。


「クソ女……あの頭すっからかん!おかしいと思ってたんだ!アイツに禁術なんて構築できたのかと!」

「まさか……」

「ああそうだよ!同じ手口で他のやつから魔法横取りしてあの女が指定を受けた!」

「常習化していたのか?」


そう何度も同じことを繰り返しているなら、もはや誰が魔法に成功しても正当な評価が受けられないという、魔術師の危機だろう。


「……そこまでは分からない。ただ……」


オハイニが何か言いかけ、それからためらうように口を閉じた。


「いや、ここ20年ほどでこの2件だけだ。そもそも禁術の指定だってまちまちなんだ。数年で数件って時もあるし、何十年も記録がないときだってある」


登録された魔術は、すべて禁術と相当するものではあるようだ。


イルゲはそっと目を伏せる。


「それで、悪評が広まり続けて……オハイニは破門になった」

「アイツらが噂ばら撒いたんだろ。アタシは絶望しきって引きこもってたからよく知らないけど」

「聞かなくてよかったよ、耳が腐るよあんなの」


「……ナイトワロ師は、アタシの師匠の友人だった。実力は申し分ないよ、アタシが『峰』に入門したときも良くしてくれた。だから、裏切られた気分」

「裏切られたんだろ」


イルゲは腹立たしそうだった。


「オハイニは悪くない」

「そのうち、あの澄ました顔で、やれ世界の理だ、叡智だ、って言ってたのが馬鹿みたいだなって思うようになった。本性はただの虚飾者だ」


皮肉げに鼻を鳴らすオハイニ。


「その他にも、下界ではダンジョンだの神霊時代の遺跡だの遺物だの、そういうのを奪って自分たちのものにしてる。土地を奪われた貴族だっているんだよ」


「今回の魔鉱石の件は、すごく危ないと思う」

「ロドリゴ村長はそのあたりのことは知ってると思うけど……まあ、魔術師をただのヒョロヒョロと思ってナメたら足元すくわれるよって話」


口々に知識の峰への警戒を口にする魔術師たちに、ゼルは生暖かい目を向ける。


「大丈夫だ……この村で魔術師を舐め腐る人間はいねえよ、目の前で散々とんでもねえの見てるから」

「……あー」


いっせいに、グランヴィーオへ視線が集まる。


「……なんだというのだ」




オハイニの希望でゼルとベルソンが席を外し、家にはグランヴィーオとラクエ、それにイルゲという魔法に関わる者だけになった。


「アンタ、メルヴィス師を知ってる?」


顔色をうかがって探るのをやめたのか、オハイニが単刀直入に聞いてきた。


――そう、彼はそんな名前だった。


「知っている」


「本当に!?」


がばりとオハイニが詰め寄ってくる。


それには、どうも答えようがなかった。


記憶が一部なくなっているのだ。


確かに彼に会って、『星魔法』を教えてもらった。概念は間違っておらず、魔法は使える。

なのに、彼と会った時間は、記憶がおぼろげだった。


「オハイニ」


イルゲが彼女の肩を軽く掴んで、それからこちらにちらりと視線をよこす。

オハイニがしどろもどろになった。


「あ、ああ、ごめん、言いたくないならいい……」

「お前が何を聞きたいのかよくわからないが、私はメルヴィスと名乗る魔術師と会い、彼に星魔法を教えてもらった。それ以外は確実なことは言えない」

「……そう、ありがとう」


オハイニは複雑そうだが、それで飲み込むことにしたらしい。


「……もう知ってるかもしれないけど、メルヴィス師は『知識の峰』の魔術師だった」

「だろうな」


星魔術が禁術の指定を受けているのだから。


「そして、破門された導師でもある」

「……そうなのか」


それは知らなかった。


「禁術とされておきながら、星魔術を世間一般に公表したからだ」

「なるほどな」


星魔法が『最も哀しい禁術』と呼ばれているのは知っている。


最も知られている禁術なのに、その研究は不完全にしか知られていない。それ故に誰も扱うことができないのだ。


――そもそも、禁術が禁術であると、一般の魔術師には知られていないはずなのだ。それは知識の峰の中で隠されるのだから。

それなのに、ほとんど名前だけとはいえ、禁術として世に知られている。


「何故そんなことをしたか。理由は、アタシが魔法を禁術指定にするのを反対したのと同じだったとか」

「……世に公表したかったのに、禁術指定を食らったのか」

「そう。当時彼と双璧をなしていた賢者グレゴリーに、強引にね。50年ほど前の話さ」


首座が強引に決め、それに腹を立てたメルヴィス師が己のすべてをかけた魔法を世にばら撒いた。


「まとめられた論文や本などの資料は、峰が躍起になって回収したせいでもう下界には残ってないだろうという話だけど、ほとんど伝説みたいに名前だけは語り継がれてる」


最も哀しい禁術として。


「導師が破門されて、その禁術は広く知られてしまった。まあ、概念が当時革新的すぎて誰も理解できなかったんだけどね」


クスクスと愉快そうに彼女は笑った。


「長年の秘跡が世間に漏れてしまい、焦った知識の峰は、首座にすべての判断を委ねた。それが星魔術の禁術指定期間が『賢者グレゴリーが解除するまで』となった理由だよ」


笑みを引っ込め、オハイニは静かにグランヴィーオを眺めた。


「アンタが『星魔法』をつかったとき、最初は、アンタが残った知識で魔法を完成させたのかとも思った。けどそれにしては完璧過ぎた。なら、メルヴィス師に直接教えられたのかと……知識が受け継がれたって、分かっただけでも嬉しいよ」


そうして、また笑う。上機嫌だった。


「アタシは、メルヴィス師に憧れたんだ。かっこいいよね」

「……そうか」

「もう、冷めてるねぇ」


不満そうに口をとがらせるオハイニは、すぐに笑顔に戻る。


「メルヴィス師のことがあったから、アタシが魔法を――空間術を公表しようとしたときに、強引に奪ったんだと思う。それは、彼らにとっては緊急事態だったから。常習化してるといえば、そう言えるってことだろうね」


本当に嬉しそうにする彼女に――グランヴィーオに残った、覚えていることのすべてを話す気にはなれなかった。

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