知識の峰(3)
『知識の峰』とは、魔術師の最高峰の集団だ。
世界にそのような機関はいくつかあるが、このエイデストル大陸のものは一線を画している。
その学び舎は大陸の東南にそびえ立つ霊峰の上にある。
年中雪に覆われ、およそ人の住む環境ではないのだが、魔術師たちはそこに根を下ろし、日々研究に勤しんでいる。
そこで生まれた魔法や、解き明かされた世界の理は数知れず。また高名な魔術師も数多く輩出した。
その最高峰の頂点たる首座、賢者グレゴリーは、100年もの長きにわたりその座に君臨している。
「100年!?」
「長生きする魔法はあるんだよ、難しいけど」
その賢者グレゴリーの下に、導師という地位がある。
魔法を極めた魔術師たちであり、それぞれが世界を覆すような魔法を編み出している。
「導師になれる条件はたったひとつ。構築成功した新しい魔法が禁術と認められること」
首座と、在籍している導師たちが全員認めた、世界の真実に近いとされる概念で構築される魔法だ。
「そもそも、魔法ってなんなんだ?」
ゼルが首をひねる。
「あったら便利な術ってしか俺らには分からん」
「ははは!それでいいけどね」
オハイニが笑った。
イルゲもくすりと笑い、
「世界とはなんなのか、それを解き明かして自分の魔力で再現する。それが魔法であり魔術だ」
「よく分かんねーぞ」
「そうだなー……なんで、空は青いのか、分かるか?」
「なんで……?」
考えたこともなかったと、ゼルは面食らう。イルゲは指を1本立ててくるりと回した。
「実は光にはいろんな色が混じってるんだ。赤、青、紫、緑、黄色。太陽ってあるだろ?お日様。あの光がこの地上を照らすときに、空気の膜を通らなきゃならないんだ。空気の膜を通るときに、色によって波長が、ええと……いや、色々あって色がばらばらになる。バラバラの色の光の中で、地上の俺たちがよく見える色が青。他の色の光もちゃんとあるけど、俺たちが一番見つけやすい色が青だっていうこと」
「……分かったような、分からないような」
「色が混じってるのか」
ベルソンが驚いたように呟いた。
「いろんな色の光を合わせると、白になるんだよ」
イルゲはおもむろに魔法を使う。
彼の目の前に現れたのは、赤い光の玉と、緑の光の玉、青い光の玉。それらが一回転してぶつかり合うと、ぱっと純白の光が弾けて、消えた。
「ただ白いと思ってた光にいっぱい色がある、っていうのを知らないと、この魔法は使えないだろ?」
「偶然できるっていうのもあるよ?ただ、それを知っているか知らないかで、魔力の消費がぜんぜん違う。正しい法則があるんだ。それを知って、魔力の使い方を正解に導く……これが魔力構築という作業だ」
「ううん、俺には早かったわ」
「お前が聞いたんだろ」
頭をかくゼルに、オハイニが鼻を鳴らして笑う。
「別にいいのさ、便利な力ってことで。知りたがって苦労したがるのは魔術師だけだもの」
「その一番苦労したと認められるのが禁術だな」
禁術という名の通り、一般的に使われることがない魔法――魔術だ。
世界の理に近いためか、その魔法を行使しようとしても人間の魔力量では絶対的に足りない。したがって全てが別の魔力や他の魔法の補助を必要とする『魔術』になる。
禁術は、安易に公開すれば世界に波紋を及ぼす、ある意味危険な魔術として、一定の非公開期間が設けられる。
だが、研究自体は進めるべきであると、非公開になっても人の手が触れないわけではない。
「禁術になった魔術に触れられるのは、首座、そして導師だ」
そして、一定期間が過ぎれば全ての理論、概念、構築は公開されるのだ。今までも禁術指定解除で一般的に使われるようになった魔術はいくつもある。
「けど、アタシはそういうのが嫌だったんだ」
オハイニが自分の魔法の研究を進めるにあたり、どうしても知りたい魔術があった。
「星魔術さ」
オハイニが、ゆっくりと、言葉にしながら――グランヴィーオを見た。
その視線を受けながら、あの球体に輪がくぐったモニュメントを思い出す。
「星?」
「あの、夜に空に光ってるアレ?」
「そうだとも言えるし、そうじゃないともいえる」
「星、という概念が少し普通の人には分かりづらい。さっきの空の色以上さ」
「……聞かないことにするわ」
ゼルがお手上げとばかりに拒否した。
それに小さく笑って、オハイニが続ける。
「その星魔術が、禁術だった――しかも、指定期間がよくわからないんだ、賢者グレゴリーが解除するまで、だって」
今度はグランヴィーオがオハイニを見つめることになった。
それは――
「それは、おかしい」
「ヴィーオ、今は、しぃーだ」
オハイニが指を自分の唇に当てる。
「今知識の峰と対立しようってときに、一般に言って回るようなことじゃない」
「だが、」
星魔法はあの人の魔法だ。
そう聞いた。
オハイニはグランヴィーオをなだめるように目で訴えてくる。
「アタシも納得できなくて、ちょっと調べたのさ、後で知りたければ教えるよ。……ま、ともかく、そういうのはちょっとおかしくないか?って思ったのがきっかけさ」
知りたいのに知ることができない。
それは世界の理への道を閉ざすことにならないか。
「それで、アタシの魔法が禁術になるかもってときに、反対したんだ。これは、一般に公開したい。それでこそ魔術師の責任だと」
ゼルが、固まった。
「……え?そんなにすごいのかオハイニ」
「そうだよー。オハイニはすごいんだ」
「なんでお前がえらそうなんだ」
イルゲの胸を張るさまに、オハイニはじっとりと睨む。
「けど、それを不満に思う奴らがいた。アイツらは……導師はそうやって特権を作り、自分たちだけがそれを享受できることにこそ喜んでる。別格であるという間違った矜持さ」
オハイニはやるせなく首を振る。
「自分たちの特権を奪われると思ったんだろうね、アタシの魔術を、研究成果を、別の魔術師に渡して、それで禁術の指定を受けさせた」
「……え?つまり……横取りされたってことか?」
「そうだね」
表情は乏しく、オハイニは淡々と続ける。
「アタシの魔法を奪って禁術にし、導師になったのは、アタシの一番信頼した助手で……恋人だった」
「なあ……!?」
ゼルが、息が止まりそうなほど驚愕した。
「知ったのは、すでに導師たちが禁術の採択をしたあとだった。抗議はした。けど、もう遅かった。アタシには、『自分の助手にあやかって導師になろうとした横着者』っていう評価がついた」




