鉱山は誰のもの(4)
ひとこと、絞り出すだけで、肺の全部の空気を持っていかれた。
咳き込むグランヴィーオを尻目に、バ・ラクエは、ふわりと宙に浮く。
目にも止まらぬ速さで、死霊らの方へ向かって飛んでいく。
おおお、と空気が軋むような音を立てたのは、死霊だった。目前のドレス姿の少女を、見て、まるで戸惑ったようにその身体が震えた。
少女は、その死霊に飛びかかった。
そうして――その半透明の腕を掴み、引きちぎる。
それを、
「く、食った……!?」
少女が、ガツガツと、半透明の腕を口に押し込んでいる。
上に乗り上げられ、抑え込まれた死霊がまた咆哮を上げる。そこからさらに腕をもぎ取り、口にくわえたかと思うとバ・ラクエは水をすするように飲み込む。そうして、くわっと大きな口を開けて、下敷きの死霊の胴体に噛みついた。
ほかの死霊はただ、それを見ていた。細かく体を揺らし……まるで、嘆きか歓喜か、そんな感情を表すかのように。
死霊の一体を食いつくすと、バ・ラクエはもう一体に食らいつく。
殲滅――グランヴィーオが命じたとおりに、4体の死霊を呑み込んでしまった。
息が絶えそうになっていなければ、笑い出していたかもしれない。
これほどのものとは。
(これが、俺のたいせつなもの)
予想以上だ。
入口近くまで戻ってくると、ようやく息ができるようになった。
「その……ご無事でいらっしゃいますか」
ロドリゴがおそるおそるといったように声をかけてくる。顔色は悪い。
トールはあからさまに恐れるようにロドリゴの後にぴったりとついている。
「突然調子を崩されたように見えましたが……」
ちらりと、ロドリゴが見たのは、バ・ラクエだった。彼女は表情を変えずに立っている。
「その……あの子は……」
「想像以上だった」
本当は戦わせるつもりはなかった。
先程トールが言ったように、娘のように考えても良かった。娘というのは、守り育てるものだと、かろうじて頭の片隅に残っている記憶がある。
目的のために、探すより召喚した方が早いと思ったのだ。
けれど、彼女の力を目の当たりにして、ほんの少しの後悔と、大きな歓び。
鉱山にしてもそうだ。
誰も知らない秘密が眠っていた。
偶然とはいえ、僥倖だった。
「誰か、魔術師はいるか」
しきりに戸惑うロドリゴ。
「……ええ、一人おりますが。ですが他の村の人間です。そして……お分かりかと思いますが、」
「ああ、『知識の峰』の魔術師じゃねえんだろ」
魔術師の組織だ。
だが、こんな辺境にいるということは、所属しているはずがない。
理由はいろいろあるだろうが、さほど実力があるわけではないだろう。
だが、ともかく魔術師であれば……言ってしまえば、魔力があればいい。
「なんでもいい。面白い物があると言やあ、付いてくるだろ」
「爺様。そいつは危険だ」
黙って見ていたトールが、顔をしかめて声をあげた。
「そこの子ども。普通じゃない」
「トール。わが孫よ。魔術師とはそういうものだ」
淡々と、ロドリゴは諭した。
声を低め、立ち姿はまるでしっかりと根を下ろした樹のようだった。
「子どもは使い魔だろう。あれだけの力を持っていながら、グランヴィーオ様は完全に制御されておる。つまり、力ある魔術師である証左だ。それこそ、『知識の峰』の魔術師と勝るとも劣らない……」
「お前、魔術師に詳しいな」
気になっていた。魔術師の実態を知る魔術師以外の人間はそうはいない。
かかわった事のある人間なら、多少知っていてもおかしくはないが。
ロドリゴは笑った。
「昔取った杵柄というやつですな。魔術師の方々と交流がありました故」
「貴族か」
「元、であります」
「貴族は好かん」
「さようで」
一度睨んだけれども、ロドリゴはたいして怯えたようでもない。
元貴族だと言った。今はこの荒れた土地にその日暮らし……
(裏切ったら、殺せばいいだけか)
今のところ、おかしなことはしていないように見える。
「……その魔術師のところに案内しろ」
「はい」
チッと舌打ちが聞こえた。トールだろう。
けれどいちいち相手をする意味もない。
東の村という集落は、山を少し迂回して向こう側にあった。
そろそろ体力が尽きたらしいロドリゴは枯れ枝を杖代わりにつきながら、東の村に到着した。
村の中に進むと、ちょうど自分の家から出てきたらしい男と鉢合わせする。
「あ、アンタ西の!」
「おお……、村長と……オハイニを呼んでくれるかね……」
「なにしに来たんだか……」
なんだか不機嫌そうに男はどこかへ消えた。
「ここの村はうちと仲が悪いんだ」
聞いてもないのにトールが教えてくれた。
「そうか」
「……」
困惑した顔でトールはこちらを見る。
「なんだ」
「いや……」
すぐに、村の中心からぞろぞろと人が連れ立ってきた。
「西の!一体何の用……」
先頭にいた男が、こちらをすごい剣幕で見て……それから、珍獣か何かを見つけたような顔になった。
「その男と……子供は……」
「ああ、説明させてくれ。だが、オハイニが来ないと分からない話もあるだろうて」
「はぁ……厄介ごとじゃないだろうな。オハイニはまだか!」
「……それが、その……」
「またか!」
村長だろうか、男はカッカとして足を踏み鳴らしながらどこかに行く。
しばらく待つと……
「……あーもう、今度埋め合わせしとくれよ!」
「何がだ!好き勝手しおって……お前が魔術師じゃなければ村から叩き出してたものを!」
「ええーアタシがいなけりゃ男になれなかったヒヨコちゃんたちが痛ったー!」
男がやはり怒りながら、女を連れてきた。
薄いローブのようなものを引っ掛けて、裾が乱れて脚が見えている。トールよりも年上だろう。茶色の髪を肩くらいまで切って、跳ねさせている。
その髪を、容赦なく掴む村長。
「ああ、これ、あまり乱暴は良くない」
ロドリゴが困ったように声をかけると、舌打ちした男は、手を離す。逃れた女は顔を明るくしてこちらに寄ってきた。
「おー爺さんじゃん!どしたの……」
だが、その足が、ピタリと止まる。
女は、グランヴィーオを見て、目を剥いた。
思いきり、口を開き、
「ひっ……ギャアアアアアッ!ッ!……」
そのまま、後ろにひっくり返った。
「オハイニー!?」
「一体、どうしたんだ!」
「分からん!あの男を見て……」
村人たちはピクリとも動かなくなった女を取り囲んで、気絶したらしい彼女を助け起こしている。
「なんだ?」
トールが唖然として呟くが、誰も答えられなかった。
「どうしたの」
背中に『おぶさった』バ・ラクエは、グランヴィーオの肩に顔を乗せてポツリと言った。