大きな商いと小さな無駄(6)
夜が来る前に、知識の峰の魔術師たちは西の村を出発した。
同伴者はベルソンとゼル、それともう一人自警団の男の3人で、ダンジョンについては知らぬ存ぜぬを貫けと言ってある。
グランヴィーオの存在が、知識の峰に知られるわけにはいかないのだ。
魔力絶縁のおかげでおそらく気づかれていないだろうが、何度も会えば感づかれるだろう。ダンジョンの攻略はいい餌だった。
どこまで潜れるのか……ベルソンたちには、もし理不尽なことを言われれば魔術師など捨てて帰ってきていいと言ってある。ベルソンと冒険者をやっていたゼルなら滅多なことはないだろう。
それはそうと、別のお客である。
夜も更けた頃。
西の村の柵を乗り越え、外から入ってくる――人間が。
その男は、そっと建物の影を移動しながら、村の外れの方の家に慎重に近づいていく。
今にも崩れそうな家だ。それに最低限の修繕を加えて、屋根だけは覆いをしている。
その扉に、そうっと男は近づいた。
扉をそっと開こうとするが、キィ、という蝶番の軋む音が響く。ぎょっとしたように一度動きを止め、きょろきょろと辺りを見回す。そうして、また慎重に扉を開け、体を滑り込ませた。
1分も経たないうちに、男は出てきた。手に何か包みのようなものを持っている。
彼が走り去ってすぐに、近くの小屋の影から、3人の男が出てきた。
「いやもう、ちゃっちゃと持っていってほしかったっす」
こっちが緊張するーと、肩を回すグリウ。
「やはりひとつかみ程度の量ですね」
まとめ役の一番年若いタツィオが、予想通りですね、とうそぶく。
「もう素直に貰えばいいじゃん」
「彼らの立場ではそうも言えないですよ。もしかしたら、村で意見が割れているかもしれませんね」
『戻りましたーぁ』
陽気な女の声が響いたかと思うと、すっと彼らの前に姿を現すメイド服の女。
『やはり見覚えがありますねえ。前々回の人間でしょうか?南の村の方面へ、隠れていた仲間と一緒に向かって行ったのを確認です』
「ササラ」
『きゃあ!ラクエ様!ササラはお勤め頑張りましたよ!』
「すごい」
『きゃー!』
グランヴィーオの手に繋がれていたラクエが、ぱっとササラに抱きつく。……非物質だが、ラクエには抱きつけるらしい。
喜びあふれるレイスは放っておいていいだろう。
タツィオは苦笑しながら、
「用意してある南の村用の鉄鉱石の半分も持っていっていません。ああやってちまちま『盗んで』いるため、なかなか回収されないのでしょうね」
「いっそ送りつけちまえば?」
グリウがのんびりと言う。
「はは、それも手ですか?受け取ってもらえれば良いんですが」
『人間は面倒くさいですわね〜』
「お前のせいだからな」
グリウが彼にしては冷淡な表情で、ササラを睨めつける。散々銀の弓矢で射られたレイスが黙るのも無理はなかった。
まあ、つまり、南の村はだいぶ限界に来ているということだ。
西の村に保管してある鉄鉱石を盗みに入るほど、状況は悪いらしい。
水は、雨を定期的に降らせているのでさすがに前よりはいいだろう。けれど、鉄鉱石の採掘権が無効になったので、収入は激減したはずだ。
おまけに、西と東にキャラバンが出入りするようになった。
北の村などは恐る恐るだが利用している。馬車も貸したりしているようだ。たまに、デル・オーを名乗る人物たちも来たりしているらしい。
南だけが、完全に乗り遅れていた。
タツィオが、しかたがないです、と言った。
「信仰のことですから、なおさら難しいのだと思いますよ」
「信仰?」
「ラクエさんです。悪神である上に、この土地神だということなので、別の神を持つ彼らには耐え難いでしょう」
「存在は消滅したと聞いたが?」
どうも、そのあたりは伝聞でしかないが、宗教団体を乗っ取る形で別の信仰を持つヴェ・ニローという団体が台頭した。その際にフラウリア神は消滅したか、知覚できないほど存在が隠れてしまったらしい。
「有形かどうかというのは、あまり関係がないでしょうね。どう信じるか、というのがこういったものの中核なようですから」
「なるほどな」
「っていったって、生き残れないなら意味はなくねえ?」
グリウはどうでも良さそうにあくびをした。
「……どうだろうな」
信じる心が強ければ強いほど、それを捨てるというのは死ぬことに近づいていく。
「……まあ、ともかく少しでも南の村が楽になればいいっすね」
「落ち着けば、南の村へ正式に和解の準備を進めるみたいですよ、村長は」
タツィオはロドリゴに一目置かれ、村では徐々に重要な役に就きつつある。村長が不在の今、調整役としてかなり働いている。
「今日は自警団は村の外には出ずに、中でいますんで。なんかあったら言ってくれよ」
「はい。お疲れさまです!」
自警団のトールとベルソンがいないため、普段は狩りが主なグリウが管理するようなことになっている。
よそ者だったという引け目で一歩引いたゼルと、もうひとり若手がダンジョンに行き、残るは4人。うちふたりはロドリゴよりも少し若いかの老人で、もうふたりは10代の兄妹だ。
年長のアントニオは、今日は交代番の東の村の警備に当たっていた。
『わたくしが活躍すればよいのですわ?』
ササラが無邪気に言うが、グリウはむっとする。
「だめだ!トールが可哀想だろ」
「その言い方もどうかと思いますけど、まあ、意味はわかります」
トールが死霊と戦う特化部隊を作ろうとした矢先にササラが出てきた。
彼女が半分は死霊を従えていて、ほとんど人的被害が出なくなった。一部の悪質なものにだけ、自警団や魔術師が出ていく。
うまくいっていないのに、自分がいないうちにササラが活躍したとなると、もはやトールに立場がない。
『マスターぁ、人間がいじめますぅ』
「擁護はしない」
『うう』
「ササラ、泣かないで」
『ラクエ様ぁ』
記憶は本当に少しずつ戻っているらしく、ラクエがササラに構うのも多くなった。
ただ、あれがあざとく気を引こうとしているのは気づいているのだろうか。
「今は冒険者がいる。商隊に危害が加わるような事態になれば協力はしてくれるだろう」
「知識の峰の魔術師にはけんもほろろだったんですけどね」
そのあたりは、ザリハとはどういう契約だったかだろう。村には協力的で、村人に混じっていたりすることもある。
「結界があるから、俺たちもずいぶんラクっすよ。じゃあ、おやすみ〜」
軽く手を上げて、グリウは村の入口の方へと向かっていった。




