大きな商いと小さな無駄(1)
イルゲとゼルが帰還した。1ヶ月にも満たない旅だった。
「なんか早くない?」
どことなく不満げなオハイニ。
イルゲは帰ってきた足でオハイニに会いにきて笑顔だった。ゼルも似たような表情だ。
「君が恋しくて速攻で終わらせてきたよ!もとい、たまたまアテにした魔術師仲間がレイモアに住んでて」
「手を抜いたんじゃないだろうな?」
「それはさすがにないよ、君のためなんだから……」
疑われたことに口をとがらせたイルゲは、出そうとしていた荷持を引っ込めた。
「そういうこと言うなら、この成果は西の村に売ろうかな」
「おう、高く買い取るぞ」
ニヤニヤと西の村の農業担当のビルス。
「悪かったって……」
どっちにしろ同じ領主を戴く村の畑のことだが、なんとなく嫌だったようだ。オハイニは居住まいを正す。
「で、分かったんだよな」
「ああ。理由はいくつか重なっていて、けど単純な話だったよ」
まずひとつ。水が圧倒的に足りない。
もともと土質が畑向きではないので、いくら水やりをしても足りないようだ。
それと似た理由で、管理がずさんだったのか、作物の交配が起こり別の品種になっていたこと。水は少なめでいいと言われる作物が、その特徴が消えていたらしい。
最後の理由、作物が伝え聞いたのと違っていた。
「違っていた?」
「そう。さっき言った交配では説明がつかない、もとから違う作物を間違って育てていたんじゃって、彼は言っていたよ」
「東は……農民がほとんどだから、さすがにそういうのはどうだろ」
「ウチか。ちっ、あの野郎だな」
西の農業担当のビルスが舌打ちする。
心当たりがあるらしい。
「たぶん、西の村を出入りしていた商人だ。適当な仕入れをしたのか、わざとだったか……ともかく欲しかった苗と違ってたんだな、どうりで急に実りが悪くなったと思ったんだ」
もともと荒れ地の人間へは態度が悪い商人で、さらにもう何ヶ月も来ていないから、グランヴィーオなどは顔も知らなかった。
「複数の理由だけど、単純だよね、確かに」
「使えそうな苗と、土を少し、あと良い肥料ももらってきたぞ」
「よくやった。それはそうと、結局水っていう最初の問題に戻ってきちゃったのよな」
「ああ、一番厄介なところだな」
「水って、そういえば不足気味なのか?」
事情を知らない、荒れ地に来てすぐまた出ていったイルゲに話すと、腹を抱えて笑い始めた。
「どこにダンジョンから水を雨にして運ぶっていう魔術師がいるんだよ!」
「ここに」
「うははは」
グランヴィーオが答えたらさらに笑われた。
「ずっとはできない方法だとは最初から言ってるけど、どうにも解決方法がない。金はあるから買うこともできるけど、いちいち行商待ちは不便すぎる」
オハイニが頭が痛そうに手を当てている。
「とりあえずロドリゴさんに報告するしかないな。手に入った苗やら肥料やらは、一画だけ実験してみよう」
ビルスがそうまとめた。
「……ああ、ここにいた」
トールが畑にやってきた。
「どしたの」
「そろそろ魔鉱石の採掘に行かねえかって、爺様が」
「え?本当ですか!?」
イルゲが飛び上がりそうなほどびっくりしている。オハイニがニヤリと笑う。
「世紀の瞬間だぜ、間に合ってよかったね」
鉱山の魔鉱石の鉱脈は、坑道の深く、鉄鉱石の掘り出した下に位置していた。
大陸に鉱脈がなく、たまにどこからか市場に出回る希少な魔鉱石が、何故こんなところにあるのかという根本的な理由は不明だ。
仮説はあるにはあるが……
「神霊、つまりバ・ラクエが長年存在していたことにより、魔力の滞留があったことと、何かしら既存の鉱物がもともと鉱山にあったことが重なったのではないか」
宝石などは魔力を溜めやすいから、魔術師はこぞって魔力を封入し魔術の補助に使う。それが自然に行われるのでは、というのは前から研究もあるくらいだ。
それでも、この大規模な鉱脈は説明がつかないような気がするが。
「へえ、だからヴィーオサマはそんなジャラジャラアクセサリーつけてるんだな」
グリウがしげしげとグランヴィーオの装身具を見ている横で、ベルソンもチラチラと視線をやる。ロドリゴはそのあたりは知っているらしく、興味はなさそうだった。
ダンと、オハイニが心配で仲間入りを果たしたイルゲは、祈るように手を組んで目の前の鉱山の入口を見ていた。
「無事オハイニが戻ってきますように……」
「魔鉱石がちゃんと掘り出せますように!」
次の計画に行くと知った村人たちも、鉄鉱石の選別の手を止めて見に来たりしている。
坑道はグランヴィーオが魔鉱石の影響で倒れかけたせいで、先が掘れていない。
今回は、坑道の拡張と魔鉱石の鉱脈への到達が目的で、その担当はオハイニだった。
岩盤が脆いと聞いたイルゲが、真っ青になって止めたが、最初から計画に携わっていたオハイニが自分がやると断固として譲らなかった。
グランヴィーオが構築したダンジョン仕様の壁の生成の魔道具を持ち、レイスのササラ、それとトールが同行しているので、滅多なことはないはずだ。
かなり深く掘ったので、作業が順調でも行き帰りで2時間はかかるだろう予定だ。
もうそろそろ出てきても良い頃だが……
そのうち、入口からチラチラと灯りが見えてきた。
オハイニたちが持っていったランプだろう。
ほっと息をつく一堂。
「あったよー!こんなでっかいの!」
子どものような笑顔で、オハイニが手に持った一塊の半透明な石を掲げて、坑道から出てきた。土埃を被ったのか、やや煤けているが問題はなさそうだ。
同じく薄汚れたトールと、霊体故に埃一つつかないメイド服のササラも続き、拍手が鳴り響く。
魔法と経済の革命は、こんな世の端でささやかに喜ばれた。




