鉱山は誰のもの(3)
再度山へ行こうとしたら、またあの二人がついてきた。
老人の方は往復がきついのか、途中から息が上がっている。
「爺様、村に残っててよかっただろう」
「いやっ……村の長として……義務が……」
「はあ……」
深いため息を付いたトールが、ふとこちらを見た。
「あんたも、それはどうなんだ」
「それってのは?」
「その子」
バ・ラクエのことだろうか。
彼女はまだうまく歩けないらしく、何度も転んだのでグランヴィーオはすくい上げて小脇に抱えていた。
「なにか問題が?」
「かわいそうだろ、こう、荷物みたいな持ち方……」
「荷物……」
そういえば、そうなのかもしれない。
そっと地面に下ろすと、じっとバ・ラクエは見上げてきた。その黄金の瞳を見返していると、またため息が聞こえてきた。
「こう、おぶってやるとか」
「おぶる……背負いのことか」
「……なあ、あんたの子供じゃないのか」
「いや、出来たばかりだが」
「出来た?」
話しているうちに、バ・ラクエはふと首を傾げ、とんとん、と靴の先を地面に打ち付ける。
すると、ふわりとその足先が地面と離れた。
思わず、見つめてしまったが、ずっと彼女は地面から20センチのところを宙に浮いていた。
「これでいい?」
「………」
「なんなんだその子供は!」
「これ、口に気をつけなさい!」
喚いたトールにロドリゴが叱責するが、ちょっとグランヴィーオも驚いていた。
そういう存在だとは知っていたが……なにせ、自分も初めて見るものだ。ここまで魔法に精通しているとは。
「ああ、いいだろう」
バ・ラクエはこころなしか満足そうだった。
ともかく、浮いてそのまま滑るようについてくるバ・ラクエと、息をつくのもやっとなロドリゴを休み休み連れながら、山に再びたどり着いた。
「では、ご案内いたします」
鉱山はまだ浅いところを掘り進んでいるだけのようだ。
鉱石が外に大量に出回ると、価格の面や出どころを探られて都合が悪い。崩落も何度かあり、恐る恐る掘削しているとか。
けれど、浅いところで十分に採ることができると言うことは、今後も期待できるだろう。
岩肌を見ると、やはり脆かった。
魔法で生成した壁などで補強しながら掘り進むのが良いだろう、と考えながら進む。
「ここが唯一、鉱脈が途切れて探った場所です」
三手に分かれていて、一つはほとんど鉱石は出なかったのですぐに道は途絶える。
もう二つは今も掘られているらしい。
だが、そのうちのひとつに入ったとき。
徐々にだが、グランヴィーオは違和感を感じていた。
なにか、得体のしれない感覚に、体がざわざわとする。
「……?」
「ヴィーオ」
ずっと浮いていたバ・ラクエが、突然足をつけた。
「ここ、変」
「……お前もか」
「うん。わたしは……」
「グランヴィーオ様?」
ロドリゴが驚いたようにこちらを見た。
「どうされたのです!?震えていらっしゃいます」
「……ああ、そうか」
自分の手を見下ろせば、確かに震えていた。
本能的に、拒否感が出ているのだ。
もう、予想は確信に変わった。
「一度、出る――」
外に出ようと、踵を返した時。
ぶわり、と周囲の温度が下がった。
少し暑いくらいだった洞窟の中に、ひんやりとした風が流れ始めた。
入口は後方の、たったひとつなのに。
急に温度が下がったために、靄が出はじめた。
「……まさか!」
この現象に、ロドリゴたちはうろたえたようだった。
トールが腰から短剣を抜いたが、それはおそらく本人も無意味だと知っているのだろう。青い顔をして目を釣り上げている。
それは、ふっと現れた。
そこにいるのが当たり前のように。
半透明の、ゆらりといくつもたゆたうそれは、
「死霊――」
引きつった悲鳴は、ロドリゴのものか。
――ここが、悪神の土地だという伝説が残るのには理由がある。
死んだ人間の魂が、はびこっている。
原因はわからない。だが、どこからともなく現れ、生けるものに襲いかかる怪物と化したそれは、人を追い払うには十分な存在だった。
本来なら、魔術師の敵ではない。
だが、グランヴィーオは焦っていた。
この場所で、このタイミング。
不運は重なるものだと、知っているはずだったが、あまりにもひどいことだ。
「……は……っ」
いよいよ、息までしにくくなった。
本当なら、こんな苦しまずにいられるはずなのに。
人間であるということは時に厄介なことだった。
胸を押さえて、壁によりかかることでどうにか立っているグランヴィーオに、寄り添う小さな人型。
「ヴィーオ」
愛らしい響きの声。
黄金の瞳が輝いていた。
「わたしに、命令して」
小さな手が、マントを握る、そのしぐさに、ふと胸が軽くなったような気がした。
「……殲滅しろ」