禁術(3)
イルゲはじっと、トールを見つめた。
「あなたは違うのか」
「俺はまったく関係がねえ。いやむしろ関わりたくない」
「そうなのか、仲は良さそうだけど」
「トールは弟みたいなもん?」
「やめてくれ」
「こっちの領主様は?」
「うーん残念だけど、どうしてもだめな理由があってねえ、残念だけど」
「……そうか」
妙に低い声でイルゲは呟いて、グランヴィーオをひと睨みしてくれた。が、その頭をオハイニが叩く。
「やめろ。領主っぽくないけどいちおうこの村の長だ」
「……君が思わしげなことを言うからだろ」
「ともかく、やめろ」
少し怒ったのか、オハイニが強い口調だった。
「ともかく、軽くだが紹介したよ。で、イルゲ、本当になにしに来たんだ」
イルゲはふっと笑う。
「言ったとおりだよ。俺は君が心配で、心配でどうにかなってしまいそうだったからここに来た」
「あのな、冗談、」
「冗談で研究室引き払って来ないよ」
「ばっ……!」
真剣な眼差しでオハイニを見つめるイルゲは、嘘をついているようには見えない。
オハイニはうろたえたようだった。
「……ってことは、子爵の支援も?」
「もちろん終わらせてきたよ。……と言いたいところだけど」
肩をすくめて、イルゲは苦笑した。
「打ち切ってほしいって俺からは言ったんだけど、また気が変わったらいつでも支援すると言われてね。なんとも締まらないな」
どうやら、どこかの国で貴族お抱えの魔術師だったのが、今回荒れ地に来ると決めて辞めてきたらしい。
オハイニが頭を抱えた。
「……アホだろ」
「なんとでも」
満足そうにするイルゲを見て、ゼルがショックを受けたような顔をしている。
「ともかく、もう君のそばから離れたくないよ、何言われても帰らないからな」
「帰れ」
「いいや、絶対帰らない」
「なんでそんな……」
オハイニの勢いが段々となくなっていく。
ふと、グランヴィーオは聞いてみたくなった。
「オハイニが『知識の峰』にいたことは知っているが、何故、降りてきたのだ?お前もだ、イルゲ」
おかしいとは思っていた。
入門までに苦労するが、一度入れば魔術師の天国と言われている『知識の峰』。
それなのに、何故か荒れ地で、一時期は魔術師とすら認められなかったような劣悪な環境にいる。
オハイニが持つ知識は、宮廷魔術師が持つものを超えているだろう。どこかの国に仕えれば、在野でも十分名声を得られるはずだ。
「簡単な話だよ、破門になったんだ」
あっさりと言うオハイニに、イルゲのほうが驚いている。
「言っていいのか」
「グランヴィーオは気にするような人じゃないし、そこのふたりは魔術師でもない」
ひらひらと手を振って、あっけらかんとしている。
「話すと長いから詳しい話は今度ね。とにかく、魔術師としては出仕できない。気にしないっていう雇い主もいるだろうけど、アタシは誰かに仕える気がなかったんだ」
「まったく……俺は、オハイニを目標としていたようなもんだったから、オハイニがいなくなるなら『知識の峰』なんてどうでもよくてね。自主的に降りたから除籍くらいにはなってるんじゃないかな」
「……本当に馬鹿だよ、アンタは」
「馬鹿で結構」
苦笑し合うふたりを前に、ゼルの顔色がどんどん悪くなっている。
「……まあ、来ちまったもんはしょうがないな。村長に掛け合ってみるよ。多分歓迎されるし……」
にやりと、ここでオハイニは悪い顔をした。
「アタシも『魔術師』は大歓迎だ」
キャラバンが到着して忙しそうなダンをかろうじて捕まえると、イルゲを紹介する。
「おお、魔術師か?オハイニの知り合い?何、住みたいだと!?助かる!」
明るい顔でイルゲの居住を快諾した男は、ちゃっかりと、頼んだぞ、ともう仕事を任せる気で挨拶して、せわしなくロドリゴとリュケーの方へと向かっていった。
「うっわー丸くなったもんよねー」
「え?そうなんだ」
初めてダンに会ったイルゲは、村長は好印象だったようだ。
「あのひと、数か月前まで魔術師なんぞ怪しい職業はいらん!ってアタシを薬師扱いしてたんだよ」
「はー……人ってこうも変わるんだな」
「変わりすぎだわ。まあ悪いことじゃない」
オハイニは小さく笑って、
「早速だけど、畑に案内するよ」
「畑?」
「見ればわかるけど、ともかくこれが深刻で……って、アンタもついてくるの?」
「ああ」
ついてきたグランヴィーオが意外だったようで、オハイニは少し目を瞬かせた。
「畑仕事気に入ったの?」
「どう解決するかが知りたい」
「ああ、なるほど」
リオールたちも連れてきたかったが、彼らは東に戻るなり家族に呼ばれてしまった。
オハイニは少しいたずらげに笑う。
「ちょっとがっかりするかもね。どうする?」
「方法が気になるだけだ」
「期待したほどじゃないって怒らないでよね」
ふふ、ともう一度笑ったオハイニが先導して、端の畑へと向かう。
その有り様をひと目見て、イルゲは顔を曇らせた。
「ああ、これはひどい」
「だろ?まだ前よりマシなんだが」
枯れかけている苗や、かろうじて実を実らせているが小さすぎて収穫は期待できなさそうなもの、葉の青さはあるもののしなびているような作物。
そんなものだった。
「何が原因なんだ?」
「水と肥料はある程度は足りてるはずなんだ。けど、何故かこんな状態。育て方が悪いのか土が悪いのか、他に何か理由があるのか……」
「つまり、ほとんどわかってないのか」
「そうとも言う」
「……あのさ、分かってると思うけど」
「うん。アンタの専門じゃない」
ズバッとオハイニが言い放った。
「アンタに頼むって言うより、アンタの横のつながりに頼みたいの」
「……俺を頼ったわけじゃないんだね」
ガクリと肩を落とすイルゲの背を何度も叩き、オハイニがニヤニヤする。
「アタシはそういうのないし、この村も離れらんないし。実は時間見つけてアンタに会いに行こうかと思ってたんだよ、この件で」
「えっ」
イルゲはがばりと彼女を振り返る。
「会いに来てくれるんだったのか!?」
「だーから、この件でって言ってるでしょ!別にアンタには会いたくなかったんだけど!」
「だが嬉しい!そうか、じゃあ一肌脱ぐかー」
「調子いいなあもう」
複雑そうにため息をつくオハイニ。
イルゲは畑を見つめて、何かを考えている。真剣そのものだ。
「……あの人がたしか薬草学に精通してたな。一般的な作物のスタンダードは知っているか、あるいは調べてもらえるかもな」
「ともかく、アタシらはお手上げで。まあ頼むよ」
「まだなんとも言えないけど。頑張るよ」
へらりと笑うイルゲは、ふと、何かに気がついたようにしゃがみ込む。
さらりと乾いた地面に指を遊ばせる。
「ええと……」
小さく唸り、それから――
ぱあっ、と地面が光った。
彼が触れた地面のあたりだ、いびつな円を描いて、何度か点滅する。
「何をした?」
グランヴィーオは問いかける。
「土を解析してみたんだ。ふうん、へえええ」
「あーアンタの第二分野は鉱物だもんな」
「……なるほどな」
土も細かな鉱物の寄せ集めだ。
「地面の解析はやったこと……あるにはあるんだけど、特殊な土地の調査の一環だったり、特定の鉱物がないか鑑定するだけだったりだから。普通はそういうのしかわざわざ調べないしな」
「錬金術もやっていたりするのか」
「ああ、かじった程度だけどな」
イルゲは立ち上がって、さらに別の場所へいって同じことを繰り返す。
「なあるほどー。はああん?」
「ちょっと、不審者になってるよ」
「いやこれちょっと面白い」
「まあ、楽しいならいいけど。いったん切り上げよう」
「もうちょっと」
「これだからもう……」
深々息を吐き出し、オハイニは顔を上げた。
明るい茶の瞳がなんとなしにこちらを向く。
「そういえばグランヴィーオの専門ってなんなの」




