禁術(2)
きっかり1時間後、リュケーの行商隊は西の村に到着した。
「おまたせしました」
「おお、よく来てくださった」
グランヴィーオとロドリゴが出迎えると、リュケーがさっそく御者台から降りて挨拶を交わす。
護衛の冒険者も前回の人間たちで、歩きと馬車にいた全員が出てきて軽く挨拶する。
その中にひとり、知らない顔が混じっていることに気付く。
ロドリゴも気づいたようで、そちらは、とリュケーに聞く。
冒険者ではなかった。色とりどりの長衣を着て、頭に布を巻いて日よけにしている。そして、唯一見える顔の、肌の色が黒い。
目元はやや細く、笑みをゆるくかたどっている。
年齢はよくわからない。老人ではないようだが。
リュケーは慌てて、彼を手招きする。
「すみません、遅れまして。こちら知り合いの商人で、今回仕入れを手伝ってくださったアフマドさんです」
「アフマドです。よろしくお願いしマス」
訛りが少しある、このエイデストル大陸では珍しい容貌だ。
「ロドリゴと申します。この村の村長です。こちらの方は領主のグランヴィーオ様です」
「お初お目にかかります、よろしく」
丁寧な、けれど見たことがないお辞儀をされ、会釈で返す。
「可愛らしいお嬢さんですネ」
連れていたラクエにまで愛想を振りまかれた。
ロドリゴは興味深そうに彼を見ている。
「アフマドさんは、お名前とお姿からして、フォンゼン大陸の……」
「ハイ。よくご存知ですネ。生まれはウヴァーンという国です」
にこりと笑うアフマドは、機嫌が良さそうだ。
「若い頃に船に乗ってコノ大陸に来たのですが、すっかり気に入ってしまってね」
「まだお若いのに、面白いことをおっしゃる」
「イエイエ、そこまで若くはありませんヨ」
「歓迎しますよ。ああ、一度この村でお休みになられては?なにもない土地を何日も……お疲れでしょう」
「あ、それが……」
リュケーが言葉を濁したとき。
「オハイニ!」
グランヴィーオの後ろの方で、知らない声が聞こえた。呼ばれたオハイニが、お前!?と叫ぶのを聞きながら、振り返ると……
「オハイニ!会いたかった!」
「なん、なんで、お、おま、」
驚愕で声も震えるオハイニの手を取り、知らない男が満面の笑顔で彼女に話しかけている。
「心配したんだよ、戦争があっただろ?まさか巻き込まれたんじゃないかと……元気だった?怪我はなさそうだな、ああまた薄着して」
年は20代後半といったところか。細い顎に、緑の丸い瞳。茶色の髪を少し長くして後ろで結んでいる。よくも悪くもない顔立ち、特徴はあまりないが、よく見ると旅装のあちこちに装身具がついている。
「あ、オハイニもこちらに来ていたんだね」
リュケーがのほほんと言い、聞きつけたオハイニが助けを求めるような目でリュケーを振り返った。
「ああ、荒れ地をさまよっていたっぽいので、保護したんですよ。そうしたらオハイニのお知り合いとか」
「死霊こわい。聞いてたのよりずっと多い」
男は悲壮な顔でそう言うが、オハイニは無視して、さらにグランヴィーオの方を見た。なにも言わないでいると、彼女は肩を落とす。
「なんで……お前がここにいる、イルゲ」
「心配したって言っただろ?」
にっこりと、人の良さそうな表情で、イルゲと呼ばれた男はオハイニの肩を抱いた。
「俺も荒れ地に移住するよ、もう離れたくないんだ」
「はああああああ!?」
べりっと即座に男の体を引き剥がしたオハイニが絶叫した。
そして、グランヴィーオは見た。
少し向こう、村人が集まっている中に、ゼルが驚きの顔のまままるで彫像と化しているのを。
ずっと頭を抱えて、オハイニが今にも倒れそうな顔色である。
「信じらんない。一番信じられないのはグランヴィーオの家がないことだよ」
そう、今まで誰も――グランヴィーオ自身も――気づいていなかった。
領主の家がない。
いつもロドリゴの家や、誰かしらの家に夜だけは招かれて寝泊まりできていたから、誰も言い出さなかった、の方が正しいか。
さらに言うならば――すでに魔力量が人間のそれではないグランヴィーオと使い魔のラクエに、エネルギーを外部から摂取する行為、つまり、食事はいらない。
生活観念が壊れているため、家の必要性を考えていなかったのだ。
「問題ない」
「大アリだよ……!」
「……実のところ家を建てる材木がないんだ、空き家も今は鉄鉱石の貯蔵に使ってるし」
トールがバツが悪そうに言い訳した。
「村に余裕ができたら真っ先に建てるって爺様も言ってる。もうしばらく我慢してくれ」
「必要ないだろ……」
「ないわけないだろ、領主だぞ?領主が家なき子?」
「あっはは、面白いな!」
イルゲという、荒れ地の外から来た、どうやらオハイニの知り合いらしい男は腹を抱えて笑っている。
それを苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいるのは、どこか落ち着いて話ができるところ、と探していると何故か名乗りを上げたゼルである。
ゼルが住んでいるこの家は、彼が西に流れついた数年前には老夫婦が住んでいた。そこにゼルが居候をしていたが、夫婦は立て続けに病を得て亡くなってしまい、そのまま住むことになった。
ゼルが重々しく口を開く。
「で、お前はオハイニの何なんだ?」
「え?恋人」
「さらっと嘘をつくな!」
イルゲの間髪入れない返答に、さらに重ねてオハイニが叫ぶ。
「……になる予定です」
しょんぼりと肩を落とすイルゲに、刺すような眼光を浴びせるゼル。
「……なあ、帰っていいか」
面倒くさいと顔に書いたトール。
だが、何故かロドリゴからイルゲに話を聞いてこいと言いつけられているため、逃げ出せずにいる。
グランヴィーオは……実は、外から来たこの男に興味があった。
オハイニはしばらく額に手を当てて動かなかったが、埒が明かないと思ったのか億劫そうに口を開く。
「まず、全員順番に、アタシが紹介する。この男はイルゲ。アタシの『知識の峰』時代の後輩。つまり魔術師ね」
やはりか。
服装が魔術師のそれだった。
「で、こちらのお方はグランヴィーオサマ」
オハイニの手がグランヴィーオを示す。
「この西の村とアタシが住んでる東の村の領主ね。魔術師でもある。女の子のほうはラクエ。使い魔だよ」
「え?魔術師なのか?」
「ああ、後で説明するが、ちょっと厄介でね……常に魔力絶縁をかけていらっしゃる」
「ふうん。気になるなぁ」
のんびりと、しかし興味に目を光らせるイルゲは、確かに魔術師だ。
「あっ、敬語は使うべきですか?」
「好きにしろ」
そういえば、とイルゲが口調を改めると、トールとゼルがしまった、というような同じような顔をした。
「で、こっちがトール。さっきのご老人……西の村の村長の孫にあたる。で、これはゼル」
「雑だなおい」
ゼルが文句を言った。
「いや、分かるよ」
イルゲは何故か深く頷いていた。
「あなた、俺と同じだろう?」
「……分かるのか」
「ああ、苦労するよな。好きなときだけすり寄ってきて、こっちがその気になってウェルカム!ってしたら、さっさとどこかに行ってしまうんだ」
「……やっぱり違うじゃねーか!俺は!一回きりだ!」
「あ、あれ?」
「ちょっとぉそういうの本人の前でしないでくれる?」
「……帰りてえ」
トールがもはや忍耐も尽きたらしい。




