禁術(1)
全体的に計画に遅れが出てきた。
やることが多い上に、不慣れなのが原因だ。
生きることがやっとだった荒れ地の民に、いくら数カ月後には大金が手に入ると言っても、今までと違った綿密な行動を求めても難しいものがある。
目まぐるしく変わる環境についていけるかというのは……つまり、モチベーションというやつだ。
それに、相変わらず食糧難だ。
腹が膨れないと戦ができない。
「ああん、南の村と喧嘩しなければー!」
オハイニが枯れた苗を前に頭をかきむしる。
2週間前の南の村との騒動で、完全に交流がなくなってしまった。
畑はそれなりに充実していたな、とグランヴィーオもちらりと思い出す。環境の違いもあるだろうが、意見は聞けるなら聞いてみたかった、あるいは作物の種などを融通してもらえたかもしれないとオハイニ嘆くのもわかる。
東西への報復として南の村の威圧は、空振りに終わった。
最近荒れ地に来た西の魔術師が、悪神と死霊を連れて南を襲おうとした、という被害妄想甚だしい通達は、エンツィオが忘れていたのだろうが、東西にはまったく効かないのである。
ラクエは最初から見られているし、新しく使い魔にしたレイスのササラも、一部には(というかグランヴィーオとかグリウとか)やっかみをかっているが、今のところ実害がなく、領主の使い魔だから、とあっさり受け入れられた。
大量殺人犯なのだが、それはさすがに言い出せなかった。
そして、北の村はというと、大したリアクションはなかった。
一度、使いの者が西に確認に来たのだが、正直に話すと、こちらが拍子抜けするほど簡単に帰っていった。それ以降も変わった様子はないようだ。
「なににせよ、人手が足りない。それか食糧」
東がね、とぼやくのはそこの薬師兼魔術師だが。
ダンがロドリゴに協力を求めて、東の村の改革を進めている。けれどもなかなかに難しいようだった。
村の運営を今までなあなあに、かなりの長い年月でやってきたため、ルールを変えるというのは村人にはあまり歓迎されていない。
変える必要があるのか?と、まずはそこから。
ダンが説得しつつ、ロドリゴが見ながら、少しずつ。亀の歩みだった。強引に変えるわけにもいかない。
たとえば。
西の村には自警団があり、彼らが村周りの警備や狩りなどを行っているため、今後のために計画的に強化と実務が増やせる。東の村はそういったものもなく、自主的に狩りを行うもの、手が空いた男たちが見回りをし、たまに敵との戦いがあればもっぱら力自慢が駆り出される。
苦難のときに男手を間引かれた西とは違い、働き手はそこそこいる東なのだが、なにせ基本が出来ていないのだ。
有事にはもたつくし、誰か欠ければ対処ができない。戦闘に関しては素人が一生懸命に剣を振り回し、そのままだった。
トールが対死霊の部隊を作ろうとしているが、西の自警団と兼ね合いがとんでもなく難航している。これで東がまともな戦士がいれば、人が集まらないという事態にはならなかったのだが。それも仕込みつつ、なんとか形にできるようにトールが頑張っている。……少しから回っている気がする。
狩りや見回りの人員と技術も以下略。果ては運営体制や帳簿の付け方、人や作物の管理まで。
その体制の変革に、西が東の面倒を見ているという状況がずっと続いている。
これが一番の遅れの要因だろう。
まあ、仕方がない話だ。
ただ、長引けば、文字通り金塊を抱えながら餓死するということになりかねない。
「お姉さん、できたよー!」
女の子の声に、ふとそちらに目をやると、少年と少女が向こうの畑の前に立っている。その畝全体が湿り気を帯びているのは、彼らが水やりをやったからだ――魔法で。
「おーうまいこといったねえ」
オハイニは嬉しげだった。
話をしながら一連の動きを見ていたが、まあまあ様になってきていた。
魔力操作も構築も、もう一人前と言っていい。
「次は隣の畝だよ、そう、肥料も忘れずにね。……この子たちは順調なのが救いだな」
しみじみ言うオハイニに、グランヴィーオも頷く。
鉱山の方は予定通り鉄鉱石が出てきて、貯蔵する場所がなくて困ったくらいだ。今は村に運んで、人が住むにはボロボロだったあばら家を蔵代わりにしている。
準備も整い、そろそろ、魔鉱石の採掘ができる。
『マスターぁ、お散歩から帰りましたよー』
そう間延びした声が、空気の震えで耳に届く。
村の内の方から歩いてくる、使い魔たち。
ひとりはドレス姿の小さな女の子。
もうひとりは――
「……なんでメイド服?」
ぽつりとオハイニが感情のこもらない声でつぶやく。
そう、メイド服。
二十歳前後の美女の姿のレイスは、何を思ったか数日前から使用人の仕着せを着ている。
黒いワンピースは足首まであるスカート。白いエプロンにところどころフリルが飾る。詰め襟で肩のところだけ膨れた袖。ヘッドドレスまで。
『オハイニさん、お疲れ様ですぅ。あっお嬢様のほうがよろしい?』
「どうでもいいけど」
心底どうでもいいとオハイニは全身で表したが、ササラは聞いていないような顔で、ひとりうなずいている。
『お嬢様、旦那様。あっご主人様のほうが良いんですか?』
「知らん」
『ラクエ様はどう思われます?』
「……ヴィーオ」
珍しく困惑したようなラクエは繋いでいたササラの手をほどいて、ととっとグランヴィーオに走っていってマントを握った。
「つかれた」
「そうか。アレの面倒を見てくれて助かった」
「うん」
こっくり頷く小さな子を、抱き上げる。
『あれー?わたくしが面倒って話なんですか?』
「適当にしてやれば良い。次は魔力構築でもさせておけ」
「わかった」
『かんっぜんにわたくしがお荷物ってことですわねこれ』
さめざめと泣く真似をするササラ。
言うほどでもないが。
レイスという特殊な個体、即戦力であり、死霊には死霊を。
トールが頑張って作ろうとしている対死霊部隊が、ササラひとりで体現されてしまった。
トールがいっそ哀れである。
もっぱら村の外に行かせることが多いササラだが、本気なのか尽くす女だと言い張り、とうとういつかの昔に見たというメイド服に変えて、ラクエとべったりだった。
そのせいか、どうやらラクエの情操に変化が出てきた。
今のように、なにかを感じ、口に出すということが増えてきた。
記憶の方も、かすかに戻りつつあるらしい。
意外とササラが有効だった。
『あ、そんなことより、いっぱい人間と馬車がこっち向かってきてますが』
あっさり泣くのをやめたササラが、とんでもなく簡単に重要なことを言った。
「……なぜ知っている?」
「飛んだ、いっしょに」
「……そうか」
レイスとは立派なものだ。魔法とかじゃなくても物理法則はある程度無視できる。
「それってどこにいるの?」
オハイニが慌てて聞くと、ササラは村まであと1時間のところに、と返事する。
「リュケーかな?」
「ロドリゴに知らせる」
リュケーなら、一度西に顔を出すだろう。
待望の行商人の再登場である。




