死せる者の棲む地(5)
「レイス、そして多数の死霊だ」
南の村で、カーネリアとエンツィオ、テヌを前に説明した。
グリウはまだ意識を取り戻さない。
彼は、おそらく行方不明の村人と一緒の手口で『移動させられた』。
死霊を体に憑依させ、目的の場所まで歩かせる。そして、おそらく殺される――予定だったのだ。
憑依された時点で身体機能は一気に低下し、呼吸は数分止まっていたはずだ。
後遺症があるかもしれず、気になるところだ。
ラクエにも聞いたが、グリウに向かって、宙に浮いた木の枝が刺さりかけたところを彼女が発見して防いだ。左腕の怪我はかすめたそれだ。
おそらく魔法による操作だ、憑依していた死霊はレイスに準ずる段階の強い霊だった。
その死霊の誤算だったのが、バ・ラクエが魔力絶縁を施されその場にいたことだ。
グランヴィーオがバ・ラクエに死霊を感知させるために魔力絶縁を解き、追わせたために、予定外にグリウを放棄しなければならなかった。
憑依されたままだったが、魔力をグリウ自体に流し込み、霊を分離させた。
「……では、わが村の者は全員……」
「悪いが、数を数えて埋葬した」
「そうです、か」
カーネリアと、エンツィオ、テヌは沈鬱に、聖句らしきものと一緒に手印を結ぶ。
「……事件は解決されました。ありがとうございます、礼を申し上げます」
「ああ」
「負傷されたお仲間は、いくらでもこの村で養生なさってください」
「助かります」
トールが会釈する。
オハイニは少し顔色が悪い。……それをしきりに気遣うゼルはうざがられているが。
カーネリアの部屋を退出して、村の薬師の家へ行く。
グリウはそこで寝かされている。
鎮静効果のある香が焚かれ、先程よりも顔色は良い。
「じきに目を覚ますと思うよ」
テヌと同じベールとローブを身に着けた女が、薬草を煎じている。
「あんたらは村長の家で待ってればいい。彼が起きたら呼ぶよ」
「ああ、ではお願いする」
トールが短く返事して、一度グリウを見つめてから踵を返した。
村長の家には向かわず、村の一番人気のない隅の畑へ行く。
そこにはまばらにだが、実った作物が植わっていた。
育成の悪い西の村では見られない光景だ――だが。
全員、それを気にするほど余裕がなかった。
「……おい、どうするんだ」
ゼルが額に手を当てて呻く。
「どうもこうも……グリウ置いて帰るか」
「さすがにそれはやめてくれ」
オハイニが遠い目をして呟き、トールは首を振る。
そこに、突然、女の声が響く。
『あっもう出てきてよろしいですかー?』
「出てくるな」
間髪入れず、グランヴィーオが断固とした口調で言うと、目の前に半透明の女が、きゃんっとか叫びながら現れた。
ちかちかと明滅するそれは、20歳前後の美しい女だった。紫の髪を結い上げ、切れ長の赤い目。泣きながら、
『ううーマスター出てくる瞬間を狙うなんて悪質ー』
言うだけ言ってふっと消える。
「……」
「……」
「……あのさ、本当にどうしてこうなったの」
グランヴィーオは深々とため息をついた。
「どうしようもなく、だ」
『ぎゃああああああああああやめてえええええええええええ』
そう泣き叫ぶのは、ラクエの感知に盛大に引っかかった死霊の親玉であるレイスだ。
紫の髪に、赤い瞳。美しいと言える造作に、古いドレス姿で、床に這いつくばっている。
その背中に足を乗せて、ラクエがじっとレイスを睥睨する。
『うっうう、お戻りになったのなら、わたくしめは引っ込んでこの館で朽ちましたのに……うぐ、』
「おい、お前、これを知ってるのか」
『そこの魔術師もおっかないわね……なんなの、私が何をしたって……したわ』
「質問に答えろ」
『あの、その物騒な気配やめてちょうだい……あああ、ごめんなさい、え、えっと、今この私を踏んづけてる子!?』
涙目になってグランヴィーオをちらりと見たレイスは、すぐに目をそらす。
『知ってるも何も、この荒れ地で一番古く、一番強いお方……あれ!?あれっ!?うそヤダこの気配いいいいい』
「一番古い?」
『詳しくは知らないよぉ……ただ、わたくしがここに来た時はもう一番強いお方だったわ……なんなのこれもう勝てないじゃん……何したのよ魔術師……』
「バ・ラクエの媒介にした。今は俺の使い魔だ」
『ヒッ……』
バタバタと今まで暴れていたレイスは、理解したらしく静かになった。
『い、命乞いしていい……?』
「ふざけるな」
『ごめんなさい許して!出来心だったんです!ただ人間殺すのも味気ないしちょっとおもしろくし……あああ!今私消したら荒れ地の死霊が大暴れだよ!?』
「知らん、死ね」
グランヴィーオは思いつくままに言葉を吐き出す。
熱いものがとめどなく身体を渦巻いて、息すら詰まりそうだ。
この感覚を知っている。
しばらく忘れていた、これは、怒りだ。
「僕のたいせつなものを傷つけた、許せない」
ひどい頭痛とめまいがして、思わず目を手で覆った。
暗闇の中に、無残に転がる首と、引き裂かれた身体。まんべんなく赤く染まる床に、見たこともないはずの血染めの肢体。
幻のはずのそれらが消えて、再び前を見ると、バ・ラクエがじっとこちらを見つめていた。
その足は、レイスの背を離れて床に下ろしていた。
「な……」
絶句する。
ほとんど命令不服従だ。グランヴィーオはやめろとは言っていない。
「バ・ラクエ」
「……」
すこし首を傾げて、バ・ラクエはついとレイスを見た。
レイスは上半身を起こして、呆然と彼女を見上げている。
それに、ぴっと指先を突きつけて、
「ササラ」
と、一言愛らしい声で言った。
ぶわっと、レイスは涙を溢れさせて、両手を胸の前で合わせた。
『ああ……思い出してくださったのですね……!』
そして、ただただ言葉を失って立ち尽くすグランヴィーオに向かって、頭を床に擦り付けた。
『深くお詫びしますわ魔術師様。お許しいただけたなら、わたくしのすべてでバ・ラクエ様となられたこのお方に尽くし、あなたの下僕となります』
「……」
また、めまい。
今度はすぐに立ち直って、もう一度土下座するレイスを見た。
頭を踏みつけたくなってくるが、じっと傍らでラクエがまばたきもせず視線を送ってくる……
「……俺の仲間が、許すなら」




