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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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鉱山は誰のもの(2)

「……は?」


魔術師が何を言ったのか、老人たちは一瞬ぽかんとした。

けれど、それが鉱山の独り占めをするという理不尽な宣言だと気づいた背の高い男が、怒りの形相で剣を抜く。


「何者か知らないが、我らから不当に山を奪うと言ったのか」

「待て!」


今にも走り出しそうな男を、老人が止めた。老人は、落ち着き払った表情で、じっと魔術師を見つめる。


「いや……たしかに、この山は貴方様のものであるかもしれません」

「爺様!?」


信じられない、と剣を構えた男は老人を振り返った。

老人は、胸に手を当て腰を折った。その仕草は、貴族のそれだった。


「私は、ロドリゴと申すもの。西の村の長を務めております」

「爺様、何を……」

「失礼ですが、貴方様のお名前をお伺いしても」

「グランヴィーオ」


声も揺らさず、いっそ無感動に男は名乗った。


「村ってのは?」

「後にご覧に入れましょう」

「爺様、どうしちまったんだ!」


慌てているのは剣の男だけで、彼は武器を下ろすに下ろせず、何度も老人とグランヴィーオと名乗った魔術師を見比べている。老人が彼をたしなめた。


「トール、落ち着きなさい」

「だが、」

「我らが束になっても勝てぬお方よ。グランヴィーオ様、貴方様は先のセントールの軍を撃退したという噂の魔術師殿ですな」


グランヴィーオは、ふと思い出したように、


「……ああ、軍隊は、潰したことがあったな」

「――!」


ゾッとしたように、トールの剣先が下がった。


「やはり、本当でしたか……」


噂は、荒れ地の民にも届いていた。

だが、あまりにも現実的ではないため、眉唾だと誰もが思っていた。


けれど、こうやって突然現れた魔術師に、なにかただならぬものを感じたロドリゴは、一度噂を信じることにした。


幸いなことに、相手は会話ができる人間だった。

人間であっても、言葉が通じているのに会話ができない輩というものがいるのだが、目の前の男はそうではないだろう。


もしかしたら、希望の種になるかもしれない。

この、苦しみながらかろうじて生き延びる自分たちの未来の。


「貴方様がご所望なら、鉱山は差し上げましょう」

「……?」

「ただし、お願いがございます」


ロドリゴはその場に膝をついた。


「我らの糊口を凌ぐ程度の採掘権は、頂けませぬか」

「あん?」

「この土地に生きる民なれど、明日をも分からぬ有り様でございます。せめて、生きることが出来る程度のお目溢しをいただけたら、と」

「……つまり、私がこの鉱山の所有者と認める代わりに、そちたちの採掘を認めろと」

「さようにございます」

「かまわない。好きにしろ」

「は……」


頭を垂れていたロドリゴは、驚いたように顔を上げた。


「よ、よろしいので?」

「ああ、私は、この鉱山を持てるだけでいい。中身はどうでも良いのでな」

「と、言いますと……」

「?」


何を言われたのか分かっていないようで、グランヴィーオは目をまたたかせて沈黙した。


「……いえ、承知しました」


しかし、ロドリゴは気を取り直した。

ようは変則的な領主のようなものと考えれば良いかもしれない。領主は土地は自分のものだが、開墾は領民にさせている。

グランヴィーオはどこまで考えているのか、税として鉱山の収益をいくらか収めれば黙認するということかもしれない。

そう解釈した。


「ですが、採掘量のご相談もありますし……」

「好きにしろと言ったが」

「そうは申されますが……」

「分からない」

「は?」

「お前が何を要求し、懸念しているかは私には分からない」


淡々と、グランヴィーオはそう言った。


「……」


もしや、鉱山を所有するということがどんなことなのか、知らないのでは。


言葉はちゃんとした使い方だが、先程からどうにもグランヴィーオの言動がちぐはぐに見えていた。

困惑して、彼の隣に大人しく立っている少女を見つめてしまった。

そう、グランヴィーオもまた……


(どうにも不安だ)


ここで、良いと言ったのだからと全部の採掘権をもぎ取ることもできそうだが、気が引ける。

まるで、何も知らない子供から全部を巻き上げるような気分になる。


「……一度、我々の村に来ていただけないでしょうか」

「何故?」

「お話し合いと、親睦を深めるために」


ロドリゴは、立ち上がった。

トールは、話についていけないが、剣をしどろもどろに収めた。


「長いお付き合いになりそうですからな」



面倒なことになった。

グランヴィーオは、あの所有しがいがある手つかずの山が欲しかっただけだ。


以前から、鉱山から誰かが採掘して、市場に流していたのは知っていた。だからグランヴィーオも鉱山のことを知ったのだ、あの迷惑な二国と一緒で。

自分の目的のために、めぼしいものを考えていたときに起こった戦争。


だから、守りがいがあると思った。


そんなに力もないのに戦争を起こし、民たちに苦痛を強いる国から、鉱山を守ったら、自分の目的に近づくのではないだろうか。


そして、うまく戦争を終わらせられたから、いちおう鉱山を確認しようと来ただけなのに。


「……ですが、身勝手だと言われますよ!?」

「だが、……」

「いえ、ちょうどいいでしょう、ほかの村でも最近……」


なにやら、山で出会った老人が、丁寧にもてなしてくれた。

村は、少し離れた茂みの近くにあった。茂みと言っても枯れ果てた、細かい枝が残るだけの残骸と言っていいが。

顔を出した村人たちは、ざっと見積もって20人ほど。男が多かったから、女や子供老人たちは家の中にいると見ていいだろう。並ぶ家は粗末な小屋。


そして、あれよあれよという間に囲まれた。広場のようなところで人の顔を見て何を言っているのか、皆困った顔で口々になにか喚いている。

半分以上理解できない話だったが、どうやらやはり鉱山についての話し合いらしい。


「先程から黙っていますが、なにかお考えで?」


ロドリゴという老人だけは、あまり口を挟まずにこにこと笑ってたまにグランヴィーオにこうやって話を振ってくる。


「別に」


話すことがないだけだ。


少女の見た目のバ・ラクエは、さっきからつまらなさそうに隣に座っている。相変わらず口数が少ない。

彼女も、どこまでこの現実を理解しているか、そのうちテストしなければならないだろう。自分の存在を理解し、自分をマスターと認識、言葉は通じているから、それ以上はわからなくても問題はないが。


ロドリゴは笑っている。が、目は笑っていない。鋭くいつもどこかを見ている。


「そうはおっしゃらず。貴方様の鉱山の話でございます」

「俺のと分かっているなら、それでいい」

「ですが、その中身も重要でございます。我々が勝手に採るわけにはいかないのですよ、そういうことであります」

「勝手にしろと言ったが」

「いえいえ、責任がございますでしょう」

「……責任?」


ふと、聞き捨てならない言葉を聞いた。


「なんの」


聞き返すと、ロドリゴは目を丸くした。細い目だったが、見開くと目の周りのシワが多くなった。


「貴方様と、私どもの責任でございます」

「つまり、誰がどう責任を持つかということか?」

「さようにございます」

「そういうことか」


責任。

責任は大切だと、誰かに教わった。


「なら、俺の責任は、山の名義と管理だけだ」


しん、と当たりが静まり返った。

ロドリゴは一瞬言葉を失ったようだが、またにっこりと笑う。


「なるほど。やはり鉱石の採掘権は必要ないと」

「ああ。それは私の責任ではない」

「ですが、権利と義務は切り離せません」

「なら、お前に全部中身はくれてやろう」

「おお……」


顔を輝かせたロドリゴと、その村の者たち。けれど、ロドリゴは首を振った。


「いえ、所有者に利益がないのは承知できません。これは後々問題になるでしょう」

「そうか。採掘量に対して、一定の金か現物の納付を定めればいいか」

「ぜひとも」

「了解した」


ぽかんと周りの人間は口を開けていた。

ロドリゴは気にせず、では、と続ける。


「実のところ、埋蔵量は調査ができておりません。貴方様が管理をなさるというのなら、お調べになられますか」

「もちろんだ」

「我々は協力を惜しみませんぞ」

「そうか。調べに行こう」

「い、今からですか」

「もともとその予定だったのだ」

「それは……失礼いたしました」


スッと頭を下げるロドリゴ。

やはり、見覚えがあるしぐさだ。少し嫌な気分になる。

けれど予定は違ったが、協力者を得られたのは良かっただろう。

このあとのためにも。

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