死せる者の棲む地(1)
水とともに、問題なのが食料だ。
作物の実りは悪い。たまに狩りに出かけ、動物を仕留めて捌くこともあるが、荒れ地の周辺の国から迷い込んだ不運な獣がそうそういるわけでもない。
行商人は定期的に来てくれるが、それでも日々の糧には間に合わない。
リュケーが運んできてくれた保存の効く食料や穀物は、2週間経てば底が見え始めた。
「うーん、発育が悪いねえ……」
しゃがみこんで畑に植えた作物を見るオハイニは、表情が芳しくない。
「やっぱりもともと痩せた土地だし、一度整地するか休ませないと」
「畑を休ませる?今そんな手間をかけられないだろ……」
西の村で農業を担当している男――名前はビルスだったか――も難しい顔をしている。
リュケーが新しい種や苗といっしょに肥料もくれたが、合わないのかそれでも追いつかないのか、地面に植わったそれは目に見えるほどやせ細っている。
これから花をつけるはずだが、あまり期待できないかもしれないとオハイニが言う。
「東もおんなじだ」
東と西は特に生育の悪い土地らしい。グランヴィーオが雨も幾度となく降らせて、以前よりもはるかに状況は良いはずだが。
オハイニは立ち上がって裾を払う。
「北は案外うまいことやってるようだけど……南はよく分からないな、あいつら秘密主義だろ」
北の村と南の村。
北の村は、交流がないわけではない。独特の雰囲気で、東の村ができるはるか前から荒れ地にいるらしいとは聞いているが、詳しいことはわからないそうだ。
南の村は、オハイニが言った通り秘密主義だ。
ただ、来歴は分かっている。これ見よがしに彼らのシンボルが村の真ん中にあるからだ。
元は宗教団体の、追い出された信者たちの村だ。
「ともかく、立て直しのために何かしなきゃならないときだと思う。ただ、知識がない」
オハイニが東の村のために薬草や農作物の知識を自主的に調べたらしいが、彼女が元いた魔術師のエリート組織『知識の峰』ならいざ知らず、今ではしがない在野の魔術師。さらに調べたくても知識に触れる機会がない。
グランヴィーオも専門外で、領内にはこれ以上詳しいものはいない。
「……デル・オーとやらは」
たまに聞く、謎の名前だ。
どうやら荒れ地に関係があるらしいが。
オハイニと、ビルスは揃って微妙な顔をする。
「うーん、あいつらねえ……」
「よく分からねえんだ」
「分からないとは?」
「言葉通り」
オハイニはひらひらと片手を振った。
「神出鬼没の、姿形が見えない、たぶん集団。分かってるのは……たぶん定住してなくて、めちゃんこ強くて、北の村とつながりがある」
「北の村?」
「そう。なんでか北の村に言えばデル・オーに連絡がつく」
「ただ、奴ら自身のことについては何聞いても答えちゃくれねえ。こっちの用事にはハイかイイエくらいなら返答が来るから、ある意味南よりは付き合いやすいがな」
はん、とビルスは鼻で笑う。
「アタシはそいつらの中に魔術師がいるんじゃないかと思ってるんだけど、まあ、ほとんど姿を見かけないからねえ……」
たまに、魔物が大量に死んでいるのが見つかるらしい。デル・オーが討伐しているのだろうという噂だ。
死霊についても、何か手を加えているのではないかという。本来なら有象無象に荒れ地に集まってきているはずが、被害や目撃情報を合わせてみると数が増えているようでもないのだ。
「ま、触らなければ無害な連中さね」
「農業はやってなさそうだな」
「ふむ……」
ともかく、今は食料については詰み気味ということだ。
「リュケーにやっぱり頼るべきか……?」
オハイニが呻く。
何度か話が出ては消える、外に頼るという手段だ。
これは、今後の計画が大きく狂う可能性が高いため、全員が嫌がっている方法でもある。
リュケーに頼み、農業が得意な者を連れてきてもらう。
問題は、そんな親切な人物がいるのかということと……荒れ地の秘密を守れるかということだ。
魔鉱石が掘り出され、売り出せる準備が整うまで、秘密にしておきたい。
でないと、鉱山を巡ってまた不毛な戦いが起こりかねない。
いくら西と東が統括され、まともな村として機能をしかけていても、欲深い国が侵攻してくればなすすべもない……
わけではないが、またダンジョンが出現しそうではある。
と、ロドリゴやダンが言っていた。
ともかく、無用な注目や騒ぎは極力避けたい。
その点、ダンジョンは良い虫よけだった。
魔物があふれる未知の穴。
自領に出来た不幸な国主や貴族はその危険性を調べるために攻略をしなければならないだろうが、今回は人が住まない、どの国のものでもない荒れ地だ。
そして、秘密裏に結界で出入り口を管理しているため、荒れ地や他の国への被害がない。被害がないなら当たらず障らずの方針だろう。
命知らずの冒険者が、腕試しに入り込むことがあるかもしれないが……
そして、一番警戒するべきなのは、魔術師の組織『知識の峰』。
なににせよ、今現在あまり外の人間を入れたくないのだ。
「……」
オハイニは深刻そうに考え込んでいる。
ふと、グランヴィーオの手に繋がれて大人しくしていたラクエが、後ろを振り返った。
「ラクエ?」
「だれか向こうからくる」
「誰か?」
村人には無反応のラクエが、わざわざ告げる人物。
グランヴィーオも彼女が見ている方向を見る。背の低い柵が目に入る。その向こうとなると……
「村の外からか」
その時、ざわざわと村の入口あたりが騒がしくなった。
村の入口――柵が途切れているだけだが――はちょうど畑とは対角線上にある。
なんとなく急いで、グランヴィーオたちがそちらへ向かうと、人がまばらに集まっている。
二人の人物が入口から一歩入ったところに立っていて、ロドリゴとトールがそれに相対していた。
どうやら、客らしい。
ひとりは見知った顔だ、大柄で壮年の男。彼はロドリゴにまるきり睨んでいるかのような形相で、喋っている。
ロドリゴはいつものように穏やかだから、喧嘩ではなさそうだ――まだ、かもしれないが。
どうやら客は、噂の南の村から来たようだ。
一方的にロドリゴに話していた男、南の村長は、近づいていくこちらに気づいてむっつりと押し黙った。
「グランヴィーオ様」
ロドリゴの声に頷くと、南の村長は片眉を跳ね上げる。
「この男が?まだ若造ではないか」
「ああ」
「しかも子連れとは」
「そうだが」
自分が年若いほうだとは自覚している。ラクエを連れているのもそうだ。
返事をすると、また男は黙る。トールとオハイニが吹き出した。
「……失礼」
聞いたことがない女の声がした。
もう一人の客だった。さほど若くはないが、美しい顔立ちの女で、ベールのようなもので髪を隠し、ローブを羽織っている。
じっと、感情の読めない赤茶の目がグランヴィーオを見た。
「この方ではありません。魔力を感じられませんから」
「なに?西の、謀ったか」
「……ああ、そちらの方は魔術師でしたか」
ロドリゴが顎をなで、ちらりと視線を送ってくる。かすかないらだちがそこにあって、なるほど、親切にしなくてもいいということか。
オハイニが、ああ、と声を上げて、そそくさと離れた。
ちなみに、魔物は某漫画のように食べたら美味しいとかないです。吐くほどまずかったり健康被害が出るのが常識の設定なので、誰も話題にすらしません。待って、誰か食ったのか。




