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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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踏み出す第一歩(5)

夜も更けた頃。


オハイニが村長の家に行くと、まだ居残りの西の村長とリュケーも一緒に酒を飲み交わしていた。


他の連中は西の村に戻ったが、ロドリゴとトールは東に泊まっていくようだ。トールは最近アンヴェと仲を深めているらしく、今日は彼の家族の家へ行ったとか。


入ってきたオハイニに目をくれたダンは、機嫌が良さそうにジョッキを持ち上げた。


「おう、どうだった」

「大丈夫、落ち着いてるよ」


魔物が現れ、運悪く村の外に出ていた数人が怪我をした。ひとりは重傷で、オハイニが魔術で治療に当たっていた。


ダンは少し肩を落とした。


「もっと早く魔術師だって認めてやればよかった。今まで損してたなあ、怪我も治すのもままならんだ」


席についたオハイニは、手酌で酒を注いだ。いつもならちびちびと大事にやるが、今日は行商人が大量の荷物を持ってきてくれたおかげで、そこそこ飲める。


「いいや。前も言った気がするけど、本当は魔法頼りはよくない」

「そんなこと言ったか?」


記憶を探っているらしいダンに、オハイニは笑った。


「キリがないのさ。それに、今みたいに魔法で治せる状況でも、死ぬときは死ぬ」


「そんなことも……ああ、少し覚えてるぞ」

「たぶん、ガデリックの奥さんが亡くなったときのことだろうね。私が言ったのは、いつ死ぬか怯えるより、今楽にしてやろうって」

「うん……怒った気がするぞ、俺は」

「ふふ、胸ぐら掴まれたよ」


大怪我をして、今すぐ治療しなければもういくらもないという状態だった。

問題は……


「アタシの魔力では、到底全部は治せなかった。それでも治すことはできるが、代償がいるのさ、あの時は奥さん自身の命の力……つまり、寿命さ」


そして、彼女の怪我を治せば、どれだけ生きられるかは分らなかった。


「でも、今は大丈夫さ、グランヴィーオがいる」

「グランヴィーオ様?」

「あの人の魔力だけで、あれくらいの怪我なら治せる。ただ、治ったとしても後遺症は残るかもしれないけどね」


悔しいが、そこに自分とグランヴィーオの魔術師としての決定的な違いがある。

さっきの治療に使った、ダンジョンのときの魔力封石を手の中でもてあそぶ。


「あの、そんなにお強い魔術師なんですか、新領主様は」


恐る恐るといったようにリュケーが尋ねた。

ロドリゴが深く頷く。


「鉱山を掘ったのはあの方お一人ですよ」

「え?あれを全部ですか!?」

「さよう。3週間程度でしたかな」

「……すごいことだけはわかります……」

「すごすぎて訳が分かんないよ」


口に含んだ酒は香り高くまろやかで、オハイニは一気に煽った。


(本人は特殊体質で、少し難があるけどね)


疑問はある。

奇跡的に生き延びた魔力吸いと言っても、あれだけ常時魔力を吸い続けたら、何かしら不具合があってもおかしくない。

異常な出力もだ。


それとなくグランヴィーオに聞くと通常の魔力吸いのように死ぬことはない、と言い切っていたが……


何か秘密があるのかもしれない。


「まあ、とにかく、グランヴィーオ様々は間違いないね」

「不貞腐れるなよ」

「ない」


次元が違いすぎていじける事も出来ない。


「で、村長、相談とやらは終わったの」


飲みにかこつけて、ダンがロドリゴに話があるという。


それだけでも驚きだ、今までやれあの西は、好かん西は、と悪態ばかりついてろくに近所付き合いすらなかったのに。村全体がそんな雰囲気だが、村長は特に西嫌いがひどかった。

だから、よほど重要なことかと思っていたのだが。


「……」


無言で酒に口をつけるダンに、オハイニは呆れた。


「まだしてなかったの!?もーご老人を夜中まで引き止めて何やってるのさ!」

「ほっほ。また日を改めるかの」

「……あああ、悪かったよ!」


ガッ、と音を立ててテーブルにジョッキを置き、ダンは顔を赤くして叫んだ。


「俺に、村のやり方を教えてくれ!」

「ほ……?」

「……ん?」


全員が一瞬首を傾げた。


「ええと、村を運営する手段とか、そういう?」

「それだ」


むっつりと、さらに顔を真っ赤にして、ダンはどぼどぼと酒を注いでまた煽る。もったいない飲み方をする。


「……俺達(東の村)はセントールの元農民だ」


ぼそぼそとダンは話す。


「学もねえ、畑やってるくせに作物もまともに作れたためしがねえんだ、国を捨てた頃は領地自体荒れてたからな。ほとんど土地に手を入れることもできなかった時期が長かった。ここに来ても、不毛には違いねえしな」

「へえ、そうだったんだ」


初耳だ。オハイニは数年前に村にたどり着いたため詳しいことを聞くのは今回が初めてだ。


「俺も村長だなんだと言われてるが、国を捨てようって言い出しっぺなだけだ。今までどうにか出来ていたのが不思議なくらいだ……」


外界との交流もほとんどなく、少数で暮らしていたからできたことだったんだろう。


「だが、ままならねえ俺らのすぐ隣に、やたら澄ました顔の奴らが村つくりやがってよ」


まともや全員でダンの赤ら顔を振り返った。


「……んん?」

「その、隣というのは」

「私らかのう」


返事せず、またダンは酒を飲んだ。


「ともかく最初から気に食わなかった。村を作るから仲良くしてくれとやたら丁寧口調で来やがった。境界線がどうの、とか、東と西がなんかあったらすぐに別の仲間呼んでことを大きくしやがる。鉱山にしてもそうだ!勝手に今まで村々で採ってきてたのを、やれ公平じゃない、いつか採れなくなるから誰か管理しろとか」

「……まあ、そんなこともあったかのう」


ロドリゴが考えつつ頷く。


「……別に悪いことじゃないよな?」


オハイニが聞く限りではロドリゴたちの行動が理にかなっているというだけで、悪いとはいえない。


「俺たちとはぜんぜん違うってことだ」


ジョッキを置き、肩を丸めてダンは呟いた。


「そのうち、元貴族の奴らだと聞いて、東全体で西への不満が大きくなった。領主……貴族の都合に振り回されて土地を捨てた俺らには、敵にしか見えなくなったんだ」

「ああーそれで……」


そういう西嫌いだったのか。


「いや、しょうもな」

「うるせーよ分かってるよ!」


オハイニが呆れ返ると、ダンはやけくそ気味に叫んだ。


「西が元貴族だろうが、荒れ地なんかに住もうってんなら俺たちと同じようなもんだろ、分かってるが……!」

「意地になってたねー」

「そうであったか……」


ロドリゴはようやく納得がいったと顎をなでている。

ロドリゴもかいつまんで西の村のことを話した。

仕えていた国が侵略され、一族の存亡の危機、ユグトル帝国の崩壊とともに代々の土地を追われたこと。


「元貴族というが、全部なくして、せいぜいがこの世の果てで命だけは守ったようなものだ。たまに思うのは……」


ぼんやりとロドリゴは酒瓶を眺めている。


「あのとき、どうやったら息子たちや兄弟らを助けることができたかということだ」

「……苦労したな」

「お互い様だのう」


生まれは違っても、荒れ地で同じ立場になった男たちが同じ思いになった初めての瞬間だった。


「話は受けよう。これからどうしたいのだ?」


あっさり切り替えたロドリゴは、鼻をすすっているダンに酒を注いだ。


「……ともかく、今までのやり方じゃあうまくいかねえってのだけしか分からん。だが、西のやり方じゃあ東のモンには受け入れられねえだろう……」

「それだけ分かればよろしい。なあに、難しいことでもない、今までおぬしがやってきたことをちょいと直すだけだ」

「簡単に言うな」


恨めしそうに睨むダンに、オハイニはちょっと笑えてきた。


「村長さあ、アタシがなんで東から出ていかなかったかわかる?」

「……知らん。お前が他の村の男どもと仲がいいのは知ってるが」

「そうそう、アタシも田舎の村育ちだけど、思春期の頃から街に住んでるから、どっちかってーと西の村の中でちゃんとルールが生きてるほうがねー」

「うぐ」


痛いところをついたのか、ダンは苦しげにうめいた。


「でもまあ、アンタが村長だから?拾ってもらった恩もあるし、しかたないっつーか」

「……分からん」

「ま、がんばればどうにかなるでしょってこと」


ちょっと恥ずかしくて、オハイニは残った酒を全部飲んでやった。


リュケーはグスグスと涙を流していた。泣き上戸だったらしい。


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