踏み出す第一歩(2)
宿に訪ねてきたアンヴェにも驚かされたが、彼らとともに東の村へ行くと、言葉もなかった。
大歓迎された。
いつもなら馬車1台を用立ててそこそこの荷を運んでいるが、今回は半信半疑ながら4台も馬車を借り、いっぱいの荷物を載せて、さらに冒険者も6名雇い、キャラバンに近い状態になった。
冒険者はよく荒れ地に同行して貰う口の固いパーティーと、その知り合いだという追加の数人。それに荒れ地から伝書鳩した3人も含め、10人の大所帯。
正直言って、これが東の村にかつがれていたら、リュケーは行商人をやめなければならないだろう。それくらいの博打だった。
そう覚悟して、やって来てみたが。
東の村は、前に来たときよりも、活気が溢れていた。
村の様子はそう違ったようには見えないが、村人たちは妙に生き生きとしている。
村長の家へ挨拶に行くと、ますます困惑する。
あの気難しく、いつも顰め面だった村長のダンは、にこにこと笑みを浮かべ、その隣には見覚えがある老人がやはり笑みを浮かべて座っていた――すぐに思い出す。西の村の村長のロドリゴだ。
あまり取引がない西の村だが、何度か足を運んだことがある。おっとりとした好々爺の村長だが、元貴族という噂で、さらに抜け目がない。
西の村を出入りする商人とも知り合いだが、その男は金勘定だけは一丁前の爺、と酷評していた。
たしかに、東の村の取引より西の村での計算の頻度が多い。けれど話が通りやすいので、むしろリュケーは手間がなくて商売はしやすいと感じていたが。
ともかく、東の村は西の村と仲が悪い。それは間違いない。
だのに、なぜ、村長がそろって笑顔なのだろうか。
それに――もうひとり、いや、ふたり、気になる人物が同席していた。
物々しい格好の男だ。グリウたちと同年代だろう……ただし、重厚なマントと大量の装身具、整った顔立ちはこんな辺境にいては浮く。
髪は珍しい藍色で、ざっくばらんに肩口で毛先が遊んでいる。
そしてその男の膝に、ちいさな女の子が座っている。
最初は人形かと思ったほど、表情も動きもない。浮世離れしたくすんだ青いドレス姿で、長い黒髪。
珍妙な二人だ。
そちらをできる限り見ないようにして、リュケーは村長たちに話しかけた。
「お久しぶりです。その、お元気でしたか」
「おおとも、元気も元気だ!」
はははっ、と陽気な声まで上げて、あの村長が笑っている。
いくら良いものを持ってきても目もくれず、しかめつらで金の話をして、いつも眉根を寄せながら支払うあの村長が。
「そちら、西の村長さんも」
「ああ、この通りだ。ありがとう」
こちらはいつもの柔らかい物腰で、けれどどこか以前よりも余裕を感じる。
そして、見慣れない男女ふたりは。
「ええと、そちらは……」
「わたしは、ラクエ」
「……」
女の子は、愛らしい声で名前?を言ってくれたが、男の方は無反応。
こちらも反応に困るではないか。
「そちらはグランヴィーオ様です」
おっとりと、ロドリゴが言った。
「魔術師であり、新しい鉱山の所有者です」
「所有者……!?」
若くて、魔術師が?
見たところ、荒れ地の者でもないのに。
絶句して、思わず東の村のダン村長を振り返ると、彼は冗談には見えない顔で深く頷いている。
ロドリゴが、さらに続けた。
驚愕の事実を。
「我々の新しい領主様でもあります」
商人リュケーが荒れ地にやってくる一ヶ月前――
奇跡的に、わずかなりとも水の調達が可能になったことにより、そして、正式にグランヴィーオのもとに西と東の村の統括が決まり、本格的な発展への希望が見えてきた。
だがまだ、肝心の、魔鉱石の『ま』の字も見えていない。
「先立つものがいるだろう」
いつぞやと同じく、全員揃って、西の村の広場で話し合いになった。
ロドリゴはみずから作成したらしい資料を手に持ち、ゆっくりと話す。
「最低限、魔鉱石を掘るのに魔術師が数人必要だと聞いた。その子らの育成が終わらなければ手もつけられぬじゃろうて」
「急ぐよ。ただ無理はさせるつもりはないからね」
オハイニは手のひらを天に向けて首を振る。
「こればっかりは私らができることではないからのう。よろしく頼むよ」
「はいさ」
「だが、掘り出せないとなると、俺らはただ待ってるだけか?」
なんとなく不満げな東の村長のダンは、手をすり合わせながら、
「村のモンの生活もかかってる。水が毎日少しずつ量が増えるらしいと聞いて、ちょっとは元気だが」
「そうだな。ともかく生活を立て直さなければ……」
ロドリゴは一度考えるかのように言葉を切って、
「優先順位を決めなければならんの。まずは、水だが……」
「それはいいだろって言っただろうが」
ダンが訝しげに言うと、ロドリゴは首を振った。
「それはグランヴィーオ様のお力があってこそだ。しかも、ダンジョンに毎回赴いてくださらなければ。そう長いこと続けられんよ」
「た、たしかに……」
「だがおぬしが言う通り、これは急務というわけではないのだ……ただ、今後はどうするかは早く決めなければのう。水は一旦おいておくとして、次は……」
トールが手を挙げた。
「やっぱり、身の安全じゃないのか」
「ああ、そうねえ、最近死霊が多くなってる」
グランヴィーオがいつかに言ったとおり、死霊が活発化している。
「それって、魔法でどうにかできねえんっすか?」
グリウが言った。
「結論から言うと、期待するな」
オハイニは難しい顔で腕を組む。
「村に結界は張ってあるし、戦うことはできるよ、なんならアタシでもね。ただ、魔法と死霊は相性が良すぎるんだ。魔法を使えば使うほど、遠ざけるんじゃなくて呼び寄せことになる」
グランヴィーオが来たことで、常に村に結界を張ることができるようになった。
西と東には設置済み。他の村にも声をかけたのだが、今のところは返事がない。
「できる限り、アタシらが付き添ったり一人にならないようにするのが今の精一杯だけど……」
「あーあ、銀が鉱山にあったらなあ」
グリウが空を振り仰いだ。
――死せるものには、銀をくれてやれ。
昔からの言い伝えは、実のところ有効だ。
塩や酒よりも、銀に弱い。
銀製の武器でアンデッドと戦えば一刀両断できるし、銀のお守りがあればある程度は寄ってこない。
各村にも、ほんの少しずつ銀のお守りや剣などは置いてあるが、なにせ入手できる方法は限られているし、高価なものである。
「……買えばいい」
ふと、今まで口を閉ざしていたグランヴィーオがのたまった。
全員ぎょっと彼を振り返った。気配がなさすぎていたことを忘れていたのが数名、話す気があったのかと思ったのが数名。
ともかく、いつものように事なげに言う彼に、オハイニは目を丸くしたから、恐る恐る反論する。
「買うお金がないからこういう話し合いになってるんだけど」
「金はどうにでもなるだろう、枯れていない鉱山がある」
「ん?魔鉱石はまだ掘り出せない……あっ!」
「ほほっ、鉄鉱石ですな」
「そっか!グランヴィーオサマが掘ってくれるのか!?」
気づいた面々は盛り上がった。
イマイチ理解できなかったダンやトールが、首を傾げた。
「掘るのはいいが、そんな金にならないぞ」
「作業も難しいから、いつもの村の1ヶ月で出る量は限られてるし」
もともとは1ヶ月ごとに村々に採掘権を回して、その時採れた量を各村で自由にしていた。ほとんどが商人に食料や必需品と交換で渡していて、ダンが言ったとおりにほとんど金にならない。
そんな彼らにオハイニがにんまりと笑う。
「掘れば良いんだよ、全部」
「だから……あっ」
トールは気づいた。
なにせ、目の前で地下深くの池までの穴を掘った人物がいる。
「大丈夫なの、か?」
「問題ない」
トールの震える声に、グランヴィーオはいっさい口調を変えることがなかった。
つまり――
穴を掘るだけ掘ってしまおうという単純な話だ。




