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その願いを〜雨の庭の建国記〜  作者: 鹿音二号
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踏み出す第一歩(1)

リュケーはしがない行商人である。


街から街へ、ものを仕入れては売りに行く。生業ではあるが、どこかの商会や店に所属しているわけではないので、儲けはやっと自分の生活の維持と、遠く故郷の年に1,2度会えるかの妻と娘に仕送りできる程度だ。


力不足を感じることもあるが、それ以上に、人との出会いや珍しいもの良いものを見つけては価値をつける、そういう仕事が面白かった。


もう10年以上そうやって商売をしてきたが、ふと風向きが変わった。


それは、数ヶ月ぶりにかの荒れ地への行商へ旅立つ準備をしている最中だった。

荒れ地に隣接したレイモア国のとある地方で、いつものように逗留した宿。そこへ、自分を訪ねてきた人間がいた。


「東の村?のアンヴェっていう人だよ。あと2人、男の人連れてる」

「すぐ行くよ」


宿の女将がわざわざリュケーの部屋まで来て、下の食堂で待っていると知らせてくれたその客は、数日後に向かう荒れ地の東の村、その村長の息子だ。

村で何か必要なものがあって、陳情しに来たのだろうか。


しかし、アンヴェも荒れ地を出るとはなかなか思い切ったことをする。


1ヶ月ほど前まで、荒れ地では戦争が行われていた。

レイモアと、隣のセントール王国の泥沼のような戦いだ。


荒れ地で見つかった鉱山の所有権を巡っての戦いだった。元から仲のよくない2国が、血で血を洗う戦争を始めたのだ――が、それは誰も想像しなかった終わり方をした。


両軍がドンパチやっている、ちょうどその場所に、ダンジョンが突然現れたのだ。


驚いた2国は戦闘をやめ、レイモアは軍を引き、セントールは冷静さを失ったかのようになお鉱山へ向かって進軍した。


だが、そのセントール軍も道半ばで半壊。


なぜ敵のいない荒れ地で大軍が損壊したのか、噂は色々流れた。

荒れ地を彷徨う死霊にやられたとか、ダンジョンから魔物があふれ出たとか――伝説の悪神に襲われた、とか。


どれも冗談だ。

リュケーも死霊には遭遇したことがあるが、あれは一人で無防備にいるならまだしも、戦える人間が冷静に対処すれば強敵というほどでもない。

悪神はただの伝説だ。


ダンジョンについては、普通は魔物が出てくるものだが、この周辺国で魔物が増えたという報告はない。荒れ地を詳しく調べようという者はそうそういないが、戦争の跡地まで行ったレイモアの斥候兵は、魔物に出会わずに行って帰ってきたらしい。


だが、荒れ地の実情は、詳しくは分からない。


(案外、大丈夫なのか?)


東の村を中心に知り合いがいる荒れ地で戦争が起こったと聞いただけでぎょっとしたものだが、おまけにダンジョンと言うと、行くのをためらった。


けれど、顔なじみを見捨てるわけにも行かない。

そもそも、荒れ地に人が住んでいる事自体、あまり知られていないのだ。

金にならない取引先だ、作物も実らない、特産品などもあるわけもなく、たまに採れる鉄鉱石だけで食いつなぐ、かわいそうな村だった。

自分が運ぶ商品が命綱だと理解している分、使命感のようなものがあった。


今回は念入りに準備をして、冒険者もいつもより多く雇うことにした。

だが、あちらから人を寄越すとは。


なんとなくそわそわとした気分になり、すぐに宿の下へ降りていく。

いくつかあるテーブルのひとつに、確かに見覚えのある男たちが座っていた。


ひとりは名乗った通りの、東の村のアンヴェ。

もうふたりは、見覚えがあるけれどすぐには出てこなかった。


彼らの席に座ったとき、ようやく思い出した。

たしか、あまり取引のない西の村の若い男たちではなかったか。

弓を携えた痩せた男と、体の分厚い無愛想な男。その間に挟まる中肉中背のアンヴェ。


「リュケー!久しぶりだ」


アンヴェに握手を求められ、笑顔を見せながら手を握った。


内心首をかしげる。

アンヴェはそんなに人付き合いが良い方ではない。愛想は悪くないが、どこか気後れしているような、覇気がない男だったはずだ。


それが、今はにこにこと笑って、たまに村に来る行商人にみずから握手を求める。


「驚いたよ。村から出てきたのか」

「ああ、あんたをどうにか引っ張ってこいって親父にどやされてさ」

「村長さんが。ああ、みんな無事だったかい?その……あんな事があって」

「ああ、……ともかくみんな元気だ」


にっこりと笑う男に違和感を感じるけれど、ひとまず村が無事だということにホッとする。

そういえば、とアンヴェは自分の両隣を見た。


「俺一人じゃ村を出るのは危ないだろうからって、こいつらといっしょに来たんだが……」

「おひさしぶりっす」

「……」

「ああ、西の村の人らだったよな?」

「そうだな。俺はグリウ、そっち岩みたいなのがベルソン。よろしくなー」


軽い調子で、細い男のほうが挨拶する。岩のようなといわれたほうは、表情はピクリとも動かさず、軽く会釈した。


しかし、どんな組み合わせだろうか。

客を選ぶつもりはないが、客が選ぶ場合がある。

東の村は西の村と犬猿の仲のはずだ。


一緒に来ているということは、やむにやまれぬ事情でもあるのか……だが、同じ席につく彼らはそこまで仲が悪いように見えないのだ。


「その……一緒に来たのか」


思わず繰り返すと、なんだか気の抜けたような笑みを浮かべるアンヴェ。


「ああ、色々あって、まあ、いろいろだ」

「ハハッ!いきなり喧嘩おっぱじめたりはしないから安心してくれよ!」


グリウは何が楽しいのか満面の笑みだ。

さて、一体全体どうしたのか。

興味をそそられつつあるリュケーに、アンヴェはひそひそと話しかける。


「親父から言われてやってきたんだが、あんたに頼みたいことがある」


1本指を立てて、


「ひとつは、もし村に来るのをためらってたりしたら、大丈夫だから来てくれと伝えたくてな」

「ああ、伺うつもりではいたよ、準備を進めてるんだ」

「よかったよ……」


心底ほっとしたようにアンヴェはため息をついた。そして、もう一本隣の指を立て、


「もうひとつは、商品をたくさん持ってきてほしいってことだ」

「うん?」


商品をたくさん持って行く?


つまり、買付をしてくれということだ。

わざわざ言ってくるということは、買う気があるということだ。

枯れかけたあの村に、そんな余裕があるとは思えないが――


「念書?ってやつもある。読んでくれ」


彼が懐から出した紙を受け取り、そこに目を通すと――


「なんだって……!?」



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